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「申し送りメール」という名の大迷惑公開処刑をやめろ

  この会社に来て数年になるが、つくづく馬鹿だと思う風習がある。べつに毎朝社訓を絶叫するとか薄ら寒いtiktokの撮影をするとかではない。もっと陰湿で根深い、背筋のうそ寒くなる悪習だ。

 それは社員のミスや不手際を、名指しで非難し社内メールで晒し上げることだ。些細な間違いや日頃の態度に至るまで、「こいつがこんな馬鹿をやった」とあげつらい、全従業員が閲覧できるメールでやり玉に挙げるのである。さながら市中引き回しのような蛮行が、当社では平然とまかり通っている。世界広しといえどわが部署にだけ見られる奇習だろう。

 わが部署は「申し送り」と称して、シフト退勤前に社内メールで業務を共有する習慣がある。人数あたりの業務量が多いため、そのようなシステムを用いるところは少なくないだろう。   
 しかしその業務共有用メールで、全く共有する必要のないバカ情報をズラズラと書き連ねる不届き者が存在する。主に我が物顔で社を闊歩するお局やお偉方がそれだ。彼らは口頭で注意すればいいだけの文句をなぜか全員が見られる会社アドレス宛に送りつけ、叱責してくる。
 内容はどれも似たようなもので、ミスや勤務態度等の不満点をこれでもかと難詰し、全従業員の前ではずかしめるのだ。時に3,40行にも及ぶ誤字脱字だらけの趣意のまとまらない怪文書が届くこともあるが、これはもう会社全体に響くほどの大声で「お前は無能だ」と面罵するようなものだ。正直どうかと思うし、いい加減うんざりしている。

 確かに、俺は無能だ。カスだ。この歳になってもコミュニケーションは苦手だし、報告連絡相談もどこまでしたものかわからない。仕事中いつ怒られるか気がかりで動作がやたらとぎこちなく、馬鹿のくせに極端な完璧主義だからちょっとした失敗や𠮟責でも人生終わりだとばかりに落ち込む。挙句、もはや誰からも相手にされなくなるのだとひとり飛躍した被害妄想を膨らませ、何もかもを悲観する。だというのに喉元過ぎれば熱さを忘れ、反省もせず学びもせず、わかってもいないのに「わかりました」と返して叱責の種をまく。向上心や責任感、当事者意識をいつまでも持つことができず、ただ無難に、受け身で、怒られないよう立ち回ることしか頭にないから簡単な仕事しか任されないのにミスが多い。仕事ぶりは注意されないであろう最低ラインをずるく狙い、仕事したような雰囲気をかもすばかりでいくら働いても成長しない。そのくせ人から無能あつかいされれば生意気にもプライドが傷つき他人を恨む。成果をもたらさないどころか余計な仕事と手間を増やし、まっとうに働く人間の足を引っ張って何の痛痒も感じない。人に与える発想どころか変わろうという意思すら持てず、限りあるリソースを食いつぶし害毒を垂れ流す社会を舐めきった薄汚い無能の寄生虫、組織のガンである。こんな人間が5人もいればその会社はつぶれるだろう。

 というわけで、俺が有害な人間であることは認めよう。しかし、だ。それをわざわざメールに載せて従業員に公表する必要がどこにある?個人のミスやそれに対する叱責をわざわざ共有事項の一つに加える合理的な理由はなんだ?
 そんなものあるわけない。当然だ。申し送りというのは仕事の進捗を共有し、引き継ぐためのものだ。決して個人を論難したり、ましてやそれを大っぴらに公開するものではない。そうではないか。そんなにミスや不備が気になるというのなら口頭で伝えるか、個人メールでも送ればいい。誰もいないところで、余人の見えないところで好きなだけ怒ればいい。1000文字でも2000文字でも満足するまで書いて送ればいい。だが、そんなものをひけらかし見せしめのように吊るし上げるなど、もはや野蛮な公開処刑だ。露悪的でグロテスクな変態猟奇趣味だ。どう考えても間違っている。

 俺がどれだけウスノロのクソ野郎でも感受性まで馬鹿になっているわけじゃない。みんなの前で怒られればひどく恥ずかしい思いをするし、メール内に自分の名前を見つけるだけで殺されるような恐怖と意識が遠のくほどの動揺を覚える。とてもしんどいのである。

 そして、被害に遭うのは俺だけではない。この前「申し送り」と称してある従業員の業務態度、報連相の不備を長々と注意するメールを上司が送っていた。もちろん、会社のアドレス宛で全員に見えるようにしてだ。
 どうなるのかと思って見ていると、注意された方も面白くなかったのか口語調の文章でやり返し、上司もむきになって反論を繰り返した。さながら社内メールで行うレスバトルの様相を呈しており、傍で見ていてかなり異様な光景だった。
 文面だと正確なニュアンスは伝わりづらいし、言葉が強く見えてしまうのでヒートアップしやすい。こんな不毛なやり取りでフォルダを埋めるくらいなら直接伝えればいい。時間と容量の無駄である。わざわざ人に見せるようにして行う意味も分からない。

 ・・・・・・そうはいってもこの文化は一朝一夕につくられたものではないから、そう簡単になくなることはない。またいつ公開処刑が行われるのかは誰にもわからないし、自分が標的にならないとも限らない。だから俺は毎日、出社するたびに腹を決める。以下のような一人芝居を通して、言葉でメタメタに切り付けられる覚悟を決めるのだ。


俺A「はあ、今日は怒られていないだろうか。何も無いといいなあ・・・・・・」

俺B「はあ?なに言ってやがる、怒られるのが怖いってか?寝言は寝て言え。貴様みたいなクズは怒られなきゃダメなんだ。仕事もできなきゃ性格も悪い、容姿も醜いお前みたいなクソが、なんだって誰からも怒られずに済むと思った?何も言われないほうがおかしいだろう。ぶっ叩かれてしかるべきだ。いい加減目を覚ませ」

俺A「そうだな・・・確かにその通りだ。俺みたいなダメ人間に何もない方が不自然だ。怒られるのが当然だ。怒られてなきゃだめなんだ。怒られないと成長できない。良薬は口に苦しだ。ボロクソに叩きのめされて、俺は初めて人として成長するんだ。よーし、全否定されるぞ!」

俺B「よし、腹が据わったなら予行演習だ。いいか、俺は間違いなく上司からとんでもなく長い文章で怒られてる。そうしたらまず返信だ。こういう文面で謝って、その時の気の持ちようはこうだ。返信をしたら上司の席まで行って、頭を下げる。すみませんでした……角度はこうだ。その後大声でこう怒鳴られるから、再び頭を下げる。よし、準備万端だ。さあいくぞ!」



 芝居がかったせりふ回しだが、冗談ではなく俺は毎日このような脳内会話を繰り広げている。弱気な自分に対し、それを全否定し叱咤激励する自分を置く。そして怒られる状況そのものを正当化する。そうしないと不安で仕方がない。このように極力嫌な場面を想定して予防線を張るという、滑稽ながらも本人は至って深刻な状況は存外多いと思う。

 突飛な例を出すようだが、小説家の山岡荘八は太平洋戦争で徴用された際、出向前にみずからの位牌を作り戒名までつけたという。戦場がどういう場所か嫌ほど知っていたため、あらかじめ自分は死んだものと思い、死者が死を恐れるのはおかしいと考えれば幾分気が楽になったそうだ。

 俺の一人芝居はその超々々々縮小版だ。命までとられるわけではないが、最初から大目玉を喰らっていると決めつけて、だからもう恐れるのはおかしいと思えば不快な動悸も無用な緊張も、ある程度は耐えられるようになる。

 そして俺は毎日、強いて勇気をふるい立たせて会社へ向かう。気分は望み薄の試験に向かう受験生そのものだがあくまで空元気、槍持つ荒武者のように虚勢を張る。ござんなれ匹夫とばかりに肩肘を張り、良薬口に苦しと呪文のように言い聞かせる。
 しかし気が小さいので人目があればすぐ伏し目がちになり、あいさつするにも声は小さい。神経は限界まで張りつめ、名前を呼ばれるだけで突然怒鳴られたかのように飛び上がる。
 席に座り恐る恐るメールをチェックし、何もなければ安堵のため息。あんのじょう叱責があれば血液循環の止まるような動揺とパニック。壊れたコンピュータのように働かない頭と震える指で推敲を重ねた謝罪文を送る。上司がいれば深々と頭を下げて謝罪する。それが出社後のルーチンである。

 それで終わりではない。せっせとこしらえた強気な態度はどこかへ吹き飛び、みんなの前で怒られたおかしな罪悪感と恥ずかしさでいっぱいになる。振る舞いは不慣れな作法で神社に参拝するかのように一層ぎこちなくなり、食事もほとんど喉を通らない。帰宅後はほとんど寝たきりになり、立ち直るのに一週間はざらにかかる。それからも折に触れては思い返し、果てのない自己嫌悪を促進する。そしてどこかセルフネグレクトに近い投げやりな生き方にさえなってしまう。

 ああ、こうして書いているだけで動悸と喉の奥が詰まるような嫌な感じがする。それこそが「申し送りメール」の殺傷力なのである。

 おい上司!ただでさえ使えない給料泥棒がこれ以上に厄介な負債になってもいいってのかよ!マジ勘弁してくれ。

 ・・・・・・とまあ好き放題不平不満を書いたが、こんなの、自意識過剰で傲慢で自分が大好きなくせに自信のない他人依存の奇形的自己愛幼稚人間の心底どうしようもない自縄自縛だ。誰もそこまで俺のことになんか興味ないのに、もともと大して好かれてすらいないのに、嫌われたの見捨てられたのとひとり勝手に苦悩しているだけの、むなしい一人相撲である。要するに思い上がった悩みだ。馬鹿だ。カスだ。てめえが無能で使えないゴミだってことくらいもうみんな知ってるんだよ。今更人前で怒られることがなんだっていうんだ。

 でも怖いものは怖いんだからしょうがないだろ。

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