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短いおはなし7

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2020年5月の記事一覧

構うものか。

構うものか。



‪きつねは‬
‪構うものか、‬
‪と思った。‬
‪なにに対してかは‬
‪わからなかった。‬
‪しいて言えば‬
‪こころの闇でささやかれる‬
‪言葉に対して思った。‬
‪風呂を磨き昼間から‬
‪お湯をおとし、‬
‪お湯がたまるまで‬
‪ビーチボーイズの‬
‪複雑なハーモニーを聴きながら‬
‪エバーラストを眺めた。‬
‪そしてまた思った。‬
‪構うものか。‬

幸せってなに?

幸せってなに?



子ぐまが訊いた。
幸せってなに?
クマが答えた。

自分に没頭すること。

きょうもきつねは。泣きながら花を持って。

きょうもきつねは。泣きながら花を持って。



ある町に泣き虫のきつねがいた。
きょうもきつねは
失敗して泣きながら帰ってきた。
ちいさな花を持って。
大事なものをなくしたときも
ふられたときも
泣きながら花を持って
帰ってきた。
きつねは
どんなときもお花と暮らしなさい
と育てられた。
だからきょうも
泣きながらちいさな花を持って。

記憶の総量。

記憶の総量。



ぼくの記憶は悲しいことばかり。
子ぐまが言った。
クマが言った。
それはきみの生きてきた記憶。
きみの遺伝子の記憶は
それよりはるかにぼうだいさ。
風に騒ぐ草原。
薫る森。
生まれてきた海。
うたや絵を見て
不思議な気持ちになる。
それは
きみの遺伝子がなにかを
思い出そうとしているんだ。

音楽は誰から学べばいいの?

音楽は誰から学べばいいの?



‪音楽は誰から学べばいいの?‬
‪子ぐまが訊いた。‬
‪クマが答えた。‬
‪バラの葉の上で‬
‪お行儀よく並んだ雨粒から。‬
‪冷たい嵐の海から。‬
‪新しい写真集が並ぶ本棚から。‬
‪いただいたお手紙の‬
‪お心遣いから。‬
‪早朝のパン屋さんで‬
‪薫る香りから。‬
‪早春の花屋さんの‬
‪うっすらと色づく蕾から。‬

あまい理不尽。

あまい理不尽。

うさぎのカップルがいた。
お互いにただしくなかったり
きらいになるときも
一緒に帰りごはんをたべた。
あらゆる理屈を越えて
理不尽に一緒にいた。
男の子のうさぎは
女の子のうさぎの
変わる表情のすべてが好きだった。
理不尽に好きだった。
ふたりの宇宙は
甘い理不尽によって
形成されていた。

なぜうまくいかないの?

なぜうまくいかないの?

なぜうまくいかないの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。
うまくいかないことなんて
ないのさ。
ただものごとの実際は
はるかにうすのろなんだ。
手間や丁寧さや工夫や
忍耐や体力が必要なんだ。
きみにまず必要なのは
手間をかけなくても
うまくいくという
幻想を捨てることだね。

「うすのろ」

仕様だけで詩になるように。

仕様だけで詩になるように。



‪バーガンディの‬
‪仕立てのよい箱に‬
‪フランス語の銀の箔押し。‬
‪蒼く発光する手触りの豊かな‬
‪トレーシングペーパーの本。‬
‪解説も‬
‪トレーシングペーパーに‬
‪印刷して上質紙で包む。‬

‪仕様だけで詩になるように。‬

‪「魔女の帰郷」‬

‪草舟さんに追加で‬
‪お送りしました。‬

‪オーダー‬
‪ありがとうございます。‬

それだけでいいのよ。

それだけでいいのよ。



子ぐまに #お洒落なオカマのキツネ が言った。
覚えといて。
あんたは社会に
取り組まなきゃいけない。
冷静に話し合う。
そしてあんたにも
取り組まなきゃいけない。
あんたのいびつさだとかには
取り組まなくていい。
ちゃんと感謝できたか。
今日も土の上の花に見とれたか。
それだけでいいのよ。

庭



男の子はポケットに
古紙にくるんだ庭を持ち歩いていた。
その庭をひな鳥のように
大事にしていた。
ある日、女の子に出会った。
あまり話をしなくても分かり合えた。
安心して黙っていられた。
自分のもう半分かと思った。
これ。貰っていただけますか。
男の子はポケットから
古紙の包みを出した。

すずらん谷

すずらん谷



‪すずらん谷‬

‪朝の光が甘く薫っていた。‬
‪鳥たちが天上で‬
‪メロディのない賛美歌を‬
‪うたっていた。‬
‪きつねは思った。‬

‪先は見えず、こころは揺れたまま。‬
‪でも、‬
‪今日も礼節と感謝を忘れず‬
‪この谷をゆこう。‬
‪朝露で喉をうるおして。‬

‪ひんやりとした風が吹き‬
‪すずらん谷のすずらんが‬
‪いっせいに鳴った。‬

極端にひどいことが起きているときは。

極端にひどいことが起きているときは。

‪近未来。‬
‪こころが荒廃した町で‬
‪老婆が予言した。‬

‪極端にひどいことが‬
‪起きてるときは、‬
‪どこかでなにかが‬
‪進化しているのさ。‬
‪まったくちがう新しいものが‬
‪生まれている。‬

‪この世界のどこかかも‬
‪しれないし‬
‪あんたの中かもしれない。‬

‪あたしには‬
‪新しい子どもたちの‬
‪歌声が聞こえているよ。‬

庭の音楽。

庭の音楽。



女の子が真夜中に
うとうとしながら
クマのうたを聴いていた。
気付いたらクマの庭にいた。
来てみたかった、来れた
と思った。
クマはシャボンの樹の木陰で
ギターを弾いていた。
木漏れ日が花をなでていた。
鳥がうたい、風が新緑をほどいた。
振り返るとクマはいなかった。
庭の音楽が続いていた。