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部長こそマルチジョブで生きてゆけ

これは、某製薬会社に勤める、30歳の社員3名が自主提案を通して、部長研修「Local journey」を実現した話。

「部長こそマルチジョブで生きてゆけ」

研修終了後の報告会――経営陣からのフィードバックがこの言葉だった。

これは、2020年2月に参加した長野県での「地域課題に向き合う研修@2泊3日」に参加したわたしたちが、社内で部長向け研修を実現するまでを書き記してみたいと思う。

前提として、わたしたちは「人事」ではない。ひとりは営業、もうひとりは地域の起業家を伴走する事務局、そしてわたしは、広報とCSV(Creating Shared Value)に携わる部署に所属している。

長野県での研修で「地域課題を本気でなんとかしたい」と火が付いた

デンマークからの帰国後、同じ会社に復職したわたしは、新しい仕事に慣れるのに精一杯になりながら働いていた。拠点も大阪から東京へと変わり、職種も広告から広報へ。同じ会社と言えど、役割が変われば考えることも関わる人も当然変わる。

そんな中でいただいたチャンスが、この「地域課題を見つめ、政策提案する研修」だった。先述の3名で参加した。他には銀行やゲーム会社、機械メーカーなどあらゆる会社から参加者がおり、主に人事に携わる方が多かった。「自社での研修に取り入れてみたい」「まずは自分が試しに行ってこいと言われて」、とそんな動機の方が多かったように思う。

町の福祉課の方や民生委員、地元で移動スーパーを経営する方、副町長までいろいろな方に町の実態について話を聞きながら、4人1グループで政策提言に向けて意見を集約し、整えていく。

・ただでさえ少子化なのに、若者が大きな市に就職してしまう

・免許を返納したあとの移動手段がなくて買い物にもいけない

・独居の高齢者へのサポートが行き届いていない

そんな課題を聞かせていただきながら、最終日。わたしたちのチームでは「地元に戻って就職するなら、町から奨学金として学費のサポートをすることをもっと伝えていくべき」「町の広報紙を転出者にも届けるべき」「顔の見える関係だからこそ、もっと住民個人に焦点を当てたテーマで情報発信するべき」そんな提案をした。

リディラバ

「どれも実現したいと思う提言でした。ありがとうございます。」

副町長からのフィードバックはありがたかったものの、本当にわたしたちの提案は芯をついた提案だっただろうか?よそ者が研修の名のもとに地域に来て、時間をいただいて話を聞いて、そんな簡単に解決できるような問いなんだろうか?たった2泊3日で果たして、何を理解することができるんだろうか?

そんな想いでいっぱいになった。

同時に、この研修は社内でもやるべきだと思った。社会や未来を思い、事業をつくっていく「会社」という単位だからこそできることがある。それは、一度会社を辞めたわたしだから感じたことかもしれない。

地域に対して提言して終わりではなく、「一緒に変えていく」ことができないか?ふと感じたその気持ちは、一緒に来ていたふたりも同じだった。

もともと東日本大震災時に親を失った子どもたちをサポートする基金で働いた経験。いままさに地域で暮らしながら、「起業家をサポ―トする」ことで地域を元気にしようとしている経験。そんなわたしたち3人の想いが重なり、社内提案へと気持ちが固まった。

創業の地で地域課題を見つめ、行動する

舞台は、事務局のひとりが活動する奈良県宇陀市。ここは、創業者の生誕の場所。まちのいたるところに今も歴史が刻まれている。当時、創業者が学校を寄贈されたことや、昔の商品広告が飾ってある資料館など、わたし自身もこの研修づくりを通してはじめて知ることばかりだった。他にもいくつも会社が関わる地域はあるが、会社の起源のある場所でつくってみたいと思った。春には又兵衛桜がキレイに咲く、自然豊かな場所だ。

宇陀⑦

2泊3日の研修が終わってから、送り出してくれた広報部長や人事ディレクターなどに報告をし、さらには経営陣への相談まで。当初は35~40歳くらいの次世代のリーダーにこそ、このソーシャルの視点をもって組織を引っ張ってもらいたい、そう思っていた。ただ仕事ができるひとではなく、社会課題を自分事として捉えられる人こそ、組織を動かし、リードしていく未来がくると考えていたからだ。

返ってきたことばは、「部長対象で考えてみて」。


え、部長…?


風通しのいい会社だと思うが、さすがに所属する部署の部長くらいしかきちんと話したことはない。そんな部長のための研修って?どうすればいいだろう?

そもそもどんな学びが必要?何にもやもやしているの?一体わたしたちは、何をすれば…。

とりあえず、まずは部長の気持ちを知らなくては!と思い立ち、ヒアリングをしてみた。「はじめまして、お時間いただき、ありがとうございます」から始まるオンライン会議。そんな関係性の方に「会社人生での悩みはあるか」とか「地域課題にそもそも興味はあるか」とかまで聞いていかなくてはいけない・・・あああ、もう引き返せない。笑

さらに、研修参加者の応募もオンライン会議の形式で、わたしたち自ら募ることに。5月上旬、カメラオフの部長たちが参加する会で、一方的に募集に関する説明をする。反応が見えない…うまく伝わったかな…いろんな不安があった。

結果的には2名の部長から手があがり、さらに、この研修を人事視点で捉えて会社として実装いただくために人事のマネージャーにも参加者として入っていただくことになった。

まずは「鎧を脱ぎ去ろう」

新卒で入社し、何十年も会社の看板に守られてきた部長たち。それだけ会社というものは大きいし、会社名を言えば、初対面の方にも安心してもらえるような、お守りのようなものかもしれない。さらに組織の中ではモノゴトを判断する立場で長らく部署を引っ張り、多くのプロジェクトを任されてきた。わたしたちには想像できない重圧もあるだろう。

一方で、地域での活動ではどうだろう?どこに所属していようが、何をしていようが、「個人」として対峙する必要がある。だからわたしたちが決めたルールは「〇〇〇(会社名)」の看板を外してもらうこと。そこから、宇陀に3か月、シェアハウスに住みながらの研修がはじまった。研修中は本業はおいてくること。地域にどっぷりと浸かってもらうために考えたものだった。

研修の最初に準備したのは、アーティストによるワークショップの数々。

「五感を開放する」をキーワードに、路上ライブをしてみたり、古タイヤをひっぱって街歩きをしたり、川で拾ったお気に入りの石を口に含んでみる。野草で生け花をしてみる。馬と伴走する。

路上ライブ

生け花_佐々木の作品

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一見、意味不明なことを「やってみる」ことによって、考えるのではなく、感じること。はじめての経験を積み重ねて、だんだんと五感が開放されていく。あとから聞いてみると、この1週間がとても濃くて、刺激的だったとのこと。よかった、狙い通り!笑

自分たちだけでは設計しきれない部分をアーティストの方々に補っていただき、いい意味で理性が崩壊し、地域にいる、ここにいるという感覚が養われてきた。

「地域の人と仲良くなるためには、興味をもってもらうこと」

これがアーティストからの学びだった。気になる存在になることで、自分自身を受け入れてもらう。初日こそ戸惑っていた部長たちも、3日後には一緒に古タイヤをひっぱってまちを歩いていた。

タイヤ引き

つぎに「オンラインで世代を超えた学びを広げよう」

地域に入って活動をしようとしている仲間があつまる、さとのば大学

ここでは、「マイフィールドコース」といって自分たちで選んだ地域で暮らしながら、週に3回オンラインで学ぶことができる。地域に入ることを体系的に学んだり、自分自身に深く向き合い、エネルギーが沸き起こるテーマは何か?と問い続ける学びを重ねる。

さとのば大学

講義やワークの内容はもちろん充実していたのだが、部長たちにとって一番大きなインパクトは「世代を超えた学び」。17歳の高校生から部長たちまで10代~50代の異なるメンバーが同じ問いに向き合う。

自分の強みや弱みをさらけ出し、「どんな未来を描きたいか?」「そのために自分は何からはじめるか?」と夢を語る。部長のひとりは、ご自身の娘さんと同い年のメンバーの発表を聞きながら、その満ち溢れたエネルギーにとても刺激をもらったようだった。

地域で活躍する方々と触れ合う、対話する

そして、宇陀で活動する様々な方との交流。3代にわたって林業を営んでいる方、有機農業を広め組合をつくって取り組んでいる方、平飼いにこだわった養鶏場の方、地域素材を使ったジェラートやさん、引退した競走馬の第二の人生をつくるプロジェクトをしている方、すてきな古民家でゲストハウスをされている方、古くからそこで地域を守ってきたお寺さん、クラフトビールをつくってみんなが集える場を作った方など。

一緒に汗を流して畑仕事も。

農業

地域の起業家の伴走は、Next Commons Lab奥大和にておこなっている。

さまざまな生き方や価値観に触れ、「会社員」としての生き方以外を深く知る機会になった。そんな3か月を経て、本業に戻る。参加した3名それぞれとって、これからの生き方への気づきとなる時間になったようだ。

これからの働きかた、生きかたとは

経営陣への報告の中で、この3か月で感じたこと、これからの自分の在りかた、働きかたなどについて話をしてもらった。本業で、自分はどうありたいか?こんな仕事の仕方をしていきたい、こういった役目を担いたい。

また、今後も宇陀での活動をどのように続けていきたいか?という部分も。

そんな報告会で経営陣から出たことばが、

「部長こそマルチジョブで生きてゆけ」だったのだ。

圧倒的な経験値と知識、人とのつながりのある部長たち。ここぞ!というときの頼りになる相談役であるべきではあるが、平日5日間べったりとオフィスにいる必要はない。逆に言うと、本当に必要なタイミングでいてもらえればいい。この3か月間席を空けることによって、部署のメンバーそれぞれに決定権が渡され、成長機会となったことも大きかった。

だからこそ、部長の働きかたこそ、自身の経験を活かして、もっと社会や未来を形作るようなところに力を使ってほしいというメッセージだったように思う。会社という枠におさまらず、新しい世界を切り拓き、答えのないVUCAの時代を先導していく。いつかはやってくる会社を卒業するその時に、胸を張って、新しい人生を謳歌してもらえるように、とそんな温かい思いをわたしは感じた。

語弊を恐れずに書いてみる。むしろ"本業を副業にするくらいの気持ちで"、新しい働き方を実践してほしい、と。

2016年、当時はまだ珍しい「副業解禁」を発表。いまも70名近くが副業をして、自分のスキルで誰かのお役に立ちたいと挑戦している。そんな新しい働きかたを組織を引っ張る部長にこそ、実践してもらいたいのだと。

2泊3日で感じた「本当の意味で地域のためになる政策提言ができたのか?」という問いは、この3か月で積み重ねた対話の数だけ、きっと前に進んだと信じている。

わたし自身はコロナ禍で出張が難しく、研修中も2度しか現地に行くことができなかったことが悔やまれる。

それでも、週に3日オンラインで顔をあわせたさとのば大学では、部長たちの表情が日に日に柔らかくなり、宇陀での暮らし・活動が充実している様子が伝わってきた。

迫りくる正解のない世界でともに未来を創っていく、

共創型リーダーを生み出す

わたしたちが掲げたこの研修「Local journey」のゴールは勇気ある3名の部長たちによって、一歩ずつ実現に向けて動き始めた。今後も、研修として進化しながら、現場を語ることができるソーシャル人財を生み出し、事務局のわたしたちも伴走する中で、一緒に学び、成長できる時間をつくっていきたい。

あとがき: この研修をはじめてみて、通っていたフォルケホイスコーレのような要素もあるなと感じる。余白の中で自分とは何か?どうありたいか?という問いを繰り返し、他者との対話の中から見えない想いを紡ぎ出していく。デンマークで行われてるギャップイヤーは高校卒業後の若者のためだけではなく、わたしのような社会人になってしばらく働いたひとや、社会人歴が30年を超えるような部長世代まで、間違いなく大切な時間になる。

ずっと走り続ける人生も素晴らしいが、ふと立ち止まってみて自分の歩みたい人生のベクトルを定めるための余白も改めて大切だな、と再認識した。







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