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【RSA暗号】で見える日本がスパコン世界一になれた残念な理由

アニメ映画『サマーウォーズ』(細田守監督)の主人公・小磯健二が劇中で解いている暗号を人間が解けるか検証したQuizKnock(クイズノック)によるYouTube動画『【検証】サマーウォーズの暗号、ガチで解けるかやってみた【RSA暗号】』が話題となりました。この動画で劇中に出ていた暗号と推定されているのが「RSA暗号」ということで、トレンド入りし、「RSA暗号」は一躍有名になりました。

RSA暗号とは何か?

「RSA暗号」とは桁数が大きい合成数の素因数分解の困難性を利用してイギリスGCHQが開発した暗号で、名称の「RSA」は発明者3人の頭文字をとったものです。コンピューター(以下「コンピュータ」と表記)で素因数分解しようとしても、桁数が大きな数であればスーパーコンピューター(以下「スーパーコンピュータ」と表記)を使用しても膨大な時間がかかり(指数関数時間)、暗号を解くことが難しいのが特徴です。現在ではインターネットなど様々な分野で使用され、社会基盤を支える重要な要素のひとつになっています。

RSA暗号は本当に解けないのか?

RSA暗号は素因数分解さえできれば解けてしまう暗号なのですが、桁数が大きい合成数の計算にはスーパーコンピュータでも100年以上の時間がかかり、617桁(2048bit)になるとスーパーコンピュータをはじめとした「古典コンピュータ」ではもはや計算不可能とも言われます(計算量爆発)。現在解くことが可能なのは786bitくらいだったと思います。

QuizKnockの動画で(総当たり方式の計算で解くことは)人間では不可能という主旨で語られていたのはこのためです。しかし、既に人類は「総当たり方式の計算」に頼らない新しいコンピュータの実用化に取り掛かっています。それが「量子コンピューター」(以下「量子コンピュータ」と表記)です。

スパコンで8年でも量子コンピュータなら1時間

現在開発中の量子コンピュータ(quantum computer)で最も強力だと称する中国科学技術大学の量子コンピュータはスーパーコンピュータが8年かかる問題をたった1時間強で解くことができると言います。スーパーコンピュータをはじめとした「古典コンピュータ」が「総当たり方式の計算」を実行するのに対し、量子コンピュータの特徴は要領よく「重ね合わせ」を利用して計算量を低減させて問題を解くことにあります。

RSA暗号を解く「Shorのアルゴリズム」

そんな量子コンピュータを使用してRSA暗号を解くのに適しているとされるのが「ショア(Shor)のアルゴリズム」です。このアルゴリズムを動かすには「1億physical qubit」が必要と言われますが、量子コンピュータが実用化されれば最低限の「1億physical qubit」でも2048bit(617桁)のRSA暗号を10日で解くことができます。また、「Shorのアルゴリズム」はRSA暗号だけでなく、楕円曲線暗号の解読にも有効です。

世界で繰り広げられる量子コンピュータ開発競争

結果、世界のコンピュータ開発の主戦場は量子コンピュータに移っており、海外では熾烈な量子コンピュータ開発競争が行われています。中国科学技術大学にトップの座を奪われたGoogleですが、量子コンピュータの課題である「誤り訂正」(error correction)の新しい手法『Exponential suppression of bit or phase errors with cyclic error correction』(DOI: 10.1038/s41586-021-03588-y)を発表し、反撃の狼煙をあげています。

量子コンピュータ開発競争から脱落した日本

現在実用されている「古典コンピュータ」であるスーパーコンピュータの性能を高めることが悪いわけではありません。しかし、本来の意味通りの穿った見方をすれば、嘗て世界トップレベルだった日本の量子コンピュータ開発が国際競争から脱落し、主戦場でなくなったスーパーコンピュータ開発に辛うじてしがみ付いて「御山の大将」になっていると言っても過言ではない状況です。

マルチドメイン作戦にも量子コンピュータが必要

私たちのプロジェクト「救急医療ドローンプラットフォーム」でもAIによる遠隔(リモート)医療診断において機械学習(machine learning)が関係しますし、他分野でも機械学習は重要です。機械学習には量子コンピュータの「HHLアルゴリズム」が有効と言われています。実用化しているスーパーコンピュータによる研究・開発は当然ですが、量子コンピュータの実用化も今後間違いなく必要となります。

量子コンピュータが実用化されたらスーパーコンピュータは完全に旧世代のテクノロジーになり、AIなど科学技術の研究・開発も世界から取り残されることになります。そうなれば、当然マルチドメイン作戦によるサイバー攻撃や群ドローン攻撃などに対しての防衛・セキュリティ能力を失います。量子コンピュータの実用化は安全保障技術に直結する切実な問題なのです。

実効性ある量子コンピュータ政策

安全保障に直結する問題である以上、民間の市場原理にだけ任せればいい問題ではありません。日本の量子コンピュータ政策「統合イノベーション戦略」「ムーンショット型研究開発制度」「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」など一見アメリカやEUと遜色ないようにも見えますが、量子コンピュータ開発に奮闘する日本の大学やベンチャー企業などにとって有効ではないのです。さらに、中国と比較した場合、日本の予算は絶望的に劣っています。日本政府は実効性のある大胆な(量子アニーリングではなく)量子コンピュータ政策を実行する必要があります。

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