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新型コロナ対応で倒れた医師の想い【ドクターヘリから救急医療ドローンとAIへ】

コード・ブルー

「リアル『コード・ブルー』」「美人すぎるドクターヘリ搭乗医師」として知られる救急医、そして「救急医療ドローンプラットフォーム」プロジェクトのパートナーである篠原希(Shinohara Nozomi)さんが、新型コロナウイルス感染症対応の激務の中で遂に過労によって倒れた。療養に入り、体調も回復しつつあるように見えた矢先、再び吐血。復帰への逸る気持ちが精神的負担として自身にのしかかってしまったようだ。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック発生後、篠原医師は東京で新型コロナ対応を行っていた。「医者の不養生」「自己管理不足」と謙虚な言葉を口にするが、戦場にも喩えられる新型コロナ対応の医療現場が過酷であることは想像に難くない。まして新型コロナ対応を行いながらドローンを活用したAI(人工知能)遠隔医療の可能性を研究していたのだから尚更だったと思われる。一番悔しかったのは篠原医師本人であったに違いないだろう。

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「助かる命を救いたい」

篠原医師の性分は(篠原医師は関西テレビのドキュメント番組『セブンルール』でも取り上げられているのでご存じかもしれないが)「助かる命を救いたい」である。それはただ単に「目の前に」助かる命があるならというにとどまらない。ドクターヘリに限界を感じ、救急医療ドローンが飛行できる範囲、ICTが繋がるところならどこまでも医療で「助かる命を救いたい」と考えている。それは多くの医療従事者と同様もはや「信念」であり「生き甲斐(Ikigai)」なのだ。

パンデミック以来、その「助かる命」の患者が1年以上にわたりエンドレスで文字通り目の前に現前するのだから「自己管理」よりも「助かる命を救いたい」が上回ってしまったとしても致し方なかったと思われる。問題は政府や自治体の新型コロナウイルス政策とシステムにある。

災害時におけるテクノロジー活用

日本の新型コロナウイルス政策はアジア諸国、特に「検査と隔離」徹底の中国、水際対策を貫徹した台湾など東アジア諸国と比べてビジョンとグランドデザインが欠如しており、アナウンス効果だのみの緊急事態宣言など中途半端な施策しか行われていない。具体的な対策が欠落しているので、日本社会は医療面でも経済面でも真綿で首を締められるような状態が続くことになる。そうした中、取り分け本稿で問題としたいのは災害時における科学に基付くテクノロジーの活用である。

時間との戦い

「災害」という言葉を辞書で引くと地震や台風と同列に「伝染病」が含まれる通り新型コロナウイルス感染症のパンデミックも災害である。伊勢湾台風から阪神・淡路大震災まで自然災害の「空白の30年間」があったものの日本は自然災害大国であり、個々の災害対応に時間をかけることは得策ではない。長引けば長引くほど国際競争力の低下を招き、安全保障上のリスクが増大する。災害対応は時間との戦いだ。

それはそのまま医療現場にも当てはまる。阪神・淡路大震災をきっかけに誕生した救命救急を担うドクターヘリ。ドクターヘリに搭乗していた宮崎県初の女性救急医である篠原医師にとって「時間との戦い」は血が出るほど肝に銘じていることだ。篠原医師、そしてもちろん新型コロナ対応を行う全ての医療従事者は、1年以上にわたり体力と気力と自らの命を削って新型コロナウイルスだけではなく時間と戦っていたのである。

「時間は平等」は人口に膾炙するフレーズだが、実際の時間は平等ではないというのがアインシュタインの「相対性理論」から帰結した事実(ファクト)である。プロフェッショナルなら自己管理して当然だというのは尤もな前提だが、医療現場における時間の流れは平等ではない。少し乱暴な言い方をするのであれば、「双子のパラドックス」ならぬ「医療現場のパラドックス」ともいえる様々な制約に直面している医療従事者にだって倒れる権利はあるということだ。

その上で医療従事者が精神的・肉体的に倒れないようにする仕組みが要諦であり、そのために有用なのがデジタルトランスフォーメーション(DX)、つまりIT(デジタル化)やIoTなどのテクノロジー、所謂「テック」である。

海外におけるパンデミック時のテック活用

アメリカの新型コロナウイルス政策には問題も目立つがことテックの活用に関しては見習うべき点が多い。日本で「新型コロナウイルス感染症 発生届」をFAXで送信しているのが問題となりIT(デジタル化)の遅れが顕著となった2020年4月には、MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)の研究者らが新型コロナ患者と医療リソースの効率的分配のために医療リソースを可視化(見える化)するアプリを開発・実用化している。

同月、同じくCSAILはワイヤレス信号を使用した非接触バイタルサイン測定IoTデバイス「Emerald」を開発し、ボストンの病院や高齢者施設において新型コロナ患者のプライバシーに配慮した遠隔(リモート)容体モニタリングに使用されている。

同じ2020年4月、ハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院はBoston Dynamicsの四足歩行ロボット「Spot」を使用した新型コロナ患者の遠隔診察を開始。同年8月、Boston DynamicsはMITと協力して呼吸数、心拍数、血中酸素飽和度(SpO2)を非接触で測定する「Dr. Spot」を開発し、同病院で患者のトリアージに使用されている。同時にロボットを通じた患者の心理ケアの研究も行われ、ロボットによる鼻腔スワブが患者に抵抗なく受け入れられているなど概ね良好な関係を構築しているとされる。残念ながらロボットによる「Proning(プロニング)」に関してはまだ実用化に至っておらず、課題は残っているものの研究は進められている。

スマートウォッチなどのウェアラブルIoTデバイス

スマートウォッチ、フィットネストラッカー、スマートリングなど身近なウェアラブルIoTデバイスを新型コロナウイルス対策に活用しようとする動きはパンデミック発生後すぐに世界各地で起こっている。

スマートウォッチの血中酸素飽和度、血圧測定に関しては精度の議論があるものの、ウェアラブルIoTデバイスで「呼吸数」「心拍数」「体温」の基本的なバイタルサインをほぼリアルタイムで遠隔モニタリングが可能であり、AIによる容体変化の検出ができる。

単なる容体変化の検出にとどまらず、ウェアラブルIoTデバイスとAIによって新型コロナウイルス感染の兆候も高確率で検出可能であることが複数の研究(査読論文)で明らかになってきた。

スマートウォッチによる研究「Pre-symptomatic detection of COVID-19 from smartwatch data」は2020年7月に提出され、同年11月に査読論文として掲載。Fitbitの協力を受けたスタンフォード大学医学部遺伝学部門の研究者らが行った。
DOI: 10.1038/s41551-020-00640-6
スマートリングによる研究「Feasibility of continuous fever monitoring using wearable devices」は2020年7月に提出され、同年12月に査読論文として掲載。Oura Health Oyの支援によりカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らが行った。
DOI: 10.1038/s41598-020-78355-6
フィットネストラッカーによる研究「Analyzing changes in respiratory rate to predict the risk of COVID-19 infection」は2020年6月に提出され、同年12月に査読論文として掲載。Whoopと提携したセントラルクイーンズランド大学アップルトン行動科学研究所の研究者らが行った。
DOI: 10.1371/journal.pone.0243693

FDAの緊急使用許可を受けたIoTデバイス

アメリカ食品医薬品局(FDA)の緊急使用許可を受けた新型コロナウイルス感染スクリーニングデバイスも既に存在する。Tiger Tech SolutionsのAIベースのアームバンドIoTデバイス「Tiger Tech COVID Plus Monitor」は光センサーが「凝固亢進」などをバイオマーカーとして検出し、わずか3〜5分で無症状者から新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染している可能性の高い個人を特定できるとされ(陽性一致率98.6%、陰性一致率94.5%)、確定診断は行えないがFDAの緊急使用許可を受けたヘルステックによる感染検査デバイスとして実用化されている。

また、2021年3月クリーブランドクリニックはIBMと提携し、量子コンピュータを導入。ハイブリッドクラウド、ハイパフォーマンスコンピューティング、AI、量子コンピューティングテクノロジーを使用した共同センター「Discovery Accelerator」を設置。公衆衛生の脅威となる病原体研究へのアプローチを強化している。いまだ旧世代のテクノロジーであるスーパーコンピュータに妄執する日本とは次元を異にする。

露呈した日本の惨状

翻って日本はというと漸く今年2021年に入ってスマートウォッチを使用した遠隔(リモート)容体モニタリング(「見守り支援介護ロボット」プラットフォームを転用)が自宅待機・宿泊(ホテル)療養する新型コロナウイルス感染軽症者に対して一部の自治体で実施されたが、極めて限定的な動きに過ぎない。

FAX通信に代わる新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム「HER-SYS」、新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」といった基幹となるべき国策のシステムやアプリの失敗がもたらした負の影響も大きい。国策によるICTやビッグデータ活用が失敗したことで保健所を含めた医療全般におけるテック導入気運を萎縮させることになった。

国策によるテック導入失敗の原因は前述した通りビジョンとグランドデザインの欠如(および開発・保守・運用能力のない企業へ開発委託したこと)にある。全体構想なく、「プライバシーと個人情報の混同」すら解消せず、目的が明確にならないままツールを開発するので役に立たないものが出来上がることになる。

ただの不具合なら改修すればいいだけだが、根本的欠陥はPDCAサイクルでは解決できないので使えないツールから脱却することはない。PDCA信仰とデュアルユース発想の自己規制により、逆に目的が明確なツール開発にさえ取り組もうとしない悪循環に陥っている節もある。日本国内におけるmRNAワクチン開発技術の遅れなど「デュアルユース発想の自己規制」の最たるものといえる。

公衆衛生を含めた医療全般でテックが活用されず、慰労金等の給付も医療従事者に対して満足に届いておらず、一部の国や地域のように失業者を雇用して保健所業務にマンパワーを充当したり(もちろん失業者を雇用してそのまま医療に従事してもらうことはできないので医療現場に対して直接マンパワーの充当は困難)、大阪府のように野戦病院型の臨時大規模医療施設といったハード(箱)の新設だったりもなければ、新型コロナ対応を行っている医療従事者に皺寄せが集中して倒れることになる。「医療崩壊」ならぬ「医療従事者の自発的対称性の破れ」は水面下で起こっていたことになる。

救命救急へのIoTとAI活用

篠原医師は新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前から救命救急におけるIoTデバイスであるドローンとAIの活用に取り組んでいた。ドクターヘリに代わる「救急搬送ドローン」(Medevac Drone)開発に参加してもらったのは2018年のことだ。その後も所謂「救急ドローン」(Ambulance Drone)と言われる「AED搬送ドローン」や遠隔診察を伴う「救急医療ドローン」(Emergency Medical Drone)、遠隔診療におけるAI活用の普及に努めている。

今回のパンデミックによって医療におけるIoTとAIの活用が篠原医師にとってこの上なく切実なものとなり、2020年これまでのプロジェクトを革新「救急医療ドローンプラットフォーム」(Emergency Medical Drone Platform)プロジェクトを立ち上げることになった。

救急医療ドローンプラットフォーム

「救急医療ドローンプラットフォーム」において救急医療ドローンは、119番通報(緊急通報)を消防通信指令室が受電したらコンピュータ支援緊急出動(computer aided dispatch)システムにより30秒以内に発進し、ドクターヘリやドクターカー、救急車が到着する前に患者のいる現場に先着してAIが非接触で患者のバイタルサインを測定、モニター映像や指向性マイクを通じて現場の患者やバイスタンダーと救命救急センターにいる救急医との双方向コミュニケーションを遠隔(リモート)で繋ぐことを意図している。

p01_V20201216 救急医療ドローンプラットフォーム概要_20210218

篠原医師が救命救急に救急医療ドローンを必要とする理由はドクターヘリやドクターカーより早く現場に到着し、遠隔で診察・診断ができることが大きい。その際、ドクターヘリでは到達できない場所、着陸できない現場に到達できることも理由である。

たとい救急隊が患者のもとまで行くことになったとしても前もって診察できることは重大であり、場合によってはバイスタンダーに適切な指示を出せる。交通事故などの外傷患者に対して非接触で新型コロナウイルス感染症など感染症の疑いがあるか否かの判断も救急隊が到着する前にできるようになる。救命救急はまさに時間との戦いなのである。因みに、119番通報には救急隊が駆け付ける必要のないケースも意外とあるそうで、救急医療ドローンであればその確認もできる。

小_Emergency Medical Drone concept

IoTデバイスのためのAIヘルスケアプラットフォーム

救急医療ドローンによる救命救急だけでなく、「救急医療ドローンプラットフォーム」はAIをベースとしてスマートフォンやスマートウォッチ、フィットネストラッカー、スマートリング、スマートミラーなどあらゆるIoTデバイスと医療サービスを繋ぎ、日常のヘルスケア管理を行うコネクテッドヘルス(connected health)プラットフォームになることを最終的な目的としている。

プラットフォーム展開のコピー

アスクレピオスの杖

「救急医療ドローンプラットフォーム」は篠原医師と私だけで実現できるものではないので、賛同していただけるサポーターのみんなと世界各国の法律や規制と向き合いつつ公衆衛生と救急医療を前進させるために一歩ずつ歩んでいければよいと思う。

しかし、新型コロナウイルス感染症対応はそういう訳にはいかない。篠原医師、そして新型コロナ対応を行う全ての医療従事者は「助かる命を救いたい」という一念で体力と気力と自らの命を削って新型コロナウイルスだけでなく時間と戦っている。

新型コロナ対応を行う全ての医療従事者が命を削ることなく、時間との戦役から解き放たれ、新型コロナウイルスとの戦いだけに集中できるよう私たちはテックを活用しなければならない。助かる命をひとりでも多く救うためには医療従事者にテックという「アスクレピオスの杖」へのアクセス権限が必要なのである。もはやテックの活用は必要不可欠なのだ。そしてそれが新型コロナ対応で倒れた医師の想いでもあると改めて気付くことになる。

【SDGs ターゲット】
目標 3: すべての人に健康と福祉を
目標 8: 働きがいも経済成長も
目標 9: 産業と技術革新の基盤を作ろう
目標11: 住み続けられるまちづくりを

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