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深海日記

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深海日記 #3

 死ぬつもりで世界を眺めると、通過駅から見える雑居ビル街の看板が眩しく見える。本当に死ぬのなら愛おしくさえ思えるのだろうか。あのイトーヨーカドーに自分は二度と降り立つことがない、と思えば、イトーヨーカドーは途端に人々の優しい愛と暮らしに満ちた聖域に思えるような気がする。昔アルバイトで通っていた松戸にあった、伊勢丹が潰れた時のことを思い出す。ついぞ入らなかった伊勢丹を、私はその頃少しだけ惜しんだ。

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深海日記 #2

深海日記 #2

 昼の東京都内は深海には見えない。この日記のことを考えながら昼休憩のために外に出た。空色の空に赤と白のクレーンが屹立している。メモ代わりに写真を撮った。
 もうすぐ死ぬのだと思うと公園の緑や喫茶店の看板が妙に鮮やかに目に映る。別に死ぬ予定はなくても鮮やかだと思い直す。天気がいいのだ。目に映る世界の露出が高い。
 言葉にすること、書き留めることは、そうしたものの一部を二度と自分の中に戻せなくなるとい

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深海日記 #1

 死期を悟ったら、深海日記という名の日記を書こうと思っていた。

 だが待ち望んでも、死期を悟る日は来ていない。身体はいつも何となく不調だが、別に病院に行くほどでもない。死期を悟るきっかけがないのだ。
 だから今日から書くことにした。別段、身構えたり期待したりしなくても、よく考えれば、どうせいつか死ぬのだ。今も死を前にしていると言ったって、別に間違いではない。

 なぜ深海日記という名前にしようと

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