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第231話 巣離れの支度


 レッカーされた車の修理はまだ当面かかると、ディーラーからのそんな電話連絡を受けた。それに伴い初めてのあきらのバス通学が唐突に始まった。
 クラッチ(杖)があれば以前よりは長距離を歩けるようになっていたけど、荷物があると無いとでは身体的な負担が大幅に違うらしく、家と最寄りのバス停の間だけは私が背中にリュックを背負った。
 けれども私もあきらも二人共、こんなことを思っていた。

「いつか親子で離れて暮らす時には一人でやっていくことになる。そして今まさに、最適な予行演習の機会が与えられている。」


 そんな生活が二週間目に入ったある日。
夕方バス停まであきらを迎えに行った帰り、信号待ちの交差点で突然声を掛けられた。

「ああ、やっぱりあきらさんだ。杖ですぐにわかったよ。久しぶり、元気だった?」

「あー、I先生?
こんなところでどうしたんですか?」

「いやね、生徒と待ち合わせしてるんだよ。」

 そうして中学では教科担当だった彼女と卒業以来話し込むと、高校の授業や修学旅行の話、それから車の故障でバスを使っていることなどまでが話題になった。

「あーでも本当、あきらさんもお母さんも元気そうで良かった。会ったって伝えておきますよ。スサナル先生とかに。」

 その言葉を聞かされてから、I先生とは別れた。
私もこの子も今でもこの土地に暮らしている。彼女はそんな私たちの現実を伝え、彼を揺さぶるメッセンジャーとなってくれるようだ。

……

 パァンと、ひとつの閃きが走った。
義行の母であった当時の私の名前が“ミツコ”だと飛び込んできた。やっぱり「み」の音を含む率が高いんだなぁと、改めてそんなことを思う。うっすら分かるリラ(※)においては「み」ではなかったようだから、原点はやはり、リトの母であるミトを求めたことが由来なのだろうか。

 そうだとしたら、今世けーこに出会っちゃったから「み」がつく名前も最後かもしれないな。

 そんなことを思いながらミツコの浄化に取り掛かる。
光へと抜け出してくる時の過去世の想いは何度浄化してもその度に、一番強い思念の核となった物が繰り返し真っ先に出てくることが多い。
 例えばそんなリトの核とは、「おじいちゃんが病気だから、お母さんは僕を置いて真っ黒のところに行かなきゃいけなかった。」というもの。また例えばお侍さんなら、「民を守れなかった。」というもの。

 ミツコの場合もまた再び、「義行を返して。」とそんな悲痛な叫びを寄越す。
 根気強くそんな彼女に光を当て続けると、その『返して』の先にある周辺意識が視えてきた。

「悔しい!
こんなに悔しいのに、悔しいって言ってはいけない。誰もが義行のことをなかったかのように振る舞う。まるであの子が最初からいなかったかのように、話題に出すことすらも遠ざける……。」

 そんなミツコに話しかける。

「ミツコさん、ここは安全だよ。何を言っても大丈夫。あなたのその悔しい想いをもう少し教えて。」

 すると地域性もあるとは思うが、戦争当時のこんな風潮が徐々にわかってきた。

 疎開させてもらえるのは国のお陰。だから反論など許されない。疎開によって将来の国を支える若者の命が長らえるのだから、離れ離れになることであっても『ありがたく思いなさい。』『名誉だと思いなさい。』……。

 それで当時の人たちはみな、義行という子供がいたことまでもすっかり封印してしまった。残念ながら今のところ、当時の家族構成までは視えてきていない。だから周りの人とはいっても誰が義行を諦念していたのかまではわからなかった。旦那さんであったであろう成人男性が家にいるとは思えなく、けれども彼女は周囲の同調圧力に深く傷ついていたようだった。

『男児は国のもの。』

 ミツコはそう言いくるめられた。だけど母親にとって子供とは紛れもない『我が子』であって、それ以上でもそれ以下でもない。その宝を無かったことにされ、やるせなさと悔しさで狂いそうなのに、「悔しい」とさえ言ってはいけない。そんなプロパガンダがはびこっていた。

 ふと、顕在意識がスサナル先生の生い立ちを拾う。そうして胸が苦しくなる。「いつも独りぼっち」だと言っていた彼からしたら、『母の愛』とは渇望しても決して手に入らない幻のようなものだったことだろう。


……ミツコという名前がわかった太平洋戦争当時の私と、それから義行とを繋いでいった。あどけない幼児期、坊主頭の学童期、「産んでくれてありがとう。」と言ってもらえた青年期。それらが私の意志を超えて自動で次々入れ替わっていく。

 繋ぎながらも私自身が“紛れもない母親の意識”となっていて、そんな我が子の成長を喜ぶのと共に、義行自身の“巣立ち”の時を祈っていた。



※リラ……シリウスより前にいた琴座世界。




written by ひみ

⭐︎⭐︎⭐︎

実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

⭐︎⭐︎⭐︎

ミツコに出会って思ったのは、時代背景によって、常識なんてほんと変わってしまうなぁということです。
疎開して生き残ることが“国のための”名誉だなんて、現代じゃあり得ないよね。そんでもってゴリゴリに他人軸。お顔のない集合意識ってことだけはよくわかりますが、言ってることはわからない。エゴと一緒で支離滅裂です。

私の場合、深く掘り下げ潜っていって、その存在を知れば知るほど効率的に闇が上がって統合していくのもあって、ミツコという名前がわかった時もまぁたくさんの闇が出ました。

ミツコにとって、『男児は国のもの』という価値観は到底理解できないものでした。
けれどもその『常識』に対して疑問を持つことすら許されない。
だから「悔しい。」「返して。」となっていたわけです。

この当時のプロパガンダを反面教師とするなら、自分の中にある「そんなの常識」という他者への圧力も、一度見直してみることをお勧めします。
(女、子供は黙ってろ、とかアイツはおかしい、とかね笑)

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←今までのお話はこちら

→第232話 Twinkle Twinkle Little Star

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