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#映画感想文168『地下室のヘンな穴』(2022)

映画『地下室のヘンな穴(原題:Incroyable mais vrai)』を映画館で観てきた。

監督・脚本はカンタン・デュピュー、2022年製作、74分、フランス・ベルギー合作映画である。

中年夫婦が念願の一戸建てを購入する。二人が買った家の地下室には穴がある。その穴の中に入ると、「時間が12時間進み、肉体が3日分若返る」のだという。

夫は懐疑的であまり興味を持たないが、妻の方は興味を持ち、どんどん若返りに執着していく。夫は生活を維持し、家のローンを払うためにも働く必要があり、12時間も別の世界に行くわけにもいかない。妻のマリーは仕事をしていなかったため、若返りに時間を費やしていく。

それと平行して描かれるのは、夫が勤める会社の社長(男性)がスマホ操作可能な人工ペニスを手術でつけた、という話である。年下の恋人を満足させるために、その社長は頑張っているのだが、その恋人は実はバイセクシャルで、それほど男性器や男性に対する興味がないことがわかっていく、という皮肉な側面も描かれている。

男性の性的能力に執着しているのは、男性だけ、という話もある。バイアグラが半年でスピード認可され、ピルの認可には34年かかった、などというまったく笑えない話が日本にはある。この映画の中でも、妻にインポテンツ疑惑を揶揄された夫が妻の頬を叩くシーンがある。それだけ、男性のプライドに関わる、ジョークだとしても決して言ってはいけないこととして描かれている。

妻のマリーは若さ、美貌に執着する。若返ってモデルになろうとする。しかし、若い頃にモデルとして活躍できていなかったのだから、若返ったところで、モデルにはなれない、という現実に直面する。若返った彼女は体力があり余っており、家の中で怒り狂って大暴れしたりする。そうそう、若いときって、情緒不安定も酷かったりする。

ただ、映画の序盤ではマリーが、車の中から、子どもたちをぼんやり眺めるシーンもあった。彼女の中には、子どもが欲しい、という気持ちもあったのだろう。でも、夫が乗り気でないので、夫に協力を依頼することはなく、自己実現に邁進する方を選んでしまった。もしかしたら、この夫婦はどちらかが、あるいはどちらとも不妊症だったのかもしれない。だったら、若くなったところで、子どもを作ることはできない。それは口に出せない夫婦の問題であった可能性も否めない。

若さとは、つまり、「セックス」、生殖可能であることを意味しているのだが、年老いても生殖機能に振り回されて生きると、苦痛が伴う。

結局、夫は普通の老人になり、妻は若い女性になってしまうのだが、皮膚を切ると、そこから大量の蟻が出てくる。若くなったのは見た目だけで、中は腐敗し虫に食われている、という結末が待っている。

人工ペニスを付けた社長は、自動車運転中、人工ペニスが故障して、発火して、そのまま交通事故で亡くなってしまう。滑稽な結末であった。

若さに執着すると、悲惨なことになるぞ、という警告は、何ともフランスらしい。年相応に老いて、人生ですべきことをしたほうがいい、というような至極真っ当なメッセージである。

「若さ」とは可能性であり、未来である。子どもがいれば、未来に続いていくことを実感することもできる。

しかし、若いときに、その「若さ」を思う存分、十二分に使えたと思える人は、あまりいないのではないか。だからこそ、「若さ」を維持しようと躍起になったりする。

わたしも、若いときに、もっと旅行やアルバイト、恋愛などに挑戦していたら、よかったなと思うこともある。

でも、お金も知恵も足りなかったし、若いときには若い頃なりの憂鬱を抱えていたから、動けなかった。「自分」ってのは、そんなに変わらない、と思う。ただ、出会う人が変わっていたら、起こる出来事は変わっていたのかもしれない。しかし、そんな他力本願ではいかんよ、という気もする。

結局、後悔とともに生きていくしかない。「後悔」と「不安」に振り回されないためには、「今」に集中するしかない。

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