見出し画像

28歳無職の7日間

残り、80万9,000円。

*

5/1
連日の引っ越し作業。暮らす場所の変化。数年ぶりの親との同居。働いていないから気付きにくいのだけど、たぶん私は疲れている。私はしばらく親という存在をあまり気にかけずに生きてきた。勝手に仕事を辞めて、勝手に家に帰ってきた。私の親は、いつも何も言わない。好き勝手に進んでいく私をまるごと受け入れてくれる。けれど、一緒に暮らすというのはやっかいだ。距離が近すぎて、何も言わなくてもぜんぶ伝わってきてしまう。心配、寂しさ、苛立ち、愛。早く家を出なければ、とすぐに思った。早く親から離れて生きていけるようにならなければ。それがきっと、一番の恩返しになるのだと思う。

5/4
荷ほどきがほとんど終わり、安心と疲れからか身体が少し重い。弱った時、誰かが近くにいてくれるだけでどんなに安心できるだろう。それが今は、誰かがそばにいてほしいときほど、誰かがそばにいるのが不安になる。今日は一日中、自分の部屋に引きこもった。大切な人と心おきなく一緒にいたいと思える日が、そばにいてほしいと言える日が、早く訪れるといいのだけど。

5/7
用があり、東京で暮らしていた街へ。帰る家の無くなったその街は、もう私には馴染まない。4年も過ごしていたはずなのに、不思議だ。駅前のスーパーも、ファミレスも、私とはもう無関係だ。仕事の帰りによく食べていたラーメン屋さんに行こうかと思ったけど、やめた。家に帰ろう。母が作ってくれた夜ごはんが、私を待っている。

5/9
母が、買い物の帰りに銀だこを買ってきてくれた。誰かと一緒に暮らしていると、目覚めたら銀だこが用意されているようなラッキーが急に発生する。銀だこ食べるの、何年ぶりだろう。ラーメン屋だって牛丼屋だって一人で入れるけれど、たこ焼き屋さんは何となく、一人で入る気にならない。だからたこ焼きは私にとって、誰かと一緒にいるときに食べられるものだ。どうでもいいことで母と軽い言い争いをしながら、銀だこを食べる。そんなにぎやかな、日曜のお昼。最近、母がチョコレートのケーキが好きだと知った。だから今日という日のプレゼントに選んだ。好きなものとか嫌いなものとか、得意なこととか苦手なこととか、きっとこれからもっと知っていくのだろう。

5/10
実家に戻って分かったことは、父と母は互いに協力し合いながら生活を営んでいるということ。子どもの頃は、私が大人になったら離婚するかもな、と思っていた。けれど、私が想像していたよりはるかに母は父に頼っているし、父も母に頼って生きている。普段、2人の間にそこまで会話は無いけれど、それはそれでそれぞれが気ままに暮らしているように見える。もちろん不自由さや制約は生まれるけれど、長い目で見れば、こうやって誰かと協力しあって生きていくのも悪くないなと思えた。私はやはり間借り人なのだ。

5/11
眠れないので、それならいっそと深夜1:30からお酒を飲んだ。最近ハマっている、ほろよいのグレープ。物語もろくに追わずに映画を流し見しながら、何も考えずにほろよいを体の奥に流し込む。この頃の私はたぶん、少し寂しい。今しかない余りある時間の中で、いつも一人、家で過ごしているからかもしれない。会いたい人がいる。行きたい場所がある。進んでいかない時間を買ったはずなのに、淡々と時だけは流れていってしまう。だから、今の私にしかできないことがしたくなった。それが、平日の深夜1:30からお酒を飲むこと。実にくだらない。こんなくだらないことが、私を少し安心させてくれる。少しずつ流し込んだほろよいのグレープが、私の体の中で満タンになる。AM3:00。そろそろ眠れそうだ。

5/13
母がおはぎを買ってきてくれた。昨日の夜、おはぎの話をしていたからだ。久しぶりに食べたおはぎは、あんこがとても美味しかった。溶けてしまうほど甘くはない。だけど、心地のいいほんのりとした甘さが、私の心をほぐしてくれる。いくつでも食べられてしまいそうだけど、一つだけでやめておいた。優しい甘さにじんわりと包まれて、私は今日も生かされている。今度、母には何を買ってきてあげようか。

*

子どもの頃から環境の変化には弱かったことを、私はすっかり忘れていた。
けれど大人になったから知っている。大丈夫、すぐに慣れるよ。
焦らずゆっくり、楽しんでいこう。


+α 5/25
記事をアップし忘れていて、気付けばもう25日になってしまった。
自分の言霊どおり、私はだんだんとこの生活に慣れ始めている。
今日、朝起きて冷蔵庫を開けると、ヨーグルトが目に入った。
おなかの調子が良くなくて、と母にぼやきながら私が食べていたものだ。
食べてしまったはずのそれは、母の手によって無言で補充されていた。

そういう小さな愛を受け取りながら、私は今を生きている。
なるべく健やかに、明日も新しい風をあびていこう。



健やかに文章を綴るためにアイスクリームを買いたいです。読んでくれて本当にありがとう。