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【恋愛小説】甘噛-夢中にさせて-〘前編〙✾10mins short love story✾

どんなタイプの人が好きかと聞かれたら、私はいつも決まってこう答える。

『ゴールデンレトリバーみたいな人』

周りまで明るくさせてくれるような
温かい雰囲気を持った人。

相手に沢山の愛を注ぐのに
決して見返りを求めようとはしない人。

何かあったら私を守って、頼りになる人。

そして、真っ直ぐに私だけを想ってくれる人。

恋人がいない歴、5年。
別に浮いた話が無い訳ではない。

ただ、誰かと「付き合う」ということは、自由を奪われることに等しいのだと考えていた。だから、中途半端に好きなら「付き合わない」を選択した。

アプリで出会う人達は、もちろん皆恋人候補を探していたけれど、一夜限りの恋紛いを求める人も少なくはなかった。

出会ってその日に家で映画観ようとか。

数回しか会っていないのに
私が運命の相手だとか。

早く彼女が欲しいだとか。

結局、「彼女」というラベル付きの私が欲しいだけか、それすら責任も持たないで恋愛ごっこを楽しむためだけだと分かっていた。
それでも簡単に繋がれる手や、抱き寄せられる体を拒否しない私自身にも幻滅し始めていた。斯くいう私も、その身の軽い自由さが居心地が良いのかもしれなかった。

アプリでの出会いにも飽きが来ていた頃、貴方に出会った。

待ち合わせ場所は駅の改札前。
既にお互いの顔は写真で知っていて、私に気づいた貴方は、飛びっきりの笑顔で私に手を振る。
少女漫画なら、顔の周りにフワフワした何かが飛んでいるような光景だった。

「はじめまして!」

『…はじめまして』

「会えて嬉しいです…少し緊張しますね」

『こちらこそです』

初めて会ったのに、二重のはっきりした目を細くしてニコニコ笑いかけながら話してくれる貴方の雰囲気が温かく感じられた。貴方は思ったより少し低めの明るい声で、はっきりと、でも柔らかに話した。

私よりも一つ年上と聞いていたけれど、その温かい雰囲気が話しやすくさせてくれた。写真よりも数段カッコよくて、私は珍しく緊張して汗の滲んだ手のひらを握り締めた。

「何食べようか?」

『そうだなぁ〜飲みたい気分だけど』

「いつも何飲むの?」

『ビールは絶対かな!』

「え、そうなの?僕もビールすごく好きなんだよね〜!近くに美味しいクラフトビールの店あるんだけど、そこ行く?」

『行きたい!!』

駅の南口から出ると、飲み屋街で道を挟んで両脇に居酒屋が立ち並んでいた。しばらく道なりに進むと左手にお洒落なスペインバルが見えてきた。

「ここなんだけど、いい?」

『めちゃいい香りする〜早く入ろ!』

外にまで魚介を煮込んだような食欲をそそる薫りが立ち込めていた。入り口の扉を開けると、ふわっと香りが鼻孔を駆け抜けていった。奥の方の席に案内をされている途中、他の客のテーブルに乗るパエリアが目に入り、あとで頼もうと決意した。

「ここいつ来てもすごい人なんだよね!席、空いててラッキー」

『どれも美味しそうすぎて選べなーい』

「パエリアはどう?」

『え!それ私も言おうと思ったの!』 

「じゃぁ、決まりだね〜」

二人でメニューを開いて、注文を決めていく事は他愛も無いのに、何故かすごく新鮮で楽しかった。これまで出会ってきた人とは、居酒屋かバーで飲むだけのことが多かったからだった。

いつもは相手を楽しませなきゃと色々話を振ったりして、疲れてしまう私だったけれど、貴方との時間はとても居心地が良かった。自然と顔もほころんでいた。

料理もお酒もとても美味しくて、つい飲みすぎてしまった。楽しくなるとつい飲みすぎてしまうのは、いつもの悪い癖だった。


「そろそろ行こうか?」

『…はーい』

「大丈夫?歩ける?」

『だいじょぶだいじょぶ〜』

そういって立ち上がろうとして、足元がおぼつかずフラついてしまった。間一髪のところで、テーブルに手を掛けて盛大に転ぶのを回避した。

「全然大丈夫じゃないじゃん…ごめんね、もっと早くに気づかなくて」

『ううん、こちらこそごめんね…こんな感じになっちゃって…』

「嫌じゃなかったら、僕の腕つかんで」

貴方はかがみ込んで、私に目線を合わせながら言った。

手、繋いでくれる訳じゃないんだ。

少しガッカリした自分がいたことに、酔った思考回路ながらに驚いた。

『じゃぁ…』

そう言って、貴方の腕を両手で丁寧に包み込むように掴んだ。Tシャツの袖に隠れていたけれど、貴方の腕が鍛えられていて硬く、少しドキッとした。

店の出口まで来ると会計を素通りする貴方の腕を精一杯の力で引き止めた。

『ちょ、ちょっとまだ会計してないよね?』

「大丈夫。さっきトイレ行ってる時にしといたから」

優しくて頼もしくて気も利くなんて。語彙力の乏しい私の『素敵な人』を表現する言葉達が、貴方を言い表すのに渋滞を起こしている。

これまで私が出会ってきた人達は何だったんだろう。別に特段楽しくもない話を聞いて、挙句の果てに自分が食べた分の手持ちの現金も持ち合わせておらず、私が奢ることさえあった。
それでいて、その後すぐに帰宅しようとしたら、あからさまに不服そうな態度を取られたのだった。

そんなことは、一度や二度では無かった。その度に、私の心は冷たく凍えていっていたことに今更ながら気がついた。

「終電何時?」

腕時計をチラっと見て貴方が尋ねる。黒革に白色の文字盤でシンプルながらに、文字のデザインが個性的でお洒落な時計だった。仕事以外でも腕時計を付ける私は、同じく普段も腕時計を付ける貴方に勝手に親近感を覚えた。

『…11時くらいだと思う』

「もう11時回りそうだけど…」 

『最悪タクシー乗るよ〜』

「あのさ、」

そう言って貴方は、歩みを止めた。

掴んでいた貴方の腕に釣られて私も立ち止まる。

「もし、体しんどくて休みたいなら、うち泊まっていく?」

『……へ?』

「普段は初めて会ってこういうこと言ったりしないし、無理にとは言わないから、選んで」

『うーん…気持ち悪いのと眠たい』

「それで?」

『……だから、お邪魔させてください』

「わかったよ」

そう言って微笑みかける貴方は、夜なのに私には眩しく感じられた。


バルから歩いて7分程で、貴方の住むアパートに到着した。

9階建てのアパートの8階だった。エレベーターで上がるとき、浮遊感で気持ち悪さが込み上がってきて、貴方の腕を強く握りしめてしまった。

8階に到着し、軽いベルの音がなって扉が開いた時、貴方の方を見上げると、貴方は少し困った様な笑顔を浮かべながら私を見た。

貴方が部屋の扉の鍵を開けて、二人中へ入る。
玄関は靴が丁寧に揃えられていたので、私はふらついた足元を整列させて揃えて靴を脱いだ。

『…おじゃましまーす』

「散らかってるけど、突然だったから許してね」

貴方の背中を追いかけるようにして廊下を進み、突き当りの部屋のドアを開けて入るとリビングだった。

大きめのテレビの前に白いテーブルとグレー地のソファーが置いてあり、床には黒色のラグが引かれていてシンプルでお洒落な男の人の部屋という感じだった。

「お水持ってくるから、ソファー座ってて」

『はーい』

ソファーに腰掛けると、見た目よりも意外と柔らかかった。

「お水、どうぞ」

『ありがとう』

受け取った水を一気に喉に流し込む。水の冷たさが、顔の火照りを冷ましてくれるようで気持ちが良かった。

『あー生き返る〜』

「気持ち悪いの大丈夫?」

そう言って貴方は、私の隣に腰掛けて顔を覗き込んでくる。

『え、うん。だいぶマシかな!』

「そっか!それなら良かった」

にっこりという言葉がこんなにも相応しい笑顔に出会ったのは初めてだった。胸の奥がきゅうっと締付けられるような感覚がした。

ちらっと横目に貴方を見ると、貴方は間違っても私と手が触れるようなことがない位の距離を取って、隣に座っていた。

「落ち着いたし、そろそろ寝ようか?」

『…うん。』

「僕が同じ部屋で寝ても大丈夫?」

『全然!というかどこで寝るの?』

「ここかな〜」

そう言いながら貴方は床にブランケットを広げる。
いくら秋とはいえ、夜は冷える。

『……あの、横で寝るくらい気にしないよ?』

貴方の反応が見たくてつい、意地悪を言ってしまった。少し驚いた表情を見せて、苦笑いしながら貴方が言った。

「ありがとう。でも狭くなっちゃうから一人でゆっくり寝てください」

『はーい…でも…なんか申し訳ないなぁ』

「気持ちだけもらっておくよ。ありがとうね。おやすみ」

『おやすみなさい』

目を閉じた私は再び目を開けた。暗闇の中天井を見上げる。見慣れない天井、そして部屋、ベッド。チラッとベッド横の下の方に目をやる。暗くて見えないけれど、貴方の小さな寝息が聞こえた気がした。

少なくとも私は貴方に惹かれ始めていた。

だけど、これほど何もないと一抹の不安がよぎる。貴方は私とこれ以上の関係を求めていないのではないか。気の合う友達という認識なのではないのか。

でも、貴方が他の誰とも違うから、だから惹かれるのだろう。貴方の言動一つ一つに温かさを感じる。物理的距離はあるけれど、心はとても近くに寄り添ってくれているように感じた。

これまでの私は、そんな物理的距離ばかりを縮めようとしてきたのだった。まるで誰にでも尻尾を振る犬のようだったと初めて気づき、悲しい気持ちになった。

ゴールデンレトリバーみたいな人とかいう理想を語っていた私自身が、それと真逆のことをしてきた。そのくせ相手に信頼感や安心感を求めるなんて馬鹿げている。

考えを巡らせているうちに目頭が熱くなってきた。貴方に気づかれないように、息を殺しながら静かに流れた涙を貴方が貸してくれたTシャツの袖口で拭った。

私の家とは違う、柔軟剤の香りがかおった。
私は瞳を閉じた。

『甘噛』 -TO BE CONTINUED-

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