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2020年9月の記事一覧

けっしてつらいだけのものではないはず。

けっしてつらいだけのものではないはず。

チェックアウト

ホテルの庭師
兼オーナーが言った。

なぜ、美しいものを夢見るか。
なぜ、消えてしまうもののために
懸命になるのか。

それは、
この世の中が、この人生が
けっして
つらいだけのものではないはず、と
信じて、あらがっているからです。
また、いらしてくださいね。
#睡蓮ホテル

森側の部屋

森側の部屋

森側の部屋

森側の部屋には暖炉がある。
森は雪の匂いがして
オオカミが西へ駆けていった。
暖炉の炎は、
見つめるひとの悲しみで燃えていた。
ひとは自分の悲しみを長い時間をかけて
すこしづつ、くべた。
遠くでオオカミが長く吠えた。
#睡蓮ホテル #H ôtelauxnénuphars

睡蓮のケーキ

睡蓮のケーキ

睡蓮のケーキ

ホテル秘伝の睡蓮のケーキ。
その味わいは
ケーキのあまみと
食べるひとの人生の苦味が
混ざり合って完成する。

食べたひとは思う。
これを味わうために
いままでいろいろなことが
あったのかもしれない。

ゆっくりと生きてきた苦味を
あまく味わう。
#睡蓮ホテル #H ôtelauxnénuphars

どうすればセンスがよくなれるの?

どうすればセンスがよくなれるの?

どうすれば
センスがよくなれるの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。
どこの教会も素敵だよね。
それはセンスがいいひとが
建てたからではなくて
切実に祈る必要があったからだよ。
美しさは、
切実に救済を求めたひとの
ただの足跡さ。

しっちゃかめっちゃか。

しっちゃかめっちゃか。

きつねは
いくら素敵に暮らそうとしても
すぐにしっちゃかめっちゃかに
なった。
けれど、最近はそれにも
慣れてきた。
それならそれでどうしようかと
思うようになった。
有り合わせで料理できる
ようになってきた。
毎日を、理想の食材ではなく
有り合わせで
美味しく料理できるように
なってきた。

朝食券

朝食券



クマはもし
誰かと一緒に暮らして
そのひとが落ち込んでいたら

朝食券をあげようと思った。

裏には

洋食か和食か選べます。
庭で摘んできた花付きです。

と書こうと思った。

こころの中にはなにがあるの?

こころの中にはなにがあるの?

こころの中には
なにがあるの?

子ぐまが訊いた。

クマが答えた。

あぜ道だよ。

曲がりくねって、でこぼこで
草と花と土の薫りがする。
木漏れ日が降り、風が踊る。

きみはその朴訥なあぜ道を
大切にして生きる。

なにかにならなくていい。

そのあぜ道にいればいい。

ことばは何も語らない。

ことばは何も語らない。

クマが
子ぐまに言った。

ことばは
なにも語らないよ。
ことばの
同意はあまりに
もろいよ。

語るのは
生きる軌跡だよ。
ほんのいっときの
ことばではないよ。

生きる軌跡が
つくり続ける作品が
紡ぐ毎日が
きみを語るよ。

それがわかるひとは
きっといるよ。

いつも正しく生きるのをあきらめる。

いつも正しく生きるのをあきらめる。

クマは
気が向いたら
丁寧に料理した。
気が向いたら
ひとに優しくした。
気が向いたら
高原へ出かけ、涼んだ。
気が向いたら
うたをつくった。
クマは、
いつも正しく生きるのを
あきらめた。
高原では気まぐれに
雨が降って、やんだ。

ダメだと思えるのことは、向上のはじまり。

ダメだと思えるのことは、向上のはじまり。

クマが子ぐまに言った。

きみはダメではなくて
ただ、そこが現在地というだけさ。

そこから向上してゆくだけ。

よいことより悪いことを
覚えていがちだよね。
きみには、ここまでやってこれた
えらいところがあるよ。

そして、ダメだな、と
思えることは、
えらいところだね。