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リチャード・パワーズ(2013)『幸福の遺伝子』新潮社の感想

リチャード・パワーズ著、木原善彦訳の『幸福の遺伝子』(新潮社)を読んだ。

実は、パワーズの著作は、何度も読みかけては挫折しており、今回初めて通読することができ、それだけで妙な満足感を得ている。

あらすじは以下の通り。

スランプに陥った元人気作家の創作講義に、アルジェリア出身の学生がやってくる。過酷な生い立ちにもかかわらず幸福感に満ちあふれた彼女は、周囲の人々をも幸せにしてしまう。やがてある事件をきっかけに、彼女が「幸福の遺伝子」を持っていると主張する科学者が現れ世界的議論を巻き起こす――。現代アメリカ文学の最重要作家による最新長篇。
https://www.shinchosha.co.jp/book/505874/

幸福の遺伝子とはメタファーではなく、その存在に人々が飛びつく、という事件が物語の核としてある。

その引き金になったのは、創作ゼミを担当している男性作家のラッセルのある種の思い込みが発端である。学生としてやってきたタッサを軽躁病患者と決めつけ、感情高揚性気質(ハイパーソミア)などと形容して他言してしまったことから、事態は複雑怪奇な方向に進んでいく。このラッセルの行動が、私には不可解で、その病的な彼にロマンスが生まれる展開がちょっと腑に落ちなかった。

人類は幸福になりたい。それがいかに待望されているのかは、ラッセルが飲む向精神薬の多さからも、理解できないことはない。

幸福の遺伝子を持ったタッサのような女性は、どこかに存在しているかもしれない。人生を肯定することに、迷いのない人だ。

ただ、この小説は、誰しもが問題を抱えつつも、破綻を迎えることが抑制されている。壊滅的な破局は訪れない。それは神様の取り計らいであるに違いない

(新潮社の公式には、円城塔による書評と翻訳者である木原善彦のあとがきが掲載されているので、これから読もうという人は一読されたし。)

パワーズのほかの作品にも、チャレンジできるかな、という気分になっている。そして、長編小説を読む集中力がある日に私は確かな幸福を感じる。

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