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#18 おばあちゃんだけど、時々転生代行救世主やってます

「お嬢さん、ここは部外者立ち入り禁止ですよ」
 声だけ覚えのあったその女性は、怒ってる風でもなく、かと言って子供を宥めすかそうとするような甘さもない、あくまで事務的な様子で私の前に立っていた。
 その頭には、シロちゃん達と同じ大きな動物の耳とフサフサとした尻尾が付いている。
 この世界に来た時にシロちゃんやクロ君を見て驚かれる事が無かったから、ここにもファンタジーでよく見る獣人というべき人達が居るんだろうと思ってたいたんだけど、実際に見たのはこれが初めて。居るには居るけど珍しい存在なのかもしれないわね。
 そんな風に私がアレコレ考えていたのを戸惑い焦っていると思ったのか、その女性はフッと口元を緩め自分の大きな耳を指さした。
「どうして見つかったのか不思議なのですか?私は狼族の獣人ですので、聴覚にはちょっと自信があるんです」
「そうなの?」
「はい。だから先程あなた達がトイレで様子を伺っていた事も、サキシマ氏について話していた事もすべて分かっております」
 あらら、そんなにも前から気付かれていたのね…
 焦りつつも感心していたが、女性は少し首を傾げ不満そうな表情を浮かべた。
「ただ、耳と同じく鼻も効くはずなのですが、不思議とあなた達からニオイがまったく感じられませんでした」
 ふう、と大きく息をつくと改めて私の顔を真っ直ぐ見つめてきた。
「どんなに体臭を消したとしても、生物ならば何かしらのニオイがするはずなのに、おかしいですね?おかげで、もう1人の方は見失ってしまいました」
 まぁ、1人でも充分なんですけど、と女性は付け加えつつも…
「ねぇ、お嬢さん。あなた達は一体何者なのでしょうか?」
「私達…ですか?」
 正直にミクべ神の遣いですって言うべきかしら?………いや、ダメね。ここの人達は神様を殺しちゃうくらいに敵対してるんだから、何をされるか分かったものじゃない。
 ならどうしたら…
「にゃあーん」
 場にそぐわない間延びした鳴き声が廊下に響いた。
 つられて声のした方を見やると、一匹の黒猫が廊下の壁際にある棚の上にチョンと座っていた。
(クロ君?)
 いつの間にそこに居たんだろう?と思ったのは私だけでは無かったようで、女性も驚いた表情をしていた。いや、驚きを通り超えて焦りと恐怖の色が浮かんでいる。
「えっ、ちょ、あなたいつの間に…って危ない!」
 クロ君の座っている真横に白磁で出来た可愛らしい人形の置物が飾られていた。それが、クロ君が動くたびにグラグラと揺れている。
「あなた、さっき女の子と一緒に居た子よね?いい子だから、動かずジッとしててちょうだい」 
  女性がソロリソロリとクロ君の方へとにじり寄っている。その時、クロ君がチラリと私の方を見た。
「あ…」
 小さく声が漏れたのを慌てて両手で塞ぎ、私はクルリと踵を返すと、怪しい扉へと駆け寄った。
「あ!待ちなさい!」
 女性は私とクロ君の間で逡巡しつつも私の方がマズイと判断したらしい。再びクロ君から私へと体を向け猛ダッシュしてきた。とはいえ相手はハイヒール。さすがに私の方が早く扉に辿り着き、引き戸の持ち手に手を掛けた。
「あ、あれ?開かない!」
 いくら横に引いても扉はビクともしない。それは鍵が掛かっているというよりも、接着剤か何かで固定されてるかのように、微動だにしなかった。
「無駄ですよ。その扉は術式が使われていて一部の者にしか開けられないよう施されておりますから」
 多少余裕が出たのか、女性は走るのを止めゆっくりと歩み寄ってきた。その顔には不敵な笑みを浮かべている。
 まさに絶体絶命。もういっそダメ元で全部話しちゃおうか?

────クンッ────

 不意にマフラーの襟元を引っ張られた。正しくはマフラーの中から何かが強い力で飛び出そうとしていた。
 もしや?とマフラーから宝石を取り出すと、先程見た時よりもずっと強い光を放っている。
「ミクべ神様?」
「ミクべ神様?あなた…」
 耳聡い女性が聞き逃すはずはなく瞬時に聞き返してきたけども、言い終わる暇も与えず、宝石から眩い光が溢れ辺りを照らした。
 それと同時に扉がバンッと開くと、まるで掃除機のような強い吸引力で、私は抗う事も出来ず転がるように中へと入ってしまったのだった。

#19につづく


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