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自由研究とおにぎり。


小学校の夏休みといえば、
1年で最も長い自由を手に入れた開放感に
胸を高鳴らせるのと同時に、
大量の宿題の山を目の当たりにして、
現実逃避をするように、
大の字にひっくり返ったのを覚えている。

今思えば、物心がついてはじめての現実逃避は、
やりたくない宿題を前に、見て見ぬ振りをしたことかもしれない。

算数ドリルの宿題範囲をぺらぺらめくって、
その多さに愕然と肩を落としたり、
漢字ドリルで同じ漢字を縦に連ねて、
ゲシュタルト崩壊していくのを眺めてめまいがした。

夏休みの宿題の花形といえば、「自由研究」だと思う。
とはいえ、低学年の頃は何をするかわくわくした自由研究も、
高学年になる頃には、厄介なラスボスのように感じて、
やっつけるようにこなしていた。

そんな自由研究も、
新学期に友だちの研究発表を聞くのは楽しかった。

それぞれの個性が出ていたし、
「これはサボったな。」というような内容の発表も、
なんだかその子らしい気がして面白かった。

そんな発表の中で、
最も印象に残っている発表がある。

それは同じクラスの男の子による発表だった。
とりわけ仲が良かったわけではなかったと思うのだけど、
20年近く経った今でも、忘れられない発表になった。

その男の子は、教台の前に立つと、
おもむろに「おにぎり」を取り出した。
「お、おにぎり??」教室中がぽかんとしているのがわかった。

男の子が取り出したそれは、
正確には「おにぎり」「黒いなにか」だった。

男の子は続けた。

「ぼくは夏休みの間、ふたつのおにぎりを用意して、
 ひとつのおにぎりには、
 ずっとやさしい言葉をかけつづけました。
 もうひとつのおにぎりには、
 ずっとわる口を言いつづけました。
 そしてそのちがいをかんさつしました。」

と。

そう、彼が手にしていた「黒いなにか」は、
「かつておにぎりだったもの」だった。
一方、わたしたちがおにぎりと捉えていたものは、
やたらと艶々光っていた(ように見えた)。

みんなが目を疑った。
こんなことがあるのかと。

日本には古来の考え方のひとつに「ことだま」というものがある。
辞書を引くと、

こと‐だま【言霊】
古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた。

とある。
「古来日本で、〜信じられていたー」とある。

けれど、この発表を聞いて、
わたしはその「古来の不思議な力」の一端を信じずにはいられなかった。

あるのだ。「ことだま」は。本当に。

よく、かわいがられて育った子はかわいくなるだとか、
逆もまた然りなんて話を耳にする。

だけど、意思を持たないはずのおにぎりにすら、
宿ったのだ。「ことだま」は。

これは、幼心になんとも言葉にできないショックを受けた。

(あんなに、跡形もなく真っ黒になっちゃうのか。)

「かつておにぎりだったもの」は、
それほどまでに、なんだか悲しい姿をしていた。

この話がずっと記憶の片隅にあるわたしは、
「恋人のことは褒めたほうが綺麗になる」なんて話を聞くたびに、
(そりゃそうだよな。あのおにぎりを見れば明らかだったよ。)
と思うと同時に、
あのときの黒いかたまりは、
もっともっと、なにか大事なことのような気がしていた。

いつの年も必ずと言っていいほど、
いじめが原因でこの世を去った悲しいニュースが聞こえてくる。

そのたびに思い出される。
あの黒いかたまりも、かつてはおにぎりだった。
心無い言葉を浴びて、浴び続けて、
あんなに悲しい姿になってしまったのだ。
それは、降り続く矢に怯えて、
自らを守るために、周りのあらゆるものを遮断し、
いつのまにか自分が何者かもわからなくなってしまったような、
そんな存在だった。
悲痛の叫びが聞こえてくるようだった。

あのおにぎりはそれほどに衝撃があった。

もしかしたら、
自分のひとことが、あの黒いかたまりを作り出してしまうかもしれない。
そう気が付いたとき、わたしはとても恐ろしかった。


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