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女性アスリートのための月経対策ハンドブック~感想・まとめ~

知り合いの理学療法士さんにいただいたこちらの本。
時間を見つけてちょこちょこ読み、ようやく半年弱かかって読み終わった。私は医学生で予備知識がある状態で読んだし復習といった内容も多かったけれど、性ホルモンの性機能以外に対しての機能は知る機会があまりなかったし、とても勉強になった。それと同時に、アスリートでもそうでなくても、女性でも男性でも、このくらいの知識は全員が持っていてもいいのではないかと思えるくらいに、私たちの日常の生活と医学の知識を結び付けてくれる内容であった。
以下にざっくりまとめていきます。

1、月経に関する基礎知識
・性ホルモンとはエストロゲンとプロゲステロンのこと。エストロゲンは『女性らしさを出すホルモン』(子宮内膜を発達させる)、プロゲステロンは『妊娠を維持するホルモン』(子宮内膜を妊娠しやすい状態に維持する)であり、生理前の体調不良はプロゲステロンによって引き起こされる。
・プロゲステロンは体温をあげる働きがあるので基礎体温を測ることで、きちんとホルモンが出ているのか、すなわちきちんと排卵が行われているのかを知ることができる。
・アスリートにおいてはコンディションと基礎体温(性ホルモン)が関連しているのかを基礎体温とコンディションを記録することで確認できる。
・アスリートでよく見られる『利用可能エネルギー不足の徴候』も基礎体温によって確認することが可能である。

2、コンディションに影響を与える女性特有の問題
アスリートは月経によってパフォーマンスが低下することがアンケートによってわかっているため、事前の月経対策が必要となる。婦人科的な月経によるアスリートへの影響は主に4つある。
①月経困難症(月経痛による日常生活への支障)
②月経前症候群:PMS(月経前の体調不良)
③過多月経(経血量が多い)
④ホルモンの変動に伴うコンディションの変化

①月経困難症には機能性と器質性とあり、それぞれ原因が違うため治療も異なる。②月経前症候群でアスリートに最も出やすい症状は体重増加や精神症状であり、多くのアスリートが競技へ影響があると回答した。③月経過多は比較が難しいものの”血の塊が出る”、”夜用ナプキンが1〜2時間ごとに交換が必要”であれば多いと判断してよい。鉄材が貧血の治療になるとは限らず、低容量ピルなどで治療が可能である場合もあるため、婦人科の受診が進められる。④主観的コンディションの良い時期はアスリートごとに異なるが、悪い時期に関しては月経中と答えるアスリートが多い。月経周期のうちコンディションが良い時期と試合を合わせることが重要。

3、試合や練習日程を考慮した月経対策法
・一時的な調節法は遅らせる場合と早める場合とあり、月経をずらすだけなので月経困難症などの治療にはならない。
・継続的な調節法は月経困難症などの治療も可能である。

4、婦人科で使用される機会が多い薬剤とアンチ・ドーピング
・一般的に使用される鎮痛剤はNSAIDSであり、月経困難症に有効である。痛みがピークになるよりも前に服用した方がより効果的ある。
・ピルは服用することで体の中でホルモンが十分だと感じこれ以上ホルモンを作らなくても良いと体が感じることで子宮内膜が薄くなり経血量が減ったり月経困難症が改善したりする。副作用は嘔気や腹痛など様々あるが、一番重篤なのは血栓塞栓症でありこの症状が認められた場合は服用を中止する必要がある。
・プロゲスチン製剤はプロゲステロンを人工的に作ったものであり、低容量ピルに比べて体重への影響や血栓症の頻度が低いため使い分けされている。しかし薬価が高いなどの問題もある。

ドーピングを避けて婦人科領域で使用可能な薬剤として、低用量ピルやエストロゲン製剤、プロゲスチン製剤、GnRHアゴニストなどがある。一方で、抗エストロゲン薬、ダナゾール(男性ホルモン作用)、SERMs(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)、女性・男性ホルモン配合薬、漢方薬、アロマターゼ阻害薬などがある。

5、ホルモン剤服用によるコンディションおよび運動パフォーマンスへの影響
・低容量ピルによって月経随伴症状は軽減され、また体重増加や体脂肪率に関しては変化がなかった。
・起床時の安静時心拍数(体調の変化を反映しアスリートのトレーニング量の調節の目安となる)、安静時心臓副交感神経機能は低容量ピルによる変化は認められなかった。
・有酸素能力はピルの配合パターンにより影響が異なると考えられるが、今後も検証が必要。
・筋力やパワー、また無酸素パワーについても低容量ピルに影響はない。
・関節弛緩性について、卵巣から出るリラキシン靭帯に作用し関節の弛緩性を上昇させることがわかっているが、低容量ピルによってリラキシンを低下させることがわかり、靭帯断裂を低下させられる可能性がある。
以上より低容量ピルはアスリートの月経困難症などの治療やコンディショニングの一助として利用できるということが示唆された。

・プロゲスチン製剤に関しても体重・体脂肪、運動パフォーマンスに影響がない。

6、女性アスリートの三主徴とその対策(本書の山場です)
『女性アスリートの三主徴=
利用可能エネルギー不足、視床下部性無月経、骨粗鬆症』
特にこれらのうち始まりは利用可能エネルギー不足と言われている。

利用可能エネルギー不足は、成人でBMI≦17.5kg/m2、思春期で標準体重の85%以下と定義されこの状態が長続くと排卵がなくなり無月経になる。また卵巣からエストロゲンの分泌が少なくなり骨密度が低下、その結果疲労骨折などが起きやすくなる。怪我を予防するためにも医学的介入が必要であるが、無月経の原因によって治療方針が異なるため無月経や月経不順のアスリートはまずは原因を知ることが重要である。利用可能エネルギー不足と無月経(低エストロゲン状態)のアスリートは骨密度を測定することが推奨される。

利用可能エネルギー不足やオーバートレーニングの状態はグレリン(空腹ホルモン)上昇、レプチン(食欲減少ホルモン)減少、コルチゾール(血糖上昇ホルモン)上昇が認められ、これらが性ホルモンに影響し無月経となる。すなわち無月経の状態とは体全体のホルモンバランスが崩れている状態である。

また、エストロゲン分泌が低下すると骨成長や筋力トレーニングの効果の抑制、アドレナリンやノルアドレナリンなどの運動時の自律神経調節ホルモンの分泌の抑制、低代謝によるパフォーマンス性の低下、さらには動脈硬化も引き起こす。

骨密度の低下の予防は10代が最も重要な時期であり、10代で1年以上無月経を経験している、またBMIが低いことなどが骨密度の低下のリスクである。

無月経のアスリートは食事摂取量の不足よりも運動量が多いことが原因となっている場合が多く、また特に糖質の摂取量が少ない傾向があるとわかった。エネルギー摂取量が少ない原因は練習スケジュールが原因であったり、食欲の低下が原因である場合などがあるため、原因に合わせた対策が必要である。無月経であっても摂取エネルギー量が増加することでホルモン値は改善傾向となるため、ホルモンのバランスを取り戻すために食事療法は有効である。

ホルモン治療は利用可能エネルギー不足を改善しても月経が再開しない場合や体重増加が難しい場合に初めて考慮されるあくまで補助的な治療であるが、長期間の低エストロゲン状態が骨量低下・血管内皮機能低下・精神面の低下などに関わることからこれらを避けるために使われる。利用可能エネルギー不足が原因の場合は低容量ピルではなくエストラジオール製剤による治療になる。

7、心理的発達と摂食障害
・学童期は勤勉性(周囲の大人に支持され達成感を得つつ叶わない時の劣等感の間で揺れ動き形成される)を獲得するが、トップを目指す子供は練習に明け暮れるため友達や家族など周りの関係が希薄になりやすく、同世代の中で淘汰される経験が不足する。また、代理達成によって燃え尽き症候群になる可能性も高い。
・思春期や青年期は自我同一性を得るため反抗期を経験したりするが、競技現場では従順性が良いとされるため自我同一性が獲得されにくいことがある。
・成人期は親密性を求める時期であるが、十分な自我同一性を得られていないため他人と上辺だけの関係しか築くことができないなどの問題があり、以上のようにアスリートは心理発達過程が非アスリートと異なる場合があるため、その発達過程を知ることが自分を知ることにつながる。
・また摂食障害はアスリートの生きる環境そのものが引き起こしやすい疾患であり、全身のシステムに影響があるため早急に周りが気付き、専門家が介入することが大事である。

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気になる方は全編読んでみることを強くおすすめします。以下のリンクで読むことができます!

参考図書:能瀬さやか, Health Management for Female Athletes ver.3, 東大病院,2018, https://www.jpnsport.go.jp/Portals/0/HMFAver3.pdf



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