『転生しても憑いてきます』#28
「あの馬鹿!」
カローナは怒りを顕にすると、騎士の方を向いた。
「王都には連絡したの?」
「早馬を飛ばしております」
「そう。空の武器庫が発見されたのはいつ?」
「ちょうど一時間前です」
「あの大量の武器をいっぺんに持ち出すには、大きな荷馬車が必要ね。それにこの雪道だから、まだ遠くへは行ってないはず。
もしかしたら、早馬が先に見つけるかもしれない。
総員、王都に向って!」
騎士団長に指示された騎士達はハッと敬礼すると、慌ただしく馬に乗って走って行った。
カローナはすぐに屋敷に戻ると、鎧と剣を装備した姿で現れた。
騎士の一人が彼女の馬を連れてきた。
白毛の馬に跨ったカローナは僕を見ると、「カースはケーナの所に行って、私が帰ってくるまでしばらくお邪魔になるように頼んで」と言った。
「姉さん……」
彼女がこれからやる事は分かっていたが、不安でいっぱいだった。
それを察知したのか、ニコッと微笑むと「心配しないで。ちょっと説教をしに行くだけだから」と言って、馬を走らせた。
その後ろ姿はとても勇ましく、儚く散ってしまわない事を祈りながら彼女の姿が見えなくなるまで立っていた。
カローナ達を見送った後、僕はケーナの店に向かった。
ケーナはもう察したのか、何も聞かずに入れてくれた。
店は相変わらず混んでいて、僕は二階にある休憩室にいるように言われた。
階段を上ると、三つ部屋が並んでいた。
右から順に『休憩室』『オーナーの自室』『倉庫』と書かれた看板があったので、僕は階段からあがってすぐの部屋に入った。
中はテーブルと椅子が数個置かれているだけの質素な内装だった。
テーブルの上には水差しとコップが置かれ、僕は一つ手に取って水を注ぐと、ゴクッと一口飲んだ。
ホゥと溜め息をついて、椅子に腰をかけた。
下の階の騒がしい声が微かに聞こえてくるからか、この部屋の静寂さが際立っていた。
僕はジッと少し減ったコップを眺めながら王都に向かったカローナについて考えた。
彼女は裁判長と大司教を殺そうとするコナを止めに行くんだ。
いくら身体能力が高い彼女でも武装した妹相手にいつも通りの攻撃ができるかどうか、心配だった。
もしかしたら相討ち――いや、これ以上は考えるのはよそう。
この部屋は暖炉が置かれていないからか、異様に寒く、思わずクシャミをしてしまった。
そういえば、着替えてなかった。
でも、替えのものは持ってきていないし、誰かに頼もうにもケーナは仕事の真っ最中。
ウェイターもウェイトレスも慌ただしく接客している中、頼むのは気が引けるので、身体を擦って暖めようとした、その時。
――バンッ!
どこからかともなく大きな音が聞こえた。
最初はこぼしたのかと思い、テーブルを見たが、何も変わっていなかった。
――バンッ! バンッ!
また音が鳴ったので、今度は耳を澄ましてみると、窓の方から鳴っている事に気づいた。
鳥が突いているのかなと思い、窓の方をチラリと見た。
その瞬間、なぜこの部屋が外みたいに寒いのか、分かった。
窓には、血塗れの女性がベッタリと張り付いていたからだ。
額からツゥと血の雫が垂れ、鼻の部分に窪みがあった。
そこからも滝のように流れていた。
最初は死体かと思ったが、バンッと音を叩いたので、音の正体はコイツの仕業だという事が分かった。
この怨霊は、おかっぱのでも髪の長いのでもなかった。
コイツは焦点は定まっていないが眼はあるし、丸坊主だ。
また新しい怨霊が襲い掛かかって来たのだ。
鼻の無い怨霊はまたバンと窓を叩いた。
「あーー……」
口をだらしなく開けて、ゾンビみたいな呻く声が微かに聞こえてくる。
――バンッ!
また叩いた。
――バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
今度は何度も叩いた。
「ああーー! ああーー! あーー!!」
段々呻く声が大きくなってきた。
それに比例して窓を叩く力も強くなっているような気がした。
「ああ、ああ、ああああああああ!!!!」
――バンバンバンバンバンバンバン……
ついには発狂したように乱暴に叩いた。
窓が壊れないのが不思議なほど揺れていた。
僕は金縛りにあったみたいに動けなかった。
けど、頭の中は冷静でこの状況を分析した。
この怨霊はおかっぱや髪長みたいに通り抜ける事はできないらしい。
ならば、今の内に部屋を抜け出して、一階に降りれば問題ない。
ヨシと立ち上がって、小走りでドアに向かったが、足を止めてしまった。
「死屍累累阿鼻堕落地獄《じごく》……死屍累累阿鼻堕落地獄……」
ドアの向こうで、不気味なお経が聞こえたからだ。
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