ショートエッセイ「おっと、その手には乗りませんよ」
自分がまだ30代そこそこで、長野県上田市のある町で1人暮らしをしていた頃の話。
静かな平日の午前中、ピアノの練習をしていると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けると、警察官の制服を着た体格の良い男が立っていた。挨拶のひと言もなく、こちらには目をくれず、左手に書類を挟んだボードを持ち、そこに何やら書き込んでいる。
何か事件でもあったのかと、反射的に身構えた。黒縁のメガネをかけていたので、斜めに落とされた視線から表情も読み取りにくく、それがまた、心理的な距