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映画『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』(2020)の感想

映画『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台(原題:Un triomphe)』を映画館で観てきた。

監督・脚本はエマニュエル・クールコル、主演はカド・メラッド、2020年製作、105分のフランス映画である。Un triompheは「勝利」を意味するらしい。

脚本は、スウェーデンの俳優ヤン・ジョンソンの1985年の経験に基づいて書かれており、舞台や言語をフランスに翻案したという作品になる。

映画の冒頭、演劇学校時代の同級生が支配人をしている劇場では、チェーホフの『桜の園』の稽古が行われている。主人公のエチエンヌは、その同級生から囚人たちの矯正プログラムの仕事を引き継ぐことになる。彼は売れない役者として焦燥感を抱えながらも、いろんな仕事に取り組んでいる。

エチエンヌはサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を囚人たちに演じさせることを思いつく。囚人たちは出所する日、家族と再会できる日を待ちわびている。劇中劇と彼ら自身の境遇が重ねられているのである。

そういえば、映画『ドライブ・マイ・カー』の冒頭には、『ゴドーを待ちながら』があり、劇中劇としてはチェーホフの『ワーニャ伯父さん』がある。舞台人というか、演劇人の基本の作品が、ベケットとチェーホフということなのかもしれない。

「最後の20分、あなたは席を立つことができない」というのがこの映画の宣伝文句で、ちょっとどうなのかな、と正直思っていた。感動ポイントを指示されるのは、あまり好きではない。

しかし、まあ、実際に見てみると、なるほどな、と思う。緊張の糸が切れてしまう。我慢の限界がラスト20分にやってくるのだ。

面白かったのは、囚人たちが舞台に出るために刑務所の外に出るときに「空が広い」と喜ぶシーンである。これは西川美和監督の『すばらしき世界』でキムラ緑子も言っていた台詞であり、それが娑婆とムショの違いなのだと改めて思わされた。

(ちなみに『すばらしき世界』の英語タイトルは、『Under The Open Sky』で、キムラ緑子の台詞からつけられている、という話である。)

他者を信頼し、励まし続けることが主人公エチエンヌの課題であり、始めたことを投げ出さずに頑張ることが囚人たちの課題であった。

囚人たちが自主トレーニングをするさま、夜、各々の部屋から、中庭に叫ぶようにして、台詞を言うシーンが何とも美しかった。自己効力感を得ることの大切さも描かれていた。何かをできるようになることは、子どもに限らず、大人だって、囚人だって嬉しいことなのだ。

ゴドーとは、God(神様)ではないか、という説がある。ベケットは自ら解説はしていないのだが、その解釈で間違いないと思う。わたしも、どこかで、神様を待っている。『ゴドーを待ちながら』は、意味のない不条理劇だと劇中でも語られる。でも、わたしの生きる世界だって、意味のない不条理劇だと言われれば、そのとおりなのだ。救われたい、という祈りを馬鹿にすることはできない、とつくづく思う。

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