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わたしの日々【取り急ぎ語らせてください。/第4回】

 マンガライターのちゃんめいが、タイトル通り「取り急ぎ語らせてください。」と感じたマンガを紹介する本企画。読み終わった後の鮮度高めの感情のままに書く、というショートコラムになっています。第4回目に紹介するのは水木しげる先生の『わたしの日々』です。


 メガネをかけると、当たり前だけれど見えにくかったものがよく見える。視界がクリアになるのと同時に、見慣れた日常の一コマや景色が変わって見えることがある。そんな私にとって“メガネ”のようなものであり、いや、正確には私のメガネではなく、他人のメガネだけれど。世界ってもっと彩り豊かなのかも……と私の心に小さな煌めきを降らせてくれた作品がある。それが、水木しげる先生の『わたしの日々』という漫画だ。

 水木しげる先生といえば、「ゲ謎」こと映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の大ヒットによって再注目されている超レジェンド漫画家。数ある名作のなかでも『わたしの日々』は、水木しげる先生が91〜92歳の頃に手がけた作品。93歳にてご逝去されたことを鑑みると、なんとお亡くなりになる前年まで精力的に漫画を描かれていた(しかもフルカラー!)なのだから、その飽くなき創作魂に恐れ慄くばかりだ。

 毎日午後三時になると、近くに住む兄弟がやってきてお茶をする話。健康のためにヨガを始めた話。ファストフードのハンバーガーにハマっている話。そんな他愛もない、でもどこか愛おしくて大切な日常の様子や、目をつぶると思い出す戦時中の凄惨な光景。『わたしの日々』は、そんな水木先生のこれまでの人生と現在地を噛み締めるように描かれたコミックエッセイとなっている。

 特に私が気に入っているのは「第8回|誕生日」という回。そのタイトル通り水木しげる先生が92歳のお誕生日を迎えた日の朝から始まる。隔週連載の原稿作業に追われながらも、なんとか〆切厳守でアップした水木先生。その翌日、先生の元には各出版社や関係者たちから大量にお祝いの花が届く。しかも、あの“水木しげる”の誕生日だ。それはもう尋常ではない花が届いたそうなのだが、その様子を見て開口一番に水木先生はこう言う「こりゃあ 花に殺されるねぇ」と。そのセリフと共に、見開きいっぱいに禍々しい雰囲気を放つたくさんの花束がフルカラーで描かれていたのだ。私はこのシーンを見た瞬間“水木先生のメガネを通してみた世界”というものを感じた。

 お祝いのお花を目にした時「きれい!」などその花の美しさを讃える表現、態度が一般的な反応だと思う。だが、水木先生はそう思わなかったのだろう。原稿の〆切明けという疲労も相まって、大量の花を前に対してきれいどころかウッ! と圧倒された。そして彼の目には、大量の花たちがあのフルカラーで描かれた禍々しい花のように映ったのだろう。パステルカラーではなく、灰色がかったくすんだ色合い。でも、今にも茎や葉っぱがぬるっと動き出しそうな生命力に満ち溢れた花の大群。これが水木先生の目から見た花束なのか……! あぁ、私たちは『わたしの日々』を読むことで“水木先生のメガネを通して世界を見る”という貴重な体験をしているのだ、と「第8回|誕生日」を読んでいたく感激してしまった。

 花以外にも長年住まわれた東京・調布の散歩道など、水木先生のメガネを通してみた世界は、私のメガネでは感じたことのない色彩で溢れている。世界はこんなにも“色”を持っていたのか、と。花も調布も何度も見たことがあるにも関わらず、その色に気付かなかったように、きっと見慣れた世界にもまだたくさんの色が眠っているのだろうと心が高鳴った。


📚紹介したマンガ

93歳の作者が描くオールカラーコミック!愛する家族との静かな暮らし、少年の頃から描き続けてきた様々な画、目をつぶると思い出す戦時中の光景… 誰もが知るコミック界の長老が、その数奇な人生で脳裏に焼き付けた数々のエピソードを語るカラーコミック。静かな鳥取・境港の幼少時代、灼熱の南方戦線での恐怖と焦燥の日々、長年住み続けた東京・調布での日課である散歩の道行き…… そのすべてが、豊かな色彩感覚でオールカラーのショートコミック連作に結実しました。

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