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ルーベンス作「連作マリー・ド・メディシスの生涯」(1622-1625年)

はじめに

世界屈指の美術館、ルーヴル美術館。
ルーヴル美術館の至宝中の至宝の一つ、そして意外に知ない方も多い作品をご紹介します。
私の専門は図像学。「美術作品の読み解き」。この作品は「絵画というものがいかに多くのメッセージを語ることができ奥深いものなのか」実感させてくれるもの。
皆さんにも「絵画を読み解く面白さ」をご一緒に味わっていただければ幸いです。

*ピーテル・パウル・ルーベンス作「連作マリー・ド・メディシスの生涯」

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©2011 Matt Biddulph (CC BY-SA2.0)

今回取り上げるのはこちら:ピーテル・パウル・ルーベンス作「連作マリー・ド・メディシスの生涯」。
大きな作品がたくさん並ぶ大きな部屋。ここに見えている全ての作品が、一つの連作を構成します。

◆ルーベンス(1573-1642年)最高傑作の一つ◆

ルーベンスは、皆さん、ご存知でしょう。物語「フランダースの犬」で、主人公のネロがどうしても見たくて、最後にようやく見られて満足し天に召された巨匠の作品、というのがありました。あの作品の画家というのがこのルーベンスです。
これからご一緒に見ていくこの作品は、ルーベンスの最高傑作の一つです。

ルーベンスは、フランドル地方、今日のほぼベルギーを拠点とし国際的に活躍します。ルーベンスは「黄金時代」と言われる17世紀の絵画を代表する巨匠の一人です。

この作品は、全部で24枚の「全て」大型の絵画からなる一大作品。
ルーヴル美術館では、この連作を展示するために、ご覧のように部屋が特別に設けられます。

この作品は、本当に必見。
この部屋に足を踏み入れたとたん、四方から押し寄せる「名作のオーラ」に圧倒されます。そしてこの作品は、内容面において卓越し知れば知るほど、圧倒されるばかりです。

◆マリー・ド・メディシス(1573-1642年)◆

注文者は、マリー・ド・メディシス。
この人はフランス国王アンリ4世(在位:1589-1610年)の王妃です。

フランス国王アンリ4世は、ブルボン王朝最初の王様。
皆さん、ヴェルサイユ宮殿を建てた「太陽王」ルイ14世(在位:1643-1715年)は、ご存知でしょう。国王アンリ4世は、「太陽王」ルイ14世のおじいさんにあたります。
すなわち、マリー・ド・メディシスは、「太陽王」ルイ14世の、おばあさんにあたる、というわけです。

この作品は、当時フランスの王太后であったマリー・ド・メディシスが、自身ために建てさせた離宮「リュクサンブール宮」の、ギャラリーの一つを飾るために描かせたものでした。「リュクサンブール宮」というのは、今日のパリの有名な観光スポットの一つ「リュクサンブール公園」の中にある宮殿です。もとは現在の公園が、宮殿の庭園でありました。現在はこの宮殿には、フランスの上院議会が入っています。

◆絵画が語るメッセージ◆

マリー・ド・メディシスからルーベンスになされた依頼はこうでした:「王太后マリー・ド・メディシスの、栄光の生涯をたたえるもの」です。

連作は、視覚的に圧巻で、内容的に非常によく練られています。
それではいよいよ、各場面の内容を見ていくことにいたしましょう。

■マリー・ド・メディシスと両親の肖像

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こちらが、連作最初の三枚です。

■主人公マリー・ド・メディシス

中央が連作の主人公、王太后マリー・ド・メディシス。
さてここではマリー・ド・メディシスは、「胸を片方さらけ出す」という、一国の王太后にあるまじき、どきっとしてしまう姿です。
実はこの姿には、理由があります。
ここでは、マリー・ド・メディシスは、ギリシア神話の女神「智恵と勇気の女神」ミネルヴァの姿で描かれます。ここでは、こうして王太后マリー・ド・メディシスを、神話の女神になぞらえて描くことにより、王太后マリー・ド・メディシスの智恵と勇気、そして政治的手腕を称えているというわけです。

■父フランソワ・ドメディシス(1541-1587年)

右の男性は、マリー・ド・メディシスのお父さん。この人は、トスカナ大公フランソワ・ド・メディシス1世という人物です。
この人の本来のイタリア語名は、フランチェスコ・デ・メディチ。「メディシス」というのは、イタリア名「メディチ」のフランス語読みというわけです。マリー・ド・メディシスは、フィレンツェの名門の一族である、メディチ家出身の女性でした。

■母ジャンヌ・ドトリッシュ(1547-1578年)

左の女性は、マリー・ド・メディディスのお母さん。この人は、ジャンヌ・ドトリッシュという人です。
「ドトリッシュ」というのは、「オーストリアの」という意味です。
マリー・ド・メディシスのお母さんは、名門ハプスブルク家出身の女性です。

■マリー・ド・メディシスの運命を紡ぐ運命の三女神■

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こちらは「マリー・ド・メディシスの運命を紡ぐ運命の三女神」という一枚。この場面は、主人公マリー・ド・メディシスの「誕生前」にあたります。

下の三人の女神たちが、運命の三女神。三人の女神は、マリー・ド・メディシスの運命を表わす糸を紡ぎます。その様子を上の方で、神々の王ユピテルとその妻ユノ女神が見守ります。

この一枚はこのようなメッセージを語ります:「王太后マリー・ド・メディシスの運命は、他ならぬ神々の王と王妃、ユピテルとユノによって導かれた、特別なものであった」ということです。

■マリー・ド・メディシスの誕生

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続いてこちらは、マリー・ド・メディシス誕生。中央に見える赤ん坊が、主人公マリー・ド・メディシスというわけです。
右の裸体の女性が出産の女神。
出産の女神は、花の冠をかぶったフィレンツェの擬人像に、赤ん坊を渡します。マリー・ド・メディシスは、フィレンツェの街で生まれます。
フィレンツェの街の擬人像の傍らには盾があり、そこに、フィレンツェの街に行くとあちこちでみかけるもの、フィレンツェの赤いユリの紋章が描かれます。

横たわる手前の人物は、河の神。河の神は水が流れ出る甕とともに描かれます。ここに描かれた河の神は、フィレンツェを流れるアルノ川を表わしているというわけです。

■マリー・ド・メディシスの教育

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こちらが、マリー・ド・メディシスの教育。中央、ピンクのドレスの女の子がマリー・ド・メディシス。ここでは、様々な神様たちが、マリー・ド・メディシスに、色々な才能を授けます。

上が、「神々の使者」と言われるメルクリウス。この神様は、翼のついた帽子が目印です。メルクリウスはマリー・ド・メディシスに、「弁論の才」を与えています。

武装した姿が目印になるのが、智恵と勇気の女神ミネルヴァ。智恵と勇気の女神ミネルヴァが、将来の王妃に「賢さ」を与えます。

左側手前の人物が、ギリシア神話最大の詩人、オルフェウス。オルフェウスは少女に「芸術的才能」を与えます。楽器を奏でるオルフェウスの足もとには、彫刻や筆、パレットといったものが転がります。

右側三人の女性たちは三美神。三美神が少女に与えているものは「女性としての魅力」です。

■マリー・ド・メディシスの縁談

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こちらが、マリー・ド・メディシスの縁談。マリー・ド・メディシスの肖像画が、フランス国王アンリ4世に示されます。

肖像画を持つのは、右が愛の神アムール(別名クピドン)、左が婚姻の神ヒュメネです。
その様子を上の方で、神々の王と王妃、ユピテルユノが見守ります。
ユピテルとユノは、ワシと孔雀が目印です(ワシと孔雀)。これ、ちょっと覚えておいていただきたいと思います。・・・後で出てくるかもしれません(出てきますよ)。

マリー・ド・メディシスの夫となるフランス国王アンリ4世には、ずいぶんと親しげな様子で女性が寄り添います。この人はいったい誰なのか?
この人はフランスの擬人像。よく見るとこの人の衣装の模様は、「青地に金のユリ」のフランス王家の紋章になっています。

王は既にマリー・ド・メディシスに恋に落ちています。王ははっとした仕草をしています。そして、彼女に心を奪われてしまった王は、小さな愛の神たちに、武器を奪われてしまっています。

■マリー・ド・メディシスの結婚

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こちらは、マリー・ド・メディシスの結婚。白いドレスの女性が、マリー・ド・メディシス。彼女に王の代理人が、指輪を渡します。ここで、代理人の役目を務めるのは、トスカナ大公。マリー・ド・メディシスの叔父さんにあたる人です。

この場面、舞台はフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、フィレンツェのあの大きなドゥオモです。実は、このとき、この作品を描いたルーベンスは、ちょうどイタリアに遊学をしていて、なんとこの場に居合わせておりました。奇しくも、後にななり、頼まれてこの場面を描くことになろうとは。なんとも面白い運命のいたずらです。

左側、マリー・ド・メディシスのドレスの裾を持つのは、婚姻の神様です。

■マリー・ド・メディシスのフランス入国

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こちらが、マリー・ド・メディシスのフランス上陸。こちらがこの連作中、恐らく最も有名な一枚です。カタログや画集に、連作の中から一枚取り上げられる場合、選ばれるのは、たいていこちらの場面です。

中央、白いドレスの女性が、マリー・ド・メディシス。マリー・ド・メディシスは船で、イタリアからフランスに来て、南フランスのマルセイユに上陸します。マリー・ド・メディシスを乗せてきた船には、メディチ家の紋章が掲げられます。

画面下の人物たちは、海の神々海の女神たちです。船を岸につないでいます。このなんともダイナミックな生命力みなぎる豊満な女性たち、実にルーベンスらしい表現です。

マリー・ド・メディシスは、長い船旅で、少々お疲れのご様子です。青い顔をしています。彼女には、おばと姉が付き添います。

船から降りるマリー・ド・メディシスを出迎えるのは、フランスの擬人像マルセイユの擬人像。先ほども出ていたフランスの擬人像は、ここでも青地に金のユリのマントです。

空中には「名声」の擬人像が舞っていて、トランペットを吹き鳴らし、王に、マリー・ド・メディシスの到着を知らせます。

■マリー・ド・メディシスと王の対面

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こちらが、マリー・ド・メディシスと王の対面。画面上の二人が、マリー・ド・メディシスフランス国王アンリ4世。二人を引き合わせるのは、婚姻の神様です。

画面下の女性は、リヨンの街の擬人像。アンリ4世とマリー・ド・メディシスは、フランス南部、リヨンの街で初めて出会います。
さて、リヨンの街の擬人像は、ライオンが引く車に乗っています。フランス語では、ライオンは「リヨン」と発音。つまりここには、言葉の遊びがある、というわけです。

さて、皆さん、お気づきですか?ここでは、アンリ4世とマリー・ド・メディシスは、ワシと孔雀とともに描かれます。ワシと孔雀です。
ワシと孔雀は、神々の王妃、ユピテルとユノの目印です。これはいったいどういうことなのか。
すなわちここでは、国王アンリ4世とマリー・ド・メディシスは、ギリシア神話の神である最高神のユピテルとユノ女神の姿で描かれているというわけです。これまで、神々の王と王妃、ユピテルとユノに見守られる存在であったマリー・ド・メディシスと夫アンリ4世は、ここでは、彼ら自身が、神々の王と王妃に、なぞらえられるに至っています。ここでは二人は神格化されているわけです。この辺りの表現は、注目すべきところです。

■王太子出産

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こちらが、王太子出産。中央の女性がマリー・ド・メディシス。出産を終えたばかりのマリー・ド・メディシスはけだるげな様子です。ですがその顔は、喜びに輝きます。

マリー・ド・メディシスの後ろに立つのは、「神々の母」キュベレ女神。キュベレ女神は、マリー・ド・メディシスの肩に手をかけ、彼女を守護している様子です。

マリー・ド・メディシスの視線の先にいる赤ん坊は、王太子、後のフランス国王ルイ13世(在位:1610-1643年)。
赤ん坊を抱くたくましい男性は「健康」の精霊。その隣、赤ん坊を覗き込む女性は、「正義」の擬人像。ルイ13世は「正義の人ルイ」と呼ばれました。

反対側、黄色い衣装の女性は「多産」の擬人像。この人は、花かごを持っています。籠の中に注目です。よく見ると小さな赤ん坊の顔が、描かれます。

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こちらがこの部分を拡大したもの
わかるでしょうか、赤ん坊の顔。
実はこれは、この後マリー・ド・メディシスが産むことになる王子と王女たちを暗示します。こうしてここでは、マリー・ド・メディシスが、「アンリ4世のためにたくさん子供を産んで、王妃としての務めを立派に果たした」、ということが示されているというわけです。

■王に留守中の全権を委ねられる

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こちらが、マリー・ド・メディシスが、ドイツに出陣する王に留守中の全権を委ねられる、という場面。中央の向かい合う二人が、国王アンリ4世マリー・ド・メディシス、二人の間の少年が、息子の王太子です。

当時は宗教戦争の時代でした。フランス国王アンリ4世は、キリスト教の伝統的勢力「カトリック」と、改革派「プロテスタント」の「調停者」とも言える人物でした。アンリ4世は、ドイツの地でハプスブルク家の弾圧に苦しむプロテスタントの人々を助けるため、遠征を行います。

アンリ4世が手にするのは、ユリの紋章のついた球。これは、フランスの権力の象徴です。アンリ4世は、これをマリー・ド・メディシスに手渡します。こうして、ここでは、「王がマリー・ド・メディシスに、留守中の一切の権限を委ねた」ということが表わされます。この球は、王のマリー・ド・メディシスに対する信頼の象徴というわけです。

それを受け取るマリー・ド・メディシスには「思慮」と「寛容」の擬人像が伴います。

■マリー・ド・メディシスの戴冠

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こちらが、マリー・ド・メディシスが、フランスの王妃として正式に戴冠する場面。ひざまずく女性がマリー・ド・メディシス。傍らには、息子である王太子が寄り添います。

さて、ほぼ中央にひざまずき冠を受けるマリー・ド・メディシス、右側に聖職者のグループ、左側に貴族の女性たちと男性たちを描くこの横長の構図、何かを思い出させるのではないでしょうか。

12.ダヴィッド作「ナポレオンの戴冠式」

そう、「ナポレオンの戴冠式」(1806-1807年)。この作品hs、ルーベンスのこの場面の影響を受けています。このようにルーベンスのこの連作は、後の画家たちに多大な影響を与えました。

ルーベンスの表現宙を舞う二人の人物は、「豊穣」「豊かさ」の擬人像。この二人は、マリー・ド・メディシスの王妃時代のフランスの繁栄を表わします。

ここには、たくさんの人物が描かれます。では、この中で、マリー・ド・メディシスの夫でありかつフランスの国王でもあるアンリ4世はどこにいるのでしょうか。奥、○で示した所です。王の少し引いたこの場所は、この後、王に襲いかかる不幸な運命を暗示していると言われます。では、王の身にいったい何が起こったのか。王はこの後まもなくして、暗殺されてしまいます。

■王の死とマリー・ド・メディシス摂政就任

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こちらが、王の死とマリー・ド・メディシスの摂政就任、という場面。
左側では、暗殺されたアンリ4世が、神々の王ユピテルと、その父、神サテュルヌスによって天に上げられます。

上げられる先には「黄道十二宮」が描かれて、天の世界が表わされます。そこに天をすみかとする神々と、死後昇天して神々の列に加えられた英雄ヘラクレスの姿があります。「偉大な王であったアンリ4世も、英雄ヘラクレスと同様に、天に上げられ神々の列に加えられた」というわけです。

一方地上の世界では、勝利の女神たちが、偉大な王の死を嘆き悲しみます。

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右側では喪服に身を包んだマリー・ド・メディシスに、突然の王の死に慌てふためいた臣下たちがすがり寄ります。

マリー・ド・メディシスの前に、フランスの擬人像「神の意思」の擬人像がはせ参じます。二人はそれぞれ、マリー・ド・メディシスに、何か物を差し出します。
フランスの擬人像が差し出すのは、ユリの紋章のついた球。これは、「フランスの権力」の象徴です。一方、「神の意思」の擬人像が差し出すのは、船のオール。これは、「国の舵取り」の象徴です。

そしてそれを受け取るマリー・ド・メディシスには、「思慮」の擬人像と、智恵と勇気の女神ミネルヴァが寄り添います。

■フランスとスペイン間の婚姻政策についての神々の議論

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ここからマリー・ド・メディシスが、幼い王の摂政になってからのお話。こちらは、神々の会議を描きます。
ここで神々が話し合っているのは「フランスとスペインの婚姻政策」。こちらは、摂政となったマリー・ド・メディシス最大の政策「フランスとスペインの婚姻政策」の正当性を強調する一枚です。

神々の会議を統べるのは、神々の王ユピテル。足もとには、目印のワシが描かれます。神話の主要な神々が、ここには勢揃いしています。

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ユピテルの足もと○で示したところに注目です。ここには世界を表わす球体と、二組の白い鳩が描かれます。

白い鳩というのは、愛の女神ウェヌス(ヴィーナス)の鳥です。かなりわかりづらいところかもしれませんが、よく見るとこの二組の鳩、二羽ずつリボンで結びつけられる、という様子になっています。

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この様子は、二組の結婚を暗示します。すなわちこれら二組の鳩、フランスとスペイン、それぞれの国の王女を、それぞれ相手の国の若き王、王太子に嫁がせる、二組の結婚を暗示している、というわけです。

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画面手前の二人は、秩序を体現する神アポロンと、智恵と勇気の女神ミネルヴァ。アポロンとミネルヴァは、この決定に害をなそうとする禍々しい姿の悪徳たちを退けます。悪徳たちは、マリー・ド・メディシスの婚姻政策に反対する「反対勢力」を暗示します。

その上に、愛の女神ウェヌス(ヴィーナス)と、その愛人である軍神マルスが描かれます。愛の女神ウェヌスは、争いに加わろうとする愛人マルスを押しとどめます。こうしてここでは、「マリー・ド・メディシスの婚姻政策が、愛によって争いを避ける平和的政策である」ということが、強調されているというわけです。

■マリー・ド・メディシス亡き王に代わりドイツ戦争を終結させる

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こちらが、「亡き王に代わりドイツ戦争を終結させるマリー・ド・メディシス」という一枚。中央の女性がマリー・ド・メディシス。マリー・ド・メディシスは、ここでは、馬に乗って軍隊の司令官の姿です。

彼女に勝利の女神が冠を授けていて、「名声」の擬人像が、トランペットを吹き鳴らし、彼女の勝利を世に知らしめます。

左の女性は「寛容」の擬人像とみるのが一つの見解。王者の動物ライオンを伴います。敗者に対する寛容は、王者の美徳というわけです。

■フランスとスペインの王女の交換

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こちらが、先ほどの婚姻政策に基づいた、フランスとスペイン両国のそれぞれの王女の交換。

中央右の女の子が、スペイン王女アンヌ・ドトリッシュ(1601-1666年)。この子は、マリー・ド・メディシスの息子である、フランス国王ルイ13世の王妃となります。すなわちこの子が、「太陽王」ルイ14世のお母さんであるというわけです。

左の女の子が、マリー・ド・メディシスの娘です。こちらは、フランス王女エリザベート(1602-1644年)。この子は、スペインの王太子、のちのスペイン国王、ベラスケスが仕えたフェリペ4世(在位:1621-1665年)に嫁ぎます。

王女たちに付き添うのは、右がフランスの擬人像、左がスペインの擬人像。フランス王女エリザベートは、名残惜しそうに、フランスの擬人像の方を見ています。

両国の王女の交換は、国境の川にかかる橋の上で行われました。そういうわけで、画面下に、河の神と水の精たちが描かれます。
画面上には「祝賀」の擬人像と、輪になって踊る愛の神たちの姿が見られます。

■マリー・ド・メディシスの摂政政治礼賛

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こちらが、「マリー・ド・メディシスの摂政政治礼賛」。こちらは、摂政としてのマリー・ド・メディシスの、政治的手腕を称える一枚です。

玉座に座る女性が、マリー・ド・メディシス。ここでは、マリー・ド・メディシスは、天秤を手にし「正義の女神」の姿。彼女に智恵と勇気の女神ミネルヴァが付き添って、守護し、助言を与えます。

左側にフランスの擬人像と、農業の神サテュルヌスが描かれます。農業の神は、フランスの擬人像を守るような様子です。農業の神サテュルヌスは、豊かで平和な時代「黄金時代」の神ともされていて、マリー・ド・メディシスの摂政時代のフランスが、「黄金時代」であった、ということも思わせます。

右側二人の女性たちは、「豊かさ」「豊穣」の擬人像。この二人はこち場面場面では、マリー・ド・メディシス摂政時代の繁栄を表します。マリー・ド・メディシスの足もとに見える子供たちは、摂政マリー・ド・メディシスの庇護により栄えた諸芸術を表します。

右端異形の人物たちは、摂政マリー・ド・メディシス時代、世の中から駆逐された、悪徳を象徴しているものです。

■息子ルイ13世成人

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こちらが、息子ルイ13世成人。マリー・ド・メディシスは、恭しく国の舵取りを、息子ルイ13世に返しています。船と舵は、「国とその舵取り」を象徴する伝統的なイメージです。

船の中央にマストさながらに立つ人物は、もうおなじみフランスの擬人像です。

船を漕ぐたくましい女性たちは、ルイ13世の美徳の擬人像。この四人は、それぞれそばにある盾に描かれた絵によって誰が誰か判別できるようになっています。手前から順にそれぞれは、「力」「信仰」「正義」「協和」です。

■息子ルイ13世との諍い

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ここから物語の流れが変わってきます。ここから、マリー・ド・メディシスを襲った不幸の物語。マリー・ド・メディシスの身に、何が起こったのか。マリー・ド・メディシスは、息子ルイ13世と仲違いしてしまいます。

中央、黒いドレスの女性がマリー・ド・メディシス。こちらは、マリー・ド・メディシスが、息子ルイ13世によって幽閉されていた、ロワール地方ブロワの城から脱出する場面です。

マリー・ド・メディシスには、フランスの擬人像が伴い、味方の貴族たちが同行します。

宙を舞う二人の人物は、曙の女神夜の女神。この二人は、この出来事が、夜から明け方にかけての時間帯、起こったことを表わします。

■ルイ13世より和解の申し出を受ける

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こちらが、マリー・ド・メディシスに、息子ルイ13世から和解の申し出がなされるという場面。黒い衣装の女性がマリー・ド・メディシス。右の裸体の人物は、「神々の使者」メルクリウス。マリー・ド・メディシスのもとへやってきたメルクリウスが、彼女にオリーヴの枝を差し出します。オリーヴの枝は平和の象徴、ルイ13世からの和解の申し出を表わします。

マリー・ド・メディシスには、「用心深さ」の擬人像が付き添います。赤い服の二人の男性は、仲介役を務めた二人の枢機卿です。

■和約成立

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こちらが、マリー・ド・メディシスと息子ルイ13世の間に和解が成ったことを表わす一枚。奥の黒いドレスの女性が、マリー・ド・メディシス。マリー・ド・メディシスは、「無実」の擬人像に伴われ、「神々の使者」メルクリウスに導かれて、平和の神殿へ進みます。

手前の白い衣装の女性は「平和」の擬人像。もはや不要となった武器を燃やして、不和をもたらす悪徳たちを押しとどめます。

■マリー・ド・メディシスとルイ13世の完全和解

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こちらが、マリー・ド・メディシスと息子ルイ13世が、完全に和解したことを表わします。左の白い衣装の女性が、マリー・ド・メディシス。隣の男性が、息子のルイ13世です。マリー・ド・メディシスとルイ13世は、互いに寄り添い、手を取りあいます。

後ろの子供を抱いた女性は、マリー・ド・メディシスの「母性愛」を強調しているものです。

右側手前の勇ましい女性は、「神の正義」の擬人像。隣には「神の意思」の擬人像が伴います。「神の正義」と「神の意思」の義腎臓は、争いの原因を象徴する恐ろしい怪物を倒します。

実はこのまがまがしい怪物は、息子ルイ13世の側近であった「リュイヌ侯爵」という人物を暗示します。こうして、ここでは、「母と子の間に起こった不幸な仲違いは、悪の権化であるリュイヌ侯爵により、引き起こされたものであった」ということが、ほのめかされているというわけです。

■真実の勝利

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そしてこちらが連作の24枚目、最後の一枚、「真実の勝利」と名付けられた場面です。
これまでの23枚は、多かれ少なかれマリー・ド・メディシスの生涯の、過去に起こった出来事を表わすものでした。この最後の一枚は、ちょっと性質が違います。この最後の一枚は、「未来へのメッセージ」とも言うべきものになっています。

画面上の二人が、マリー・ド・メディシスと息子のフランス国王ルイ13世。こちらは、時が流れ、ともに天に召された後の姿です。二人は、向き合い、互いに愛情のこもった穏やかなまなざしで見つめあいます。

二人が一緒に支えているのは、オリーヴの冠です。オリーヴは平和の象徴です。冠の中には、よく見ると何かが描かれます。ここには「熱く燃える心臓」と「固く握られた手」が描かれます。

画面下の翼のある人物は、「時」の擬人像。裸の女性の姿で表わされる「真実」の擬人像を天に導きます。

つまり、この最後の一枚は、「王太后マリー・ド・メディシスの生涯について、息子フランス国王ルイ13世との間に起こった不幸な出来事のために、仮に悪く言う者があったとしても、真実は、時によって明らかにされる」ということを、我々に語りかけているというわけです。

終わりに:栄光の「イメージ」

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©2011 Matt Biddulph (CC BY-SA2.0)

以上、足早にではありましたが、「連作マリー・ド・メディシスの生涯」24枚、全てについてその内容を眺めました。作品にこめられたメッセージの奥深さがおわかりいただけたことと思います。

ところで、実際のマリー・ド・メディシスが、果たしてどんな人物であったかといいますと、この人、お世辞にも美女と言えるような女性ではなかったし、政治的にはむしろ凡庸、かなり権勢欲の強いタイプで、ルイ13世との不仲もそのためであったと言われます。マリー・ド・メディシスは、最終的には、亡命先の地ドイツで不遇の最後を遂げました。

決して栄光に満ちた生涯とは言えなかったわけですが、ルーベンスはこの作品に、神話の神々や、擬人像をふんだんに盛り込んで、彼女の人生に神々しいオーラをまとわせました。この、現実と実現された作品のギャップこそ、ルーベンスの天才の証明と言えるでしょう。

実際のマリー・ド・メディシスの生涯が、いかなるものであったにせよ、ルーベンスのこの作品によって、見る者の心には、一人のフランス王妃の、栄光に満ちた生涯の「イメージ」が、刻まれることになりました。この連作は、ルーヴル美術館の必見作品の一つです。ルーヴル美術館に行かれた際には、是非、ご覧になっていただきたい作品です。

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矢澤佳子(やざわけいこ)。西洋美術史講師。フランス国立ルーヴル学院(Ecole du Louvre、パリ、ルーヴル宮。フランス文化庁所轄、フランスにおける美術史・美術館学の最高峰)にアジア圏から異例の合格を果たす。専門はキリスト教・神話・文学・寓意の図像学(主題・内容の読み解き。専門首席卒業)。美術作品の読み解きを行う講義「名画を読み解く」(教室・配信)を各所にて実施。NHK文化センター関東・中部・関西の各教室(青山・町田・名古屋・梅田・京都・神戸等)他。「講師と行くルーヴル美術館特別解説ツアー」他国内外の解説旅行企画および随行多数。

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