「廃墟」

断崖に聳え立つ廃屋
かつて人々が繁栄を極め
時の流れに置いて逝かれて
老いて腐り落ちるのを只待っている

断崖に聳え立つ廃屋
小脇に抱える螺旋階段
その螺旋は幾つの命を救っただろう
その螺旋は幾つの命を奪っただろう
時が流れていく中で
役割を変えて尚原型を留めている

断崖に聳え立つ廃屋
中央の大きな玄関は
何人を幸せにしただろう
煌びやかな装飾が心を奪う
時が過ぎ去るその中で
光を失ったシャンデリアが
行き場を失った人々の盾となる

断崖に聳え立つ廃屋
突風がひとつ吹き抜けて
窓に辛うじて嵌っていた
ガラスを吹き飛ばし雨を降らせた
雨風から守らせてくれたその窓は
人々の皮膚を裂く雨を叩き付けた

断崖に聳え立つ廃屋
大地が一度大きく唸り声を上げ
柱がふたつへし折れた
安定を失った哀しき建物に
木霊するシャンデリアの悲鳴
ぐらりがしゃり揺れ動き
絶壁を見下して愁いの時を過ごす

断崖に聳え立つ廃屋
栄華を知らぬ人々が
遂に決起し絶壁から海へ
何の躊躇も無く押して行った
その廃屋は無言で人々を受け入れた

断崖に聳え立っていた廃屋
着水の瞬間に産声の断末魔
轟音を叫び散らかして木っ端微塵
藻屑と消え去り跡形も無い

その断崖にはもう何も無い。
但し、何も無い断崖にも人は来る
行き場を失った人々が生き場を失い
その絶壁から忘れ去られた廃屋を求め
迷わず玄関に一直線に駆け込むらしい
勿論靴は脱ぎ、綺麗に揃えて入場する

その廃墟は、優しく迎えてくれると云う。