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マレビト思想のチカラ

「能ある鷹は爪を隠す」と言いますが、それを隠さなくても能力全開でいく方法、それが今回ご紹介する「マレビト思想」のチカラです✨
最初に結論を言うと、自分が能力があると思うなら、血縁(家族)・地縁(地元)から離れて、遠くの土地で活動しろ!というものです。血縁(家族)・地縁(地元)では、あなたの天才性は開花しません。とにかく地縁を断ち切り、外に出て、その能力を解放するのです。その理由を以下でお話しします。動機づけのために、その理論を知ってください。
※ある意味、当たり前のことを書いているかもしれません。しかし、この当たり前がなかなかできないのです。その当たり前を実行するには動機づけが必要になります。

マレビト思想とは?

マレビト思想とは、異界からの来訪者の事を言います(蘇民将来とか)。この思想が日本人の根底にあるため、遠くから来るヒト・モノに対する評価が高くなると思います。ですから、このマレビトのチカラを使って高いチカラを発揮しましょう!

「近くの坊主より遠くの坊主」

と言ったりしますね。遠くからの来訪者は有り難がれるのです。

マレビトの科学

専門家ってちょっと変わってますよね。ちょっと取っ付き難かったり、社会性が欠如していたりと(もちろん、バランスのよいスペシャリストもいますが)。

例えば、モーツァルト。説明する必要もないですが、かなり変わった人で、あんなに美しい曲を作るのにお下品だったりと。ベートーヴェンも、ホームレスのような格好をしてて、警察につかまって、つかまってからベートーヴェンだとわかったという逸話があったりと。

音楽家の脳は、聴覚野などの音楽脳が発達し、前頭前野に侵食したり、局在的に働きすぎるため、社会脳が働き難いのかもしれません。まあ、全てを投げ打って一つの分野に打ち込むわけですから、当然、バランスが崩れるでしょう。その代わり、物凄い天才的な能力を発揮しますね。

集団社会とマレビト思想

そうしたことから、社会性が欠如し、周囲の人と諍いが起こることがあると思います。天才と狂人は紙一重とも言います。そうした天才は村八分となったりします。

日本は縄文以降は農耕民族なので、集団生活が重要になります(農耕は協力しなければいけないので)。そうした集団社会では、個性的な天才タイプは活躍し難いと考えられます。しかし、このマレビト思想があることで、天才が活躍できると考えられるのです。つまり、マレビト思想とは、集団社会の補償としての習俗だと言えます。

例えば、ある天才が社会性が欠如しているため、村八分になったとして、その村を出ることにします。そして、遠くの村へ行き、その高い技術・知識を披露すると、とても有り難がれるというわけです。これが「遠くの坊主」の有り難みです。

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