見出し画像

藤本和子(1986)『ブルースだってただの唄』の読書感想文

藤本和子の『ブルースだってただの唄』をちくま文庫で読んだ。もとは朝日選書として、1986年に出版、2020年ちくま文庫として発行され、解説は翻訳家の斎藤真理子である。

藤本和子が聞き手となり、編集した女たちの物語である。その語りは、悲劇でも喜劇でもなく、淡々としているが、凛々しさも感じられる。

彼女たちの人生の中心には、”黒人の女性”であることが、鎮座している。否応なく、それを意識せざるを得ない。彼女たちの暮らしの困難はマジョリティにはわからない。それはアメリカ社会で生きる、奴隷として連れてこられた彼らにとっては不可避な現実なのである。

その息苦しさを理解できないことはわかっている。しかし、苦しみが存在することは当事者でないからこそ、認識する必要がある。他者の声に耳を澄ませなければならない。

日本においてもマイノリティの人々はいて、彼らに対する差別は、厳然として存在している。ヘイトスピーチは、SNSにはあふれ、殺傷事件にまで発展してしまっているケースもある。 他人事ではないし、とっさの判断ができるように、学んでおかなければならない。

こういった本を読むと、有名著名人の自分語りなんて、聞く必要などない、という気がしてくる。私たちが聞かなければならない市井の声は、すぐそばにある。しかし、彼らに語らせ、その声を再生し、言葉のつらなりとして編集できるのは、ごく一部の作家と研究者だけなのだ。そういった意味でも貴重な一冊であり、被差別という観点でいえば、普遍的な事象が描かれている。

解説で言及されている『砂漠の教室』も、ぜひ読みたい。復刊していただけたら、ありがたい。

この記事が参加している募集

チップをいただけたら、さらに頑張れそうな気がします(笑)とはいえ、読んでいただけるだけで、ありがたいです。またのご来店をお待ちしております!