見出し画像

ラプソディ・イン・レッド【取り急ぎ語らせてください。/第6回】

 マンガライターのちゃんめいが、タイトル通り「取り急ぎ語らせてください。」と感じたマンガを紹介する本企画。読み終わった後の鮮度高めの感情のままに書く、というショートコラムになっています。第6回目に紹介するのはあみだむく先生の『ラプソディ・イン・レッド』です。


 あのヤングアニマルが「史上最も多くの血が流れるピアノ漫画」と謳うもんだから、一体どんな音楽ダークバトルファンタジー漫画なのかと思ってつい買ってしまった。それが、『ラプソディ・イン・レッド』との出会い。

 主人公は、誰とも分かり合えず孤独を抱えている高校生の寅雄。正義感の強さゆえに喧嘩に明け暮れる毎日を過ごしていたけれど、近所に住む天才ピアニスト・治郎に導かれ、ピアノで“想い”を伝えること、そしてそれが人に届く喜びに目覚めて、音楽の世界へと身を投じていく。

 誰を助けるために喧嘩に巻き込まれたり、突っ走ってしまう性格が災いして何かと怪我をしがちな寅雄。ピアノを弾くために手だけは死守するけれど、それ以外の箇所を怪我してしまうため、結果的に血だらけで演奏することになる……という感じで。確かに「史上最も多くの血が流れるピアノ漫画」のキャッチコピー通りそれなりに血は流れるんだけど、ヤンアニ的な殺戮展開は一切ない。そして、この作品には血以上に流れ込んでくるものがあるのだ。それは、寅雄の鬼気迫るような感情だ。

 寅雄はピアノの一音一音に、まるで叫ぶかのように自分の想いをのせる。そして、その一音一音が繋がって奏でられる音楽には、まるで寅雄からの手紙を読んでいるかのように彼のメッセージと感情が浮かび上がってくる。ベートーヴェン「熱情(アパショナータ)」では、「誰かと繋がりたい」「自分はここにいるんだ」という渇望を。ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」では、育ての親にずっと言えなかった心からの「ありがとう」を。演奏シーンのページをめくるたび、そんな彼の切実かつ溢れんばかりの感情が紙を伝ってドドドと流れ込んでくる感覚があるのだ。

 よく音楽がテーマのマンガを絶賛する表現として「音が聞こえてくるマンガ」というものがあるけれど、『ラプソディ・イン・レッド』は「音が伝わってくるマンガ」だなと思う。音自体が聞こえるのではなく、音に込められた感情が、メッセージが読み手に伝わってくる。これからも寅雄が奏でるその音色から目が離せない。

 ーーここからは余談。

 ピアノは鍵盤を押すだけで誰でも簡単に音が出せる。だから、かなりハードルの低い楽器だと思われている方もいるんじゃなかろうか。だけど、本当はものすごく難しくて、奥の深い楽器なんだ…….と一応ピアノを10年間習い、コンクール出場経験のある私は思う。

 なんというか、ピアノはシンプルな動作に対して情報量がありえないくらい多いというか、音のバリエーションが豊富な楽器なのだ。例えば、歓喜の音、悲しい音、怒りの音といった音のニュアンス、表現とでもいうのか。強弱以外のバリエーションが果てしなく存在する。そして、それは誰しもが等しく持っているものではなく、弾き手の経験値、表現力によって差がついてくる。

 思うように演奏できないと自分がピアノから滑っていくような感覚があってその場から逃げ出したくなる。でも、反対に自分の感情がうまく音にのった瞬間、冗談じゃなくその体の内側から燃え上がるような高揚感があるのだ。私はピアノ以上に夢中になれるものを見つけ、中学卒業と同時にすっぱりピアノを辞めてしまったけれど、『ラプソディ・イン・レッド』を読んで思い出したのが、あの“自分の感情がうまく音にのった瞬間”だった。色々なピアノ漫画を読んできたけれど、あの瞬間を思い出したのは初めてかもしれない。


📚紹介したマンガ

命を懸けて、届けたい音がある――。正義感の強さゆえに喧嘩に明け暮れ、たった一人の家族とも分かり合えずに、孤独を抱えていた高校生・寅雄。
天才ピアニスト・治郎の導きをきっかけに、ピアノで“想いを伝え、人と繋がる”喜びに目覚め、音楽の世界へと身を投じていく!音が、音楽が世界を変える!!激情が胸を揺さぶる、新・クラシック音楽譚!


この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?