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映画「天才スピヴェット」の指輪 〈映画の指輪のつくり方〉第16回

「冬を越すための“木”を見つけよう」
2013年映画公開「天才スピヴェット(The Young and Prodigious T.S.SPIVET)」
文・みねこ美根(2018年10月15日連載公開)

子どものころ、中華料理のバイキングに家族で行ったことがある。行く直前に「子どもに食べ物をたくさん与えて太らせて食べてしまう、人間に化けた怪物」がでてくる海外ドラマを見てしまい、バイキングに連れていかれるのは、私を太らせるためであって、自分も食べられてしまうかもしれないと怯えて、少しも食べられなかった…ということがあった。今思えば、馬鹿馬鹿しい妄想で、連れて行ってくれた両親がその“怪物”なわけもない。ただただおいしいところに連れて行ってくれたのに…ごめん…。父のことも母のことも大好きだし、愛されていると感じつつも、当時はなぜだか時々空恐ろしい不安に襲われ、不安を抱く自分を責めた。子どものころの、得体の知れない不安。家族。近くにいるからこそ、なかなか難しい存在だ。

2013年公開の「The Young and Prodigious T.S.SPIVET」は「アメリ」を監督したジャン=ピエール・ジュネ監督作品だ。公開当時映画館に見に行った。本作は、子どもの繊細で無意識のうちに積み重なる気持ちと、残酷なほど物事を冷静に観察してしまう切なさを、主人公である10歳のT.S(名前。略さずにはテカムセ・スパロー)が生まれながらの天才科学者らしく、彼の言葉で表し教えてくれる傑作。子どもだからといって何も感じないわけではない。うまく言葉にできないだけで、むしろ大人より本質を見抜いているかもしれない。

 T.Sが発明した、永久運動をする機械。それに対するように、飼い犬のタピオカは「みんないつかこの家を出ていくんだね」と言う。親は老い、子は育ち大人になる。家族の愛は永遠なのだろうか、愛するということはいったいどういうことなのか? T.Sは双子の弟レイトンを事故で亡くし、自分を責める。虫の研究に没頭する母(ヘレナ・ボナム=カーター!)、生まれながらのカウボーイである寡黙な父、スターになることを夢見る姉。“家族”であるが故に、それぞれが気を使い合い、家の中でどう在れば良いかわからなくなっていた。発明が名誉ある賞を受けたことをきっかけに居場所と救いを求めて、T.Sはワシントンへ向かう旅に出る。…このように書いてしまうと切ない感じだが、T.S演じるカイル・キャトレットがめちゃくちゃ可愛くて、声を出して笑えるところもたくさんあって楽しい!T.Sの根っからの科学者である部分が、ひねりが効いていて面白い。

T.Sが母の日記をこっそり持ち出して読むシーンとか、自分を心配している家族を思うシーンで、もう涙が止まらない。私自身、T.Sと似た体験をしており、それは親を一人の人間として感じる瞬間でもあって強烈に覚えており、共感の嵐であった。心配する家族を想像することは、自分は心配される存在だと信じたい気持ちであって、それをナレーション無しで映像のみで伝える凄さと言ったら…!

 ただ、この映画の予告の“つくり”にだけは文句を言いたい。2014年「グレース・オブ・モナコ」の予告も似ているのだが、予告の最後「今からある告白をします」という字幕がでる。実際にはそんなセリフはない。この告白は本作のミソではないので、この悪意あるミスリードには注意していただいて、T.Sの中で広がる世界を楽しんでほしい。

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モチーフ:T.Sの横顔、カウボーイハット、日記とカバン、
     ぬいぐるみのビッグジョジョ、トースター、パイプ、
     ホットドッグ、クレア博士の昆虫標本
音楽:「Train Shuffle」Denis Sanacore(オルゴールver. cover)

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