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書籍紹介『発達につまずきを持つ子と身辺自立 基本の考え方と指導法』

『発達につまずきを持つ子と身辺自立 基本の考え方と指導法(湯汲 英史/武藤 英夫/田宮 正子)』という本の紹介です。

身辺自立という言葉を聞きなれない人もいるでしょう。食事、排泄、更衣、整理、手洗い、入浴、歯磨きなどなど身の回りのことを、必要なら支援や便利な道具を使ったり工夫したりしながら、自分ですることです。

当たり前のことは当たり前のことじゃない

本のタイトルにあるような発達につまずきを持つ子たちは、多くの子たちと違って大人や周りの友だちの様子を真似て覚えていくことが苦手です。しかし、そういった身の回りのことは、人間社会の文化でもあります。

余談ですが、ある研修会で「トイレの便座に座って排泄する動物は人間だけです」という話を聞いたことがあります。現在の人間は、野生時代の習慣を失い、様々な文化を持っています。トイレで排泄することも、衣服を着ることも、その衣服をTPOに合わせて調整することも、人間固有の文化によるもので野生動物が納得する合理的な理由のあるものではありません。

ですが、逆説的に文化的な行いだからこそ、それらができていないと周りからあらぬ目を向けられてしまうのです。

周りの空気を読むのが苦手、ヒトよりもモノに対して興味を抱くことが多いといわれるASDの子たちにとってなかなかハードルの高い問題です。

しかし、身辺自立は生活へ、そしてその先の就労へ続く道の土台になるものです。支援学校高等部からは企業や施設に実習に行くのですが、そこで言われることは、「まずはあいさつができることが最優先です」や「(身の回りのことも含めて)自分のことを自分でできるのが大事です」など決まって身辺のことに関係していました。

本書にあるマナーを意識することや、自分で確認までできるレベルまで身辺自立ができていることは、生活の安定だけでなく、周りに意識を向けることや自分を振り返ることにも繋がり、そういった力が先々で必要になるのです。

技術を身につけていく流れ

序章 身辺自立再考から少し引用します。

 人が何らかの技術(ワザ)を学ぶ時、三つの段階があるようです。
 まずは、技術の発見期。たとえば、「魚の三枚おろし」。魚は三つに分けられる、という事実を見るなりして、三枚おろしの技術のあることに気づきます。
 次は、技術の習得期。仕事として必要に迫られて、あるいは興味に動かされて、三枚おろしのやり方を学ぼうという時期。見て盗む、本を読んで、と方法はいろいろあるでしょうが、実験学習の中で技術をわがものとして行きます。
 そして三段階目が転心期。見よう見まねでの技術の習得も、所詮は他人様のもの。微妙なところで、自分の身の丈、手指の大きさ、動き方などにあわせた、つまりは自分サイズの、自分に最適の物に変えていく必要があります。三枚おろし、基本形は類似していても個々人の微細な動き、仕様には差があります。転心期とは、型から学んだ物を自分用に仕立て直す時期であります。それとともに、上手にやろうと、素材・道具・環境などにも目配りができるようになります。

この気づきと習得へ至る工夫から、この子たちの身辺自立ははじまっていきます。

 知的障害には、さまざまなパターンがありすべての子がすべての身辺自立技能に関して「発見→習得→転心」していき、パーフェクトにできるようになるとは言えませんが、たとえば「靴をはく」という行動の獲得過程を細かく見ていると、先の三段階があることがわかります。特に、身辺自立の技能で問題になってくる子達は「ワザのあることを発見できない」でいます。発見期に、どのような関わり方をするかが、後々まで影響を残していきます。
 ちなみに私は、幼児で三十分、それ以上の年齢の子では四十分間は、何か技術を教える時に拒絶的な場合、待つことにしています。始めからその時間は「心の準備にかかるであろう」と考え、くり返し「発見」を促しつつもひたすら待つ。で、三十分、四十分が一つの区切りとなって急に見えてくるというか。子ども達の頭が柔らかくなってくるというか。そこで初めて、新しいものの取り込みが可能となります。
 幼児期、多動で有名だった子が青年になり以前の多動時代のエピソードを話したりすると、怒ったりします。多動な子は一度たとえば椅子に座れるようになったりすると、チョロチョロ動かなくなります。
 服が着られるようになった子に対して、着せ替え人形だった頃に戻させ手伝おうとすると嫌がります。
 あれほど一人でトイレに行くの拒んでいたのに、自分でできるようになった途端、他の人がついて来るのを押し返したりします。
 箸が使えるようになれば、手づかみで食べてもいいといってもそうはしなくなります。
 技術には、上達度スケールがあり、一度獲得すれば前戻りができなくなる構造があるようです。不思議な気もしますが、だからこそ積み重ねしかないとも言えます。

僕自身も経験がありますが、子どもたちがスキルを身につけたり、一度身につけた考え方ややり方を変えたりするには、とても時間もエネルギーもかかります。

できれば最初から筋道だったやり方で取り組むことで、不必要な時間やエネルギーを大人も子どもも浪費せずにすみます。

身辺自立の展開といろいろな支援の手立て

本で紹介されている、身辺自立を教えていくうえでの展開を引用します。

①未経験 「トライしたことがない」
 子どもが小さかったり、まだできないと思って大人の側がさせようとしない段階です。なかには、一定の年齢に達しないとできないこともあります。(ひげそりなど)
②拒絶・未学習 「やろうとしない」
 教えようとしても自分からやろうとしない場合や、させられること自体を嫌がってしまう場合です。
③技能習得I 「少しやる・一部分やる」
 大人の手伝いがかなり必要ですが、自分で一部分参加して行なう段階です。その場になると何をするのか気づいてくる時期です。
④技能習得II 「形通りやる」
 指示が必要だったり、十分な配慮ができませんが一人でやる段階です。断片的な技能です。
⑤技能習得Ⅲ 「一通りできる」
 不十分さはあっても一応のことは、技能的に一人でできる段階です。
⑥柔軟な対応 「正しく、マナーに自分で気をつけてやれる」
 マナー面やいろいろなやり方で気配りを教えていく時期です。

この展開を踏まえて、具体的な目標を立てていきましょう。課題分析や用具の工夫、抽象的なことを具体的に示す、スモールステップで取り組むなど、ここが特別支援の腕の見せどころです。

徐々に手を離していき、最終的には子どもが自分で気をつけ、マナーをしって「きちんときれいにできる」段階を目指します。

関連する記事を掲載しておきます。

参考になる各内容の段階チェック表と具体的な取り組み

この本では、食事、排泄、着脱、清潔の4つのカテゴリーに分かれ、その中で具体的な指導法や事例、チェック表、体験談などが掲載されています。

中でも活用できるのがチェック表です。

例えば食事なら、「道具を使おう(スプーン、フォークや箸の使い方)」「上手に食べよう(噛み方や口を閉じて食べるなど)」「マナーよく食べよう」「苦手な物も食べられるようになろう」「外食に出かけよう(人の物に手を出さない、メニューから選べる、マナーを守れる、自分で注文し、お金を支払えるなど)」といったチェック表があります。それぞれのチェック表には段階が示されていて、その子の課題が何なのか、この先にどんなことができるようになっておく必要があるのかが分かりやすく示されています。

ここで画像を紹介できないのが残念ですが、これだけでも読んでみる価値があると思います。

まとめ

身辺自立について詳しく紹介された本の紹介でした。なんとなくできるようになるのではと思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、なんとなくではできるようにならない子もいます。

もちろん子どもによってゴールは違いますし、その子にあった工夫からまず考えるべきです。一人ひとりに合ったやり方は異なりますし。

ただ、「最終的にどこまでやればいいのか知りたい」「ベースとなるやり方や指導法を知りたい」という方にはおすすめです。僕自身も、例えばうがいで水を吐き出す前に植物の種など無害な固形物を吐き出すところから練習する方法などを見て、なるほどと何度も感じました。

気になる方は一度手に取ってみてはどうでしょうか。



表紙の画像はAmazon.co.jpより引用しました。