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#映画感想文177『愛する人に伝える言葉』(2021)

映画『愛する人に伝える言葉(原題:De son vivant)』を映画館で観てきた。

監督はエマニュエル・ベルコ、主演はカトリーヌ・ドヌーブ、ブノワ・マジメル、ほかには、セシル・ドゥ・フランスなども出演している。2021年製作、122分のフランス映画である。

クリスタル(カトリーヌ・ドヌーブ)は母親で、バンジャマン(ブノワ・マジメル)は息子である。39歳の息子は末期の膵臓がんで余命いくばくもない。母親のクリスタルは動揺しつつも、息子に寄り添おうとする。息子のバンジャマンは、癌に対する怒りと受容を繰り返し、死に向かっていく。何も奇跡は起こらない。

バンジャマンは若い頃、息子ができたが、母親に結婚を反対され、そのまま、その女性とは別れ、息子とは会わないままでいた。可能性が潰されることを理由に母親に結婚を反対され、素直に従ってしまったことを彼は悔やんでいる。彼は役者としては成功できず、演劇学校に入りたい学生向けの塾のようなところで、演技指導をして生計を立てている。結婚や子どもが邪魔になるといって、恋人と息子を捨てたのに、役者として成功していない自分に対する憤りもあったのだと思われる。

季節が過ぎ、彼は少しずつ衰弱していく。バンジャマンの息子は病院まで来るものの、父親と会おうとしない。

『愛する人に伝える言葉』は邦題で、原題を直訳すると『彼の生涯』といった意味である。主治医のドクター・エデは本職でも医者であるガブリエル・サラという人が演じているのだが、実際の現場でも彼は患者に伝えているのかもしれない。

別れるときに伝える言葉は五つだという。

わたしを許してほしい。
あなたを許します。
ありがとう。
愛してる。
さようなら。

映画『愛する人に伝える言葉』

伝える順番は好きなようにしていい、とお医者さんも言っていた。きっと、家族とは大なり小なり愛憎半ばの関係性であるから、双方による「赦し」が必要なのだろう。そして、謝らなくていい、というのは、ヨーロッパ文化という気もする。

日本の予告はお涙頂戴過ぎるので、観に行くのをやめてしまった人もいるかもしれないが、映画自体はとても淡々としている。

「何も成し遂げられなかったけれど、やりたいことも何もない」という彼の言葉も何となくわかる。一生懸命頑張っても結果が出なかったり、頑張り切れなかったり、集中力が足りなかったりして、完全燃焼ができないことはよくある。それに生活していくだけで精一杯といった時期もある。ままならないけれど、人生はあっけなく終わる。

主治医の「患者自身の選択が最も重要である」という信念も心強い。そうそう、死にそうであっても、自分のことは自分で決めたい。

そして、この映画のレビューを書きながら、闘病する息子役のブノワ・マジメルが『ピアニスト』に出ていた美しい青年だったことを知る。あの映画のイザベル・ユペールは変な役だったなあ、とか思い出す。最近、見た『地下室のヘンな穴』では、あまり好きになれない社長役をやっていた。役者さんも、同じ場所にとどまり続けることなどできないのだという当たり前のことを実感する。

映画館では鼻をすする音が聞こえ、泣いている人もたくさんいた。なぜか、わたしはすごく醒めながらも興味深く見ていた。自分が末期癌になってしまったら、化学療法はせず、緩和治療だけしてもらい、この世を去りたいと思っている。実際、その場に身を置いたら、その選択ができるかどうかはわからない。わたしの親族は、ほとんど癌で亡くなっており、癌と闘えるとは思っていない。四十代前半で亡くなっている人もいるから、他人事ではない。わたしは命に執着できるのだろうか。こればかりは、自分のことだけれど、実際に直面しないとわからないな、と思っている。

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