第四十二話:大樹
わたしと竜胆はさっそく主上に事情を話し、十日間の有給をもらい、華丹国にある奎星楼へと行くことになった。
「透華は連れてこなくてよかったの?」
「あちらは祭のあとの警戒期間で忙しいでしょうし。これも仕事ですから」
「恋人になったばかりなのに」
「それはそうですが、その、なんというか、会う頻度を上げると心臓が持たないというか……」
「あらあらまあまあ、お可愛いこと!」
「べ、別にそんな」
「はいはい御馳走様」
「ぐぬぬ」
華丹の首都、永安までは飛行船で約三十時間。
そんなに時間をかけていられないわたしたちは、自分たちで飛んでいくことにした。
そうすれば、約十時間で着く。
休憩をはさみながら飛んでも、寝なければ十二時間あれば着く計算だ。
「華丹に行くのは久しぶりです」
「美しくて煩雑で、伝統と革新が入り交じる不思議な都市よねぇ」
「葦原国も大きく影響を受けている国ですから」
「可愛いお土産いっぱい買って帰りましょうね! 火恋も喜ぶわ」
「そうですね。仕事が終わったら観光しましょう」
華丹国は葦原国の二十五倍もの国土を誇る大国だ。
何千年も前から分裂と統合を繰り返し、戦国時代と呼ばれる過酷な時期が長く、つい百年前まで争いが絶えることはなかった。
そんな時、現れたのが四神の使いたち。青龍公主、朱雀公主、白虎親王、玄武親王の四貴子。
詳しいことは歴史書を見ないと説明が出来ないが、とにかく、首都である永安がある場所を宗主国華丹とし、広大な国土を治めている。
葦原国の後宮はこの華丹の文化を取り入れて作られた。
葦原国にとっては物品から文化まで、最大の貿易国なのだ。
わたしと竜胆は終始楽しく過ごしながら飛行を続け、十二時間半後、華丹国永安へと到着した。
葦原国と華丹国の時差はたった一時間。
葦原国が今深夜零時半なので、華丹国は二十三時半だ。
「日付変更前に到着できましたね」
「はぁ、長旅だったぁ。でも楽しかったわね」
「天気が良かったのでそれもよかったですね」
「もう寝ましょぉ。お風呂に入りたいわ」
「では、空枝空間を開きます」
降り立った永安には通称『不夜城』と呼ばれる花街がある。
空から見てもその一帯は深夜でもとても明るく、活気にあふれている。
わたしと竜胆は人込みに紛れるため、花街まで歩き、ちょっと入った路地に空枝空間を開いた。
すぐに中へ入り、朝までゆっくりと休息をとった。
翌朝、せっかくなのでたくさん出ている屋台で朝食をとろうと外に出る前に、大事なことに気づいた。
「服装、替えないといけませんね」
「あ、それもそうね。これじゃぁ、外国人って丸わかりだものね」
わたしと竜胆は箪笥を漁り、深緑とロイヤルブルーの旗袍を探し出し、すぐに着替えて外へと出た。
「赤とか着なさいよ、翼禮は」
「いいんです。緑が好きなんです」
「ズボンなんかはいちゃって。いいじゃないの、ワンピースみたいに着れば。ほら、スリットから見える私の足、素敵でしょう?」
「……はいはい」
わたしにとって服は動きやすさが大正義。
色気を醸し出せなくて申し訳ない。
「奎星楼はどのへんにあるんですか?」
「人間が住む場所と仙境のちょうど間にあるのよ。どちらかといえば聖域に近いんじゃないかしら?」
「ああ、仙境……。なるほど。それならわたしも感知できますね」
「そ。遠いけど、迷わずにたどり着けるわ」
わたしと竜胆は朝食を売っている屋台でお粥や甘いお茶などを買い、見晴らしのいい公園で食べてから空へと飛びあがった。
「良い風……。華丹は気楽でいいわね」
「人口の四割が魔女族の血をひいていますからね。誰が突然飛ぼうが誰も気にしないっていうのは楽ですよね」
「葦原国だとまだ驚く人がいるものねぇ。陰陽術師たちが飛んだりすれば、飛行する種族ももっと市民権を得られるのに」
「彼らはあくまで人間です。低空を浮遊することは可能でしょうが、自由に飛び回るのは少し難しいかもしれません」
「案外、科学者たちのほうが早く発明するかもね。飛べるような何かを」
「それに期待しましょう」
ただ、もし人間が自由に空を飛び回り始めたら交通渋滞が起きそうだ。
それなら、もう少し地上を優雅に歩く生活を送っていてほしい。
「お、見えてきましたね」
仙境はあちこちに入口があり、その周辺には必ずと言っていいほど精霊種たちの村がある。
空気が限りなく清浄で、仙桃の果樹園や藤棚などがあるのが特徴だ。
「おーい! 仙子様ぁ!」
地上を見ると、幼い子供のような姿をした純粋な木霊がわたしに手を振っていた。
「こんにちはー!」
「どちらへ行かれるんですかぁ!」
「奎星楼ですー!」
「ああ! 胡仙様のところですねぇ!」
「そうですー! 御在宅ですかねー?」
「いると思いますぅ! お気をつけてー!」
「ありがとうございますー!」
葦原国の木霊のほとんどは凶鬼になることを恐れて天上にある天津国に逃げてしまっている。
地上で過ごす木霊を見たのは久しぶりだった。
「そうか。仙子って妖精の華丹語読みよね?」
「そうですね。正確には今は失われてしまった桃華語読みです」
「古代文字……」
「何か気になりますか?」
「いえ、ただ……。何か聞いたことがある気がして……」
「お年を召した方の中にはまだ知ってるひとはいるかもしれませんね」
「あ! ちょっとぉ。私はまだ可愛い盛りよ」
「はいはいそうですね」
長命な種族は度々自分の本来の年齢を忘れてしまうことがある。
特に竜胆はその傾向が強いようだ。
「あ! 見えた! あの大木みたいな、大仰な五重塔みたいなのが奎星楼よ」
「え……、お、大きい」
本当に木造なのか疑いたくなるほどの巨大建築。
各階の屋根に使われている瓦だけでも相当な重量になりそうだ。
最上階は雲海の中で目視も出来ない
「な、何階に降り立てば……」
「そうねぇ……。胡仙は畑仕事が趣味みたいなところがあるから、意外と下の方の階にいたりするのよねぇ。いい機会だから、一階正面から入りましょうか」
「は、はい……」
わたしと竜胆は自然の要塞のような崖に囲まれた奎星楼の一階部分目指して降りていった。
水の香りと土のにおい。
季節の花々に交じって届く薬草のにおいがとても心地いい。
まるで妖精王族が統治する聖域に帰って来たかのような感覚。
「わたし、ここ好きかもしれません……」
嬉しそうに微笑むわたしを見て、竜胆も同じように微笑んだ。
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