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「ふと思い出したこと ~ 若き日の伯母のこと」

 亡き母のお姉さんが、生前に言ったひとこと。

 新婚旅行のとき、列車の窓から雪景色が見えていて、向かいに座っていた新郎(私の伯父さん)にこう言った。

 「雪が一所懸命降ってるね」

 伯父は、その表現を面白いと言って笑ったという。

 その前後にどのような話をしたかは全く覚えていないのに、そのほんの一瞬のひと言を、今でも鮮明に覚えている。
 伯母のその表現が面白く、自分では見ていない雪景色がはっきり見えたような気がした。

 だが、まだ幼かった僕に、伯母は、なんでそんな話をしたんだろう?

 子供相手だったから「誰かに話す」という感覚もなく、何の気なしに出たほとんど独り言に近い言葉だったんだろう。

 僕の勝手な解釈になるが、それまで伯母が精一杯生きてきたことへの思い、そして、それを受け止めてくれた新郎のやさしさに対する感謝の気持ちが、雪の降る美しい情景を目にしたとき、自然と言葉になって溢れて出てきたのではないかと思う。

 ― 雪が一所懸命降ってるね ―

 よほど心を許している相手でなければ、たぶんそんな言葉は出てこない。
 まだ20代だった伯母の純真さと、若い娘特有の「相手に甘えたい心情」が、ほとんど無自覚のまま表れた言葉だったのだと思う。
 子どもの頃は気づかなかった、若き日の伯母の可愛さが、今になって伝わってくる。

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