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私のバイリンガル(結果的にトリリンガル)育児あれこれ:小学生低学年の頃(その3)

今から思うと、子供が小学生の間が一番忙しかった。上の娘が小1になって本格的に勉強が始まり、補習校にも通いだしたので、毎日その宿題をこなし、日常生活では使う必要のない漢字などを覚えさせながら、下の息子に平仮名と片仮名を教えていた。

そして子供達はそれ以外に公文(日本語の国語:二人共)、ピアノ(娘)水泳(二人共)バレエ(娘)体を動かす運動クラス(息子)などの習い事をやっていたので、文字通り私は子供達が帰ってきたら毎日毎日運転手。曜日毎に子供達を各種習い事へ連れて行く。娘がバレエをやっていたら、その間近くの喫茶店で息子に平仮名教えたり、息子が運動クラスに行ってたら、その間車の中で娘の補習校の教科書の音読をチェックしたり、と本当に子供の事だけ。

家に帰って来るのは5時過ぎで、速攻で30分で晩御飯を作り、子供がご飯を食べている間は横で私は本の読み聞かせ。自分がご飯を食べる時間がない時もあった。(子供達が寝てから食べた。)晩御飯が終わっても読み書きの勉強を見たり。そしてお風呂に入れて大抵は7時半に就寝。きちんと寝ないと成長もしないし、頭にも入らない、と思ってたから。夫には「子供と遊びたかったら7時には帰って来て。」と伝え、夫もなるべく早く帰って来てたけど、忙しいから帰れない日も多く。子供が寝た瞬間に夫が帰って来ても「もう邪魔しちゃダメ!起こしちゃダメ!」とし、絶対に睡眠時間は確保してたなぁ。

土曜日も補習校、日曜日も9時からピアノのレッスン、その後は水泳。。。マジで本当に毎日子供のお世話で終わってた。。。

アメリカの学校なので、月に1,2日休校の日があったが、そんな日は歯医者や眼医者、かかりつけ医に連れて行ったりして終わった。勿論待合室でも国語の教科書を持って行って音読させてた。周りのアメリカ人からしたら「一体このアジア人は何語を子供に教えてるんだろう?」って思っただろうな。でもリベラルな地域なので、変な差別などは一切受けたことはない。

毎日が分刻みのスケジュールとの戦いだったから、私自身ちょっとしたことで結構イラつくことも多かったと思う。。。そんな自分が意味なくイラつかない様に、子供達が学校に行っている間は「自分の時間」を楽しむようにした。家を出てウインドーショッピングをしたり、ランチを友達と食べに行ったり、散歩したり。昼寝もした。車の運転で眠くなったら危ないし。勿論家事もこの時間に全部やってた。因みに子供が勉強で使う鉛筆も、学校から帰ってくる前には毎日全部削り、子供が帰ってきたら、余分な時間を育児以外に使わない様にはしていた。ホント、分刻み。

自分でも良く出来たな、よくやってたな、って思うけど、もしかしたら私は毎日勤勉に物事を続けるのが得意なのかも知らん。

ちなみに私は昭和育ちの団塊ジュニア、私が小1の頃は習い事ブームの先駆け(?)みたいに公文、ピアノ、習字、水泳などを習っていた。今から考えたら小学生なのに市バスに2回乗り継いで通学してて、しかもその頃は土曜日も半日学校があった。つまり休みは日曜日だけ。なのに習い事もいっぱいやってて、我ながら何にもわからないのによくやってたな、って思う。でも案の定、小3で私は体を壊して入院しちゃうんだけど。その辺りの調整があまり出来ない母親だったので、仕方ない。。。

因みに大人になって母親に「なんであんなに遠い小学校まで通う羽目になったの?」って聞いたら母親は「自分が勉強できなくてコンプレックスだったからお前には良い小学校に行かせたかった。だから受験させた。」と言っていた。そういう親もいるのね~と思っていたけど、私も結局自分の子供には同じ様に詰め込み教育をしていたと思う。でも私の場合、詰め込み教育をされて、何とか一人前になれたから、もしされなかったら。。。というのが想像出来なくて怖かったのもある。

私は中学、高校と国立の進学校で学び、毎日毎日勉強ばっかりしてたけど、結局そういう生活をして来たので、上記の様な育児生活でも乗り越えられてきたのかも?って思う。という事はやはり三つ子の魂百まで。同じ様に私の子供達も鍛錬の日々を大人になっても忘れないで欲しいって思うけど。今の所は順調ではあるけど。

アメリカの夏休みは長い。うちはいつも夏休み初日には飛行機に乗って日本へ行き、里帰りして体験入学をさせてもらっていた。これは本当に日本語力が一番上がる確実な方法だった。夏に2か月日本で過ごし、完璧な関西弁を身に着けても、アメリカに帰ってしばらくすると日本語力が落ちてくる。4月、5月になると「え~と、ママ、え~っと。」となり「ん?XXの話?」ってこっちが助け船出さないと言葉が出なくなってくる。そんな時『わ~やっぱまた日本語力落ちて来てるよ~早く日本に行かねば!』って焦ってた。この状態は子供が14才位になるまでは続いてた。14才を過ぎるともう日本語もほぼ完璧になってきて、その辺の心配は消えた。2人共。なので私的には14才までに完璧に話せるようになると、それ以降はほぼ大丈夫な気もする。

わ!長くなったのでまた今度。