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群衆哀歌 13

Before…

【二十二】

 十九時、いつものバイトが終わった。普段二十一時まで働かせてもらっているが、約束の為に諸々の準備があるため、早めに上がらせてもらった。
 いつものコンビニに、煙草を買いに寄る。財布を開くと、心許ない金額だったのでついでに幾分か金を降ろしておいた。姉御は奢ってやる、と言っていたが全部寄りかかるのも申し訳ない。一応、用意。

 普段より早い時間に寄ったので、珍しい人間を発見した。
 絶滅危惧種と言っても良いだろう。コンビニの入口のすぐ脇で、昭和のヤンキー座りでカップ麺のツユを啜りながら煙草を吹かしている男だ。コンビニの灰皿は、撤去されてから久しい。ぼーっとその男を見ていたら、あろうことか吸殻をカップ麺のツユに投げ捨て、そのまま立ち去ろうとした。
 いつもなら、心の中で文句を言いながらそっとゴミを店員に渡す。店長は「いつもありがとね、律儀だねぇ」なんて言いながら俺の事を褒めてくれる。律儀なのは育った環境のお陰と言わせてもらおう。だが、今回はいつもと状況が違う。俺は、あの男を知っている。

「よぉ、加藤。久しぶりじゃねぇか。」
「お、お前、染谷か…?何の用だよ!?こっちゃ仕事終わって疲れてんだよ!」
 外見は多少変わったが、中身は相変わらずだった。俗に言う「イキリ野郎」なのだ。口ばかり達者で、人望は皆無と言って良かった。山本が言ってたっけ、学校辞めてどっかの工場で働いてるとか。知り合いで、増して俺に色々吹っ掛けてた奴なら、容赦する必要は無ぇな。
「てめぇちょっと裏来いよ。話あんだよ。ほら、煙草吸いてぇんだろ?」
 スカスカの箱を開けると、丁度二本残っている。無理矢理、二本の内の一本を口に咥えさせ、肩を組んで抑えつけ連行する。小心者の相手なんざ全く苦労しない。コンビニの裏には、従業員用の灰皿がある。喜一はこのコンビニで毎度煙草を買いに来るので、店長と仲良くなり、そこを使用することを許可されている。喜一も煙草に火を点け、加藤に無理矢理咥えさせた煙草にもオイルライターを炙る。加藤は無理矢理吸い込まされ、噎せ返った。
「俺メンソしか吸えねぇんだよ、こんなもん寄越しやがって。わざわざ人いねぇ場所連れ込んで、俺の事シメるつもりかよこの極悪人がよぉ!」

 喜一は笑いを堪えられなかった。口元が緩む。全然変わってねぇなこの馬鹿。
「てめぇなんざクソどうでもいいんだがよ、元オトモダチだろ?懐かしいツラ見かけたから声掛けただけじゃねぇかよ。」
 そう言って、加藤の顔面に煙を吹きかける。加藤の怒りは頂点に達したようで、火の点いた煙草を顔面目掛けて投げつけてきた。
 流石に至近距離過ぎた。目などの危険な部位への直撃は避けたが、高熱の塊は頬にしっかりと当たった。脳内が沸騰する感覚が良く分かる。しかし、俺は少し変わった。大切な「お友達」を得て。

「てめぇから俺に怪我させたんだから、正当防衛でいいよなぁ?」
「何がだ…」
台詞を遮り、加藤の喉元を細い剛腕が捉える。ラリアット。加藤は吹き飛び、フェンスに叩きつけられ、恐らく食ったばかりのカップ麺が混じった汚い液体を吐き出した。吐き切って、半泣きで嗚咽交じりに加藤が叫ぶ。
「昔俺がやったことやり返すつもりかよぉ!確かにクソみたいな作り話バラ撒いてたのは俺だよ!てめぇそれくれぇの事してんだよ!ふざけんなこの野郎!」
 うるせぇ奴だ。立ち上がれない加藤の腹に一発蹴りを入れた。更に吐きそうになったが、既に吐くものはもう残っていないようだ。

 騒ぎを聞きつけ、従業員用の裏口から店長が出てきた。その光景に絶句していたが、落ち着きを取り戻すと冷静に様子を聞いてきた。
 状況をありのまま伝えた。店長も汚れ切った加藤に事情聴取し、間違いが無いことを認めた。煙草が当たった頬は、軽い火傷になっているようで、手当てしてやると店長は言ってくれた。加藤は完全に怒り狂っている。
「あんた店長だろ!?客がこんな目にあってるんだよ!警察呼べよ警察!」
「あんたよくこの時間に来て店の前にゴミ撒き散らして帰ってくだろ?うちの店の前禁煙だし。それやられていつも迷惑してるんだよ。しかも先に喜一君に煙草投げたのあんただろ?もし目にでも当たってたら失明ものだよ。それら諸々説明して防犯カメラの映像提出して、営業妨害って形で来てもらうなら警察呼ぶけど、どうする?」

 言葉を完全に失った加藤は、黙ったままフェンスに力を借りて、まだ残っていた胃の中のモノを吐きながらふらふらと帰っていった。
「すんません、騒ぎ起こしちゃって。俺も、営業妨害してますよね。」
 店長に謝罪しながら、馬鹿の置き土産のゴミを拾う。店長はにっこりと微笑み、そのゴミを受け取った。
「実は裏にも防犯カメラあるから。手出しちゃってるのはバレるけど、その前に煙草投げてるから正当防衛って言えるでしょ、何かあったら。それ以前に禁煙エリアで毎回煙草吸っては吸殻捨ててくから、何かあったら店の方も力貸すよ。クソ野郎成敗してくれてさんきゅーね。これ、お礼。」
 差し出したのは全国チェーンで人気がある喫茶店のロゴが書かれた、缶のミルクティーだった。一本二百円ちょいするので、普段は絶対買わない。
「俺もあいつに因縁みたいなのあったので、成敗できて良かったですよ。それよりこんな高価なもの、いいんですか?」
「二百円ぽっちで高価って。しばらくあいつ来ないだろうし、またやらかすようならふん捕まえて警察突き出すよ、予告したし。バイト代、ってことで貰ってよ。」
「それなら、ありがとうございます。いただきます。」
「それ、喜一君なら気に入ると思うよ。煙草と合うから。」

 店長に深々と礼をし、裏の喫煙所に戻った。吐瀉物で汚れていたので、手近なバケツに水を汲んで勢い良く流した。残骸は僅かに残ってしまったが、あのままよりはマシだろう。
 ミルクティーを開け、煙草に火を点ける。煙草の旨味と苦味が入り混じったタイミングで、ミルクティーを一口飲む。成程、これは美味い。頬に触ると、ピリッとした痛みが走った。スマホの内カメラで確認すると、冷やして多少手当はしてもらったが、結構な勢いで当たったので、もしかしたら痕が残るかもなぁ。根性焼きという程ではないが、あいつら心配するかな。

 心配してくれる「お友達」が、またできたんだ。再び口元が緩む。待ち合わせまではあと四十五分程ある。優しい味のミルクティーを飲みながら、ゆっくりと煙草を吸った。

Next…


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