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間違った目標設定(KPI)は、組織を歪める

■実態から乖離した売り上げ目標は、歪みが生じる

ビッグモーターの不正な修理代水増し請求が話題になっています。現場に過剰な売り上げノルマを課し、達成できない場合、降格人事を含めたプレッシャーをかけていたようです。

事業を伸ばすためにストレッチした売り上げ目標を掲げることは大切ですが、それが現実と乖離していることに加えて、未達成の場合の罰則が過剰な場合、何をしても達成させるべしという歪みが生じることになります。

ビッグモーターの件について見ると、自動車修理において、車が破損した顧客数というのは統計的にある程度予測出来る事業体であり、自らが介入して顧客数を大きく伸ばすことは難しい事業体です。となると、顧客あたりの単価を上げるしか売り上げを伸ばす方法はありませんが、修理に係る費用というのは、破損の状態に準じるので、本来事業者側がコントロール出来るものでもありません。その結果、自らで車の破損を広げて顧客単価を上げる、という歪んだ現象が起きてしまったのです。

ビッグモーターの事例は過剰な事例だと思いますが、正しい目標値を設定しなければ、現場に歪みを生じさせるトリガーになってしまいます。

間違ったKGI、KPIを設定し、さらにそれを達成できない場合の罰則を強化すると、何としてもそれを達成しないといけないという、組織的なインセンティブが働いてしまうのです。

■売上という絶対値を、現場に課さない方が良いケース


インターネットサービスなどに多く該当しますが、そもそも売上という絶対値の目標を、現場のチーム単位に課さない方が良いケースがあります。
それは、事業の会員資産を元にマネタイズするモデルの場合です。
例えば、不動産営業であれば、新規顧客の獲得数(KPI)がそのまま売り上げ(KGI)に直結するため、営業人員1人あたりに顧客獲得数という絶対値の目標が課されています。
しかし、これを会員資産を元にマネタイズする事業に適用すると、次のような歪みが生じます。

需要の先食い
一番大きいものが、需要の先食いです。例えばソーシャルゲームコンテンツを運営しているとして、今月の売り上げ目標が未達でなんとか達成させいたいとします。急遽、月内にイベントを開催することで、売り上げを積み増そうとします。無事、イベント開催によって顧客単価(ARPU)が上昇し、月内の売り上げが達成出来ました。しかし、これは月内の売り上げが達成出来ただけで、ユーザーからしたら月々このくらいと決めているゲームにかける予算を、オーバーしてしまったかもしれません。そうすると「今月は使いすぎたから、来月は課金を控えよう」というインセンティブが働きます。売上達成のためにイベントを打つというカンフル剤を乱発すると、需要の先食いをしてしまい、月内は達成できても四半期や通期で見ると効果が限定的になってしまうのです。

ブランド棄損
次に起こりうるのがブランド棄損です。例えば、売り上げを達成するために、割引クーポンを発行するとします。クーポンを配布すれば一時期的に売り上げは上がりますが、クーポンはカンフル剤なので、乱発しすぎることは「このサービスは安売りサイトである」という認識をユーザーに与えることになります。
また、クーポンが頻繁に発行されるのであれば、いつかは安売りされるから、それまで購入や課金を控えるというユーザー側のインセンティブも発生します。

ブランドディングされたサービスを作りたければ、短期的な売り上げを追うよりは、長期的にどういう関係を構築するかを考えなければならないのです。

部署がまたがると、KPIがKGIに最適化されない
また、部署ごとに異なるKPIを絶対値で設定された場合、チームは自チームのKPIを達成しようと動きますが、それが全体のKGIに最適化されないということも起りえます。
例えば、B to Bのエンタープライズ向けのSaaS商材があったとします。営業部門には月10件の成約数がKGIとして課されているとします。そして、マーケ・PR部門には、そのKGIに繋げるためにオウンドメディアに月3万UUの集客が目標として設定されているとします。
この場合、マーケ・PR部門には成約数が目標値として与えられてないので「とにかく月3万UUの集客を行う」というインセンティブが働きやすくなります。成約に繋げるためには、集客の時点で成約に繋がりやすいユーザーが集まるチャネルを構築する必要があります。
しかし、月3万UUという目標のみを達成しようとするなら、集客をしやすいチャネルに予算を割くという方向にインセンティブが向きがちになり、KGIの達成に最適化されづらくなってしまうのです。

■最重要KPIは、絶対値ではなく比率で設定する


このように、売上という絶対値を現場に与えると、それを達成するために短期的なインセンティブが働いて、長期的なKGIの達成に繋がらないという歪んだ状況が起り得るのです。
事業部門単位では売上等のKGIが絶対値として設定されていますが、チーム単位を動かすためのKPIは比率で設定した方が良いでしょう。

例えば、先ほどのB to Bのエンタープライズ向けのSaaS商材の例を上げると、マーケ・PR部門のチームに対しては「見込み客獲得率」などのKPIを目標として与えます。
見込み客獲得率の定義は、例えばイベントへの申込者、メルマガへの登録者の割合(見込み客(イベント申込者+メルマガ登録者)÷オウンドメディア訪問者数)などです。オウンドメディア上で情報を得るために何らかのアクションを起こしているので、成約に繋がる見込み客足り得ると言えます。

この見込み客獲得率を第一優先のKPIとして与え、次点で月間3万UUの集客数という絶対値をKPIに設定することで、見込み客獲得率を維持するインセンティブが働くため、集客の質を落とすことなくチャネルを開拓しようという動きになります。

■KPI設定値の単位と、定義にも気を付ける


また、KPIを設定する場合の単位にも気を付けるべきです。先ほどの例でいうと、見込み客獲得率は、見込み客÷オウンドメディア訪問者数(1か月以内に1度は訪問した数)になります。

ここで、オウンドメディア訪問者数をPVにしてしまうと、SaaS商材を申し込むのは個人単位なので、単位として合わないことが分かるでしょう。しかし、意外とPVのまま運用してしまう例もあります。

また、オウンドメディア訪問者数(=1か月以内に1度は訪問した数)という定義をはっきりさせておかないと、数値分析の際にも齟齬が出ます。
例えば営業部門で訪問者全体からの成約率を試算したい場合、成約率÷オウンドメディア訪問者数(1か月以内に1度は訪問した数)という、規定した定義に従って計算しなければ、一貫性のある分析が出来ないからです。

このあたりの単位と定義をきちんとしておかないと、営業部門で試算した成約率は、訪問者数ではなくPVで割っていた等のブレが起ります。
全体の単位が正しく揃わないと、分析の際にズレが生じるのです。

■チーム単位では、短期的なインセンティブを追いかける


このように、KGIとKPIを正しい形で伸ばすには、時として現場に対して絶対値ではなく比率を設定することが重要です。現場のチーム単位は今日、今週、今月といった短期的なインセンティブを追いかけることになるので、正しいKPIを設定しなければ、とにかく今月時点の売り上げをなんとかする、という方向に向きがちだからです。

また、事例として紹介したような会員資産を活用するインターネットサービスもそうですが、ビッグモーターのように顧客の増減が自社の努力では見込めず(統計的に一定量で推移するか、市場が飽和・寡占している等)、単価(ARPU)を伸ばすことも難しいサービスの場合は、売上という絶対値を伸ばすためには経営側において事業スキームに無理がないかを確認・構築する必要があります。
その事業スキームに基づき、現場チーム単位では比率で目標を設定し、その比率を伸ばすことが事業スキームと合致しているかをチェックすることが必要でしょう。


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