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【めぐるめくトーク Vol.1】農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ

 今、農家は厳しい環境に追い込まれているーーそんなイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
これまで農業に関心を持つ人にとって、農家は手を差し伸べる対象と捉えられてきました。しかし、産業化が進む今、農業の実態は大きく変わりつつあります。日本の農業はどうなっていくのか、どうしていくべきなのか。現代の農業のあり方に警鐘を鳴らすのが、久松農園代表の久松達央さんです。今回は、久松さんの著書『農家はもっと減っていい』(光文社新書)の出版記念特別講演を大手町の「3×3 Lab Future」で開催しました。第一部では久松さんの講演とこれからの農業に関するパネルディスカッショントークを、第二部では久松農園の食材を味わう懇親会を行いました。

人口減少が農業にもたらす影響と、変わりつつある農業の定義

第一部では、「日本の農家は減ってよい? 農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ」と題して、久松さんより日本の農業の課題点を提示いただきました。

 茨城県土浦市で久松農園を経営する久松さんは、大手企業で営業職に従事した後、28歳で農業の仕事にシフトチェンジしました。その後は農業に関わり続け、現在は季節の野菜を詰め合わせて個人のお客様に宅配便で送るビジネスを行っています。
 
久松さん 「1月の第1週目以外は出荷をしています。毎週少しずつ種を巻き、1年を通して必ず15種類くらいの野菜を揃えてリスクヘッジをしています。現在は320件くらいのご家庭に定期的に野菜を送っています。売上げは年間5,000万ほどで、うち9割が個人のお客様です」
 
久松さんが大切にしているのは「ドヤ顔でおすそ分け」。「ビジネスとしてはスケールしませんが、自分たちが本当においしいと思う野菜を届けて、お客様に『おいしい』と言っていただけた時に、『そうでしょ』と言いたい」と話します。
 
久松さん 「農業はどこまでいっても小商い。100人の知らない他人に1回買ってもらうより1人の親しい友人に100回買ってもらうものを作ろうというのが僕らのコンセプトです」
 
続くパートでは、現在の農業に関する現状を確認します。
マクロの視点からの大きな問題点として挙げられるのが人口の減少です。2100年の日本の人口は6500万人、最も悲観的な数字ではポーランドの人口と同じ3800万人と予測されています。中国・インドも2050年までにピークアウトを迎える一方、アフリカでは人口の増加が想定されます。他国と比較して日本のマーケットが小さくなると、お金も人も物も流入してこない可能性があります。現在、日本の農業従事者のうち14人に1人は外国人であることからも、産業維持が難しくなるだろうと考えられるのです。
例えば、農業の先進国であるオランダは穀物を輸入する一方、野菜をイギリス・ベルギーに売る「選択と集中」を行って事業を順調に進めています。久松さんは、「今の日本は、穀物から野菜まで自給率が高い国ですが、オランダのように戦略を考え、農業における撤退戦をどう戦っていくかを考える必要がある」と指摘しました。
 

2010年代以降、農業の産業化・集約化が加速しました。基盤整備と機械化が進み、人手がなくとも農業が成り立つようになりました。また、2015年から2020年までの変化を見ると売上が3,000万円以上の農家が増えてきています。
売上分布をみてみると、売上1,000万円以上の農家の数は約2割弱しかいないのに対し、その農家が9兆円の市場の約8割を担っています。裏を返せば、8割の農家の売上は500万円以下に留まっており、その農家は市場への貢献度は2割程度しかないとも言え、農業を本業として活動していない・成り立っていない状況です。そういった状況にも関わらず、数が多いという観点で売上500万円以下の農家を対象とした農業政策がおこなわれている現状に疑問を提唱します。
 
こういった状況を踏まえて、久松さんは「農家の定義が今の時代にあってないのではないか」と語ります。2030年には農家の数は減少しますが、産出額は微減にとどまると想定されます。飲食店でいうと、小さなカウンターのお店程度の規模である売上1,000万円以下の形態が売上全体の算出額に寄与せず、5,000万円以上の規模の農業が業界を牽引するだろうと考えられます。「小さな農家は個人の趣味・嗜好であり、職業としての『農家』の定義ではない」というのが久松さんの考えです。

マーケットとテクノロジーの変化により、これからの農業は二極化が進む

産業全体として「マーケットの多様化」と「テクノロジーと資本の変化」も考えられます。
 
久松さん「単身世帯が増え、外食や調理済みのものを家で食べる『食の外部化率』が増加し、調理済みの加工製品が食の中心となりました。2030年には全体の67%の野菜が加工業務用になるといわれていますが、現在加工業務用の食材は輸入で賄われており、国産だけでは必要な野菜を供給できていないのが現状です」
 
サプライチェーンが大きくなろうとしているものの、経営規模が小さく統率しきれない農業ではムダが出てしまい、定量・定価、安定供給が難しく、原料供給が追いついていないのです。
 
また、テクノロジーの変化が農業に与える影響も無視できません。農作物に最適な環境で育てる技術や、遠隔操作で走る田植え機やトラクターの実装など、誰でも農業に参画できる仕組みが整い、従来のように長い時間をかけて技を習得する必要がなくなりつつあります。熟練労働と非熟練労働を切り分け、効率的に作業を行うことができるので、資本を持ち、マネジメントができるプレイヤーが圧勝する「農業のモジュール化」というゲームチェンジが起ころうとしているのです。技術の機械化・レシピ化が進むと設備の初期投資にかかるコストが高くなるため、新規参入も難しくなり、小さい元手で始めてコツコツ続ける農業が難しくなります。実際に、ヨーロッパではワイン生産がすでに仕組み化されているそうです。
 
久松さん 「今後は資本集約型の農業と、個人の小さな経営・小商いとしてローカルに成立する農業の二極化すると考えられ、選択肢は限られます。大きく誰かと組んで勝ちパターンに向かうか、バリューチェーンの主たるキープレイヤーの下請けになるか、個性に振って街場の“スナック”のような形態をとるか。ゆくゆくは食べ物で売らない、再現性がない、コピーできない、パーソナリティーで売るというケースに集約されていくのではないでしょうか」
 
久松さんは、日本は地理的な集積が弱いという問題点も挙げつつ、「農業は守ってもらえる」という農家側の考えにも警鐘を鳴らしました。今後はどの地域を残すかという選択と集中、そして撤退戦を行う必要があり、だからこそ「農家も農地ももっと減ってよい」とあえて挑発的に伝えていると力強く語りました。
 
参加者からは「新規参入するにはどうすればよいか」「農業のスナック化に取り組むには?」といった質問が投げられました。久松さんからは、「参入障壁は高くなるが、じわじわと広めていくしかない」との見解が示されたほか、「個人でやるなら下請けになる方法や、まだ取り組まれていない座組を考える必要もある。一筋縄ではいかないが、戦略を立てて頑張ってほしい」とのエールも送られました。
 
めぐるめくプロジェクトでは、地域の個性豊かな生産・加工へのチャレンジをサポートする取組みです。久松さんの定義する農家の“スナック化”が日本中で拡がっていくことは、地域の個性を表現する農業の在り方の一つを示しているのではないでしょうか。

農業を逆手にとり、あらゆることを売りにして新しいチャレンジを続ける

続くパネルディスカッションでは、久松さんに加え、テラスマイル代表取締役の生駒祐一さん、めぐるめくプロジェクト事務局の広瀬拓哉(三菱地所 内神田開発室)と岡山史興(70seeds代表取締役)、の4名で登壇し、それぞれの立場・経験から農業の未来について意見を交わしました。ファシリテーターとして、エコッツェリア協会の田口が進行を務めました。
 
久松さんの「農家・農業がゲームチェンジを認識していない」という意見に、生駒さんから「人間は人生を否定されたくないもの。3年ほど前までは農業に関わる人たちも「農家は作ることに専念するべき」という考えがあり、農家が作ったものを売ることも否定的でした」という話が出ると、岡山さんも「その思いは感じます。ゲームチェンジが難しい人は撤退の道も考えていただきつつ、農業を始める人がいかにやりやすい環境を作れるか。農業・農家のあり方に折り合いをつけ、バトンタッチしていく方法を考えたい」と頷きました。広瀬は周辺の田園や商店街がなくなったという自身の地元の話を交えつつ、「農業が遠い存在になったと感じる一方、都心では農業体験が流行っていて貴重な体験になっているとも思います。農業は生産するだけではないというマインドチェンジも起こっているのでは」と語りました。
 
久松さんも東日本大震災の際、法人需要を個人需要に移行しました。茨城県でほうれん草から放射線物質が発見されたことをきっかけに顧客の3割を失いましたが、そこで気持ちを切り替えたそうです。「トラブルも中長期的には惰性を見直すチャンスであり、農業が変化に鈍くなるのは補助金などの外部要因もあるのかな」と感想を述べました。生駒さんも「撤退して光が見えることはある」と賛同します。続けて、岡山さんから「農業の必要性と農家のあり方について、社会基盤としての役割と自分自身のあり方が混ざると変革する部分が生まれにくいのでは」という意見が出ると、久松さんも深く頷きました。
また、田口から広瀬には、「ディベロッパーとして新型コロナウイルスを踏まえてどんな仕掛けをしているか」という問いが投げかけられました。広瀬は、「自分たちの役割を再定義したときに、やっていることは場づくり。ハードの場所を提供するだけではなく、コミュニケーションの場や人と人をつなぐ機会をつくることが本来の生業と考えています」と、どの業界でも変化が求められたこの数年を振り返りました。
 
農業の二極化に関して、岡山さんは「社会資本、文化資本としての価値がポイント。農家がつくるレストラン、農家が教える体験農園のように、農家であることを武器としたローカルビジネスは農業を文化資本として次の時代につないでいく手法です。どういうチャンスがあるのかを考えたい」と話しました。広瀬から海外輸出の際に、農業として選択肢はあるのかという逆質問が出ると、久松さんは「ローカルの範囲で穀物を安く作って、余剰分を外に出す小さな輸出は可能。ただし、何が価値になるかを考えるメタ認知能力が必要で、あらゆることを売りにしなければなりません」と返し、農家としてしたたかになるために勉強していく必要もあると伝えました。
 
参加者からは「若い人にしてみれば早くゲームチェンジが来てほしいのでは」という声も挙がりました。「ゲームチェンジ後の新しい世界を作り出すことが大事。自分しか作れないものや販路をつくるのが一番楽しい道かな」と岡山さんが話すと、生駒さんから「富山県で新たに玉ねぎの産地をつくった人がいる」という話が、続けて、広瀬からは酒蔵を例に出し、「法律により日本酒の酒蔵を作ることはできないが、フルーツなどを入れて工夫しているところもある」といった事例が挙げられました。
久松さんは、この本を書いた動機として、「やる気のある人はいるが流動化が進まず、社会や政府のサポートはないという現状に対する強い憤りだった」と語ります。「時代が変われば状況も変わり、撤退するプレイヤーも出ざるを得ない状況になっている。もっと早くチェンジが起きるべき」とまとめました。

未来の人が笑顔で過ごせる農業を

 最後に、各登壇者からまとめの感想をいただきました。
 
広瀬 「外側の人間が農業を語ることなかれという雰囲気は私自身も感じている一方、様々な人が自由に語り、入ってくることで活性化できることもあると思いました。『めぐるめくプロジェクト』としても、食・農の関係者に留まらない多様なプレイヤーが内包されるコミュニティ・コンソーシアムを作っていきたいと思います」
 
岡山さん 「レガシーな部分がある農業の世界で変革が起きたら、日本は明るくなるんじゃないかなと思っています。そのために、自分ができることで役に立てたらと思います」
 
生駒さん 「皆さんの子どもの世代、2100年の日本の未来の方々に笑顔で過ごしてもらうことを共通の目標にするのがいいのではないでしょうか。厳しいことをいうと、アグリテックで働く人はまだ勉強が足りないと思うのでこれからは勉強も必要ですね」
 
久松さん 「僕も答えは持っていませんが、まずは逃げないで議論するべき。右肩上がりに成長しない社会で何をどうしていくのか。何をどう残すのかはほかの誰も取り組んでいない知的な課題であり、取り組むに値すると思います」
 
第二部では、久松さんの育てた野菜を味わいながら懇親会が行われ、参加者は講演の様子を振り返りつつ、新鮮な野菜を楽しみました。
 
こういった今後の食と農の世界で前向きなチャレンジが増えていくことを期待しておりますし、一緒に取り組む仲間が日本中に増えていってほしいと考えています。
 
めぐるめくプロジェクトでは、今後も食と農を取り巻く環境や課題に焦点を当て、皆さんとよりよい未来を描くための方法について一緒に考えてまいります。
 
次回もぜひお楽しみにしてください!

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