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映画「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」の指輪 〈映画の指輪のつくり方〉第35回

真実を話しても真実はどこにもない
2017年公開映画「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル(I,TONYA)」
文・みねこ美根(2020年3月16日連載公開)

最近映画館に行けてない。色々話題作があるときに限って忙しくて行けないんだよね。ちなみに今公開が楽しみな映画は「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY」。ポスターがとても良い。前作の「スーサイド・スクワット」は、TWENTY ONE PILOTSの主題歌を大音量で聞きたくて映画館で観た。ハーレイ・クイン役のマーゴット・ロビーの派手な表情が良いんだ。ということで、今回はマーゴット・ロビー主演のこの映画。(最近まで“ロビー・マーゴット”だと間違えてた。)

2017年公開「I,TONYA(アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル)」はフィギュアスケート選手のトーニャ・ハーディングの半生を描いた作品。アカデミー主演女優賞・編集賞ノミネートされ、助演女優賞を受賞してます。もちろん「ナンシー・ケリガン襲撃事件」についても触れている。

ストーリーは、トーニャとその関係者各々の証言パートと、それに基づいたドラマパートで構成される。貧しい家庭に生まれ、厳格な母親のもと暴力や暴言を受けながら、一方でスケートの才能を見出されたトーニャ。幼いころから負けん気と根性で努力を積み重ね、アメリカ人で初めてトリプルアクセルを成功させ、2度もオリンピック代表選手となる。しかし、元夫ジェフとその友人がトーニャのライバル選手であるナンシー・ケリガンを襲撃する事件が起きる…。首謀者の疑惑をかけられたトーニャ、そして関係者たちは何を語るのか?という話。

実際のこの事件を知らずに映画を観たが、十分わかる。当時の報道のされ方を知っている人はより興味深く観ることができるだろう。実話がベースで、かつ被害者が存在する“事件”が取り上げられているから、「面白い」という言葉を使うのは不謹慎かもしれないが、ここでは“映画”としての面白さについて書いていく。

…とにかく、全員の言ってることが違う!(笑)母親からも元夫からも暴力を受けていたと言うトーニャ、彼女は温厚な僕に銃口を向けたこともあると言う元夫、殴ったのは一度だけであれはしつけだと言う母親。ドラマパートはほぼトーニャが主軸なのだが、それぞれの証言の矛盾点も混ぜ込まれるため、見る側からすれば、誰のことも信用できない作りになっている。この構成のためか、かなりテンポが良く話がガンガン進む。もっと陰鬱とした雰囲気かと思っていたら全く違った。そしてたくさん聞こえてくる「F*ck!」。

当事者の全員が語っているのに真実はわからない。そもそも真実なんてどこにもないのでは?という気になってくる。ワイドショーで取り上げられるような話題だって、外野がいうことは結局憶測でしかない。当事者でさえこんなに食い違うのだ。それを皮肉りながら見せてくれる。ドラマパートの人物たちがこちら側に語り掛けてくるのも面白い。客観的な分、質感はドライなんだけど、演技力が凄まじいから、要所でぐっと引き込まれる。終盤、リレハンメル五輪直前のシーン、マーゴット・ロビーのあの表情はもっと長い尺で見たい!と思うほど、惹かれてしまう。

字幕が少しわかりづらい場面が多くて、吹き替えバージョンも観てみた。トーニャ吹き替えの佐古真弓さんの乱暴なセリフの言い回しがぴったりで最高だった!芯の強さがマーゴットに合ってて、聞きごたえがある。こちらもおすすめ。

ヨリを戻したり、殴り合ったり、罵倒し合ったり、愛されたいと思ったり。人の感情は説明のしようがなく、理解のしようがない。そして、“真実”を欲しがる大衆。他人の栄光に希望を見出し、簡単に憎悪の感情に飲み込まれる大衆の愚かさとそれが持つ大きな力も感じられて、なんだか、真実を知ろうとすること自体ナンセンスな気がしてくるなぁ。

冷静に、自分の目で見て、確かめていこう。己も様々な媒体も信じ過ぎず、しかし信念をもって、見えているものだけが全てではないことを忘れないでおこう。誰だって大衆にも当事者にもなり得るのだ。

…ところで、最近キューバサンドを食べてみたくて仕方ない。この気持ちは紛れもなく真実…。

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モチーフ:トーニャのスケート靴、エッジで火を消す煙草、吸入器、表彰台、ショットガン、母親が投げたナイフ、金メダル、マスコミが差し出すマイク、ショーンの家の電話、毛皮になるウサギ、トーニャの衣装
音楽:「Dream a Little Dream of Me」Fabian Andre/Wilbur Schwandt オルゴールver. Cover

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