車のナンバーは先生から届いた最後のメッセージ
先生と出会ったのは
567がまだ流行る前の静かな秋。
私はその当時仕事が原因で体調を悪くしていた。
仕事も2週間ほど休んでいた。
しばらく休めば良くなる。
そうすれば再開すればいい。
そう思っていた。
そんな時、職場で
「漢方薬を出してくれるいい先生がいる」
「ただし待ち時間が長いのがネック」
そんな病院があると聞いた。
とりあえず病院には行ってみよう。
初めて行った時。
診察室に入り症状を告げる私に
先生はカルテをザッと見てこう言った。
「明日誕生日なんですね〜。もうこの際だし誕生日を機に仕事辞めちゃうっていうのはどう?」
私はえっ?と耳を疑った。
確かに私の稼ぎで家族を養っているわけでも無い。
だけど我が家の事情も全く聞かないで
誕生日を機に辞めてみては?
そんな無謀な提案をして来るなんて。
なんなんだ?
この先生…?
あっけに取られた私に向かって
再び先生はこう言った。
「今の症状は仕事を休めば勿論良くなるけど、再開したらまた悪くなるよ。このまま続けるのは難しいかな?」
え、それは大変。
そんな体調を崩してまで続ける仕事ではないなぁ。
私は診察した4日後、10月末で仕事を辞めた。
先生とはそれからのお付き合い。
漢方薬に少なからず興味があった私は
「こちらの病院では漢方薬を出してくれると聞いたもので」
「ついでに更年期特有の不安感などに効く薬はありますか?」
と言うと先生の目がキラーンと光った。
どうもこの先生、察するところ漢方薬オタクの雰囲気。
私の希望通り西洋医学の薬ではなく漢方薬を嬉々として2種類処方してくれたのだった。
体調不良についての漢方薬は仕事を辞めたこともありそのうち回復。
薬も無くなった。
しかし、不安感を抑える漢方薬は飲み続けていた。
10月で仕事を辞めた私。
次に応募した仕事はトントン拍子に決まり12月から出勤。
病院へ漢方薬を貰いに行ったついでに、先生にも仕事を始めたことを報告した。
確か先生はカルテに職場の名前を書き留めていたと思う。
その後567。
秋には業績不振のため仕事先での契約更新ストップ。
再び無職。
そして息子たち帰宅。
今年になって家族の大混乱。
診察室で涙を流しながら近況報告をする私。
それを静かに見守ってくれる先生。
そういえば病院のHPに書いてあった。
と…。
そう、私が泣きながら話しをしていた頃。
先生は不安感に対して今までより少し効き目の強い薬を処方して下さり、診察室を出る私を笑顔で見送ってくれた。
そして、今の仕事が見つかったこと。
家族の調子が少しずつ良くなって、それぞれが動き始めたこと。
いつも僅かな時間だけど、診察の度に私は先生に自分の近況を聞いて貰うこの時間が楽しかった。
ある時などこう聞かれた。
先生)
「え?もう帰るの?」
私)
「いえいえ、いっぱい話したいけどまだ待合室に沢山待ってる人がいるから、また空いてる時に来ます〜」
先生)
「そうね。診察に関係なく話したかったらそれだけでも来ていいよ」
そんな風に言って下さった。
だからか〜。
これは待ち時間が長いはずだわ。
きっと時間がたっぷりあるお年寄りなどは、この会話目的で来てる人もいるんだろうなぁ。
私はそんなことを思った。
そんな私も、時々処方箋の日数を短くして貰うことがあった。
「今月はもう1回くらい先生に会いたいから」
そう言うと
「時々僕が嬉しくなる言葉をチラッと入れてくるよね〜」
と、先生はにこにこしていた。
そして、先月の診察日。
ちょうどその日は自分の名刺を貰ったところ。
白い箱に入った名刺。
仕事を終えた私は
そのまま病院へ向かった。
私は診察室の椅子に座るなり
話し始めた。
「最近家族みんな元気になって来ています。全ては先生が私に処方してくださってる薬のおかげです」
とお礼を言うと
「子供とお母さんって見えないけど繋がってるからね。でも、僕のおかげなんかじゃないよ」
笑顔でそう答えてくれた。
「ええっと、今回は薬、何日間出しておこうか〜?」
「じゃあ4週間分お願いします」
ここまで話すと診察はもう終わり。診察室を出なくては。
実は先生の前に座った時から
私はずっと迷っていた。
今朝貰ったばかりの名刺。
先生に渡そうか?どうしようか?
私は診察室を出る直前
意を決してくるりと振り返った。
そしておもむろにカバンから名刺を箱ごと取り出した。
「先生〜。実は今朝、私の名刺を初めて貰ったんです。これ良かったら記念の1枚目〜!先生受け取って下さいっ!」
少し照れながら
私はそう言うと
有無をいわせず名刺を先生に手渡した。
「わぁ、良いの〜?ありがとう」
それが本当に本当に
先生と最後の会話になるなんて。
この時は夢にも思っていなかった。
そして昨日…。
「院長急病により急逝」
病院の貼り紙を見た私は
帰り道、呆然としながら車を運転していた。
もう会えないなんて。
そんなことって。
病院から最初の交差点。
信号は赤…。
私は自分の目を疑った。
前に停まっていた
車のナンバーは
25-25
だった。
25-25は
みるみる涙で
滲んで行った。
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