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そうだ、妄想旅に、出よう

カミュの小説「ペスト」に、こんな言葉が出てくる。
「絶望に慣れることは、絶望そのものよりも悪い」

絶望の中にありながら、絶望に慣れなかった少女が、第2次世界大戦中のドイツにいた。アンネ・フランクは、ユダヤ人狩りから身を隠して隠れ家での潜行生活を余儀なくされている中で、色彩豊かな童話を書き続けた。

「アンネの日記」が有名だけれど、私のうちには、小さいときから、なぜか「アンネの童話」が多く置いてあった。それは両親のチョイスだった。あまりにも平和で、良心に満ちていて、自由な世界を感じさせるお話ばかりで、私は、「人は、どんな状況でも、想像力さえあればどこにでも行けるのだ」と思った。そのおかげで、いまだに脳天気にそう信じているところがある。

私がホームヘルパーをしていたとき、パーキンソン病の利用者さんを受け持った。パーキンソン病にはうつ症状・便秘・立ちくらみなどの症状があって非常に不快なうえ、歩行困難のために外出もままならない。彼は非常に知性があって、それだけに自分がどうなっていくのかわかるから、余計に辛いのだった。
私は、図書館から彼の好きな作家や物語の本を借りてきて渡し、読みおわると図書館に返却するお手伝いをした。本の感想を聞いては、次にどんな本を借りてこようかと話したり、どんな話がいいか聞き取った。彼はときどき「ここには書いていないんだけどさ」といいながら、自分の想像したお話の続きを聞かせてくれるのだった。もしかすると、本の内容よりも楽しそうに。彼は、本を読んだときだけは、あの暗い部屋にいない感じがしたのだ。

感じることだけは、自由だ。どんな状況でも。閉じ込められた日常の中で、アンネにも、あの彼にも、違う世界が見えていたのだと私は思う。想像力さえあれば、人は見たい世界を感じることができる。だから、こんなふうに閉じこもっていることが推奨されるいまは、空想力や妄想力の腕の見せ所だ。

いまの状況に、いっとき絶望するのはいいけれど、それに慣れてしまわないように、全然別の世界に、妄想で旅に行こう。絶望が長引くくらいなら、現実逃避が推奨だ。
地球上で一番偉いわけじゃないけれども、うっとりしたり、ハラハラしたり、ドキドキしたり、ゲラゲラ笑ったり、ボロボロ泣いたり、いまここにないものをリアルに感じることができるのは、人間だけの特性なのだ。いまこそそれを存分に活かして、人間らしく妄想して、ここじゃない世界に旅に行こう。

けっこう、そこから新しい未来が、生まれたりもするんだよ?

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