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『転生しても憑いてきます』#29

 最初はお経を聞いて、ホッとしていた。
 お経といえば、お坊さん。
 もしかしたらこの世界にも住職という職種があって、霊気を察して助けに来てくれたと思ったからだ。
 しかし、ドアノブをガチャガチャ回している時点で、違うと思った。
 この部屋は《《鍵穴がない》》。
 だから、ドアが開かないなんて事はあり得ないのだ。
 僕は直感した。
 こいつはあの怨霊と同類だ。
死屍累累ししるいるい阿鼻堕落あびだらく地獄《じごく》……死屍累累ししるいるい阿鼻堕落あびだらく地獄じごく……」
 お経は途切れる事なく、ドアだけが揺れていた。
「あああああああああああ!!!!!」
――バンバンバンバンバンバンバン……
 窓の方では相変わらず、血塗れの怨霊が窓を壊そうと躍起になっていた。
 これはもしかして、いや、確実に挟まれた。
 でも、なぜ彼らは入ってこれないのだろう。
 辺りを見渡しても、魔除けになりそうなものは――と思った時、水差しが目に入った。
 奴らが来る前の時の自分を思い出す。
 確か僕はあの水差しに入っている水を飲んだ。
 水? もしかして水なのか?
 一か八か水差しとコップを持って、まずは血塗れの怨霊の元へ向かった。
「ああああああああ……あ?」
 すると、怨霊の動きが止まった。
 焦点が定まっていなかった両眼が一回転して、何かを注視するように見ていた。
 僕は大きく深呼吸して、コップに水を注ぐ。
「えい!」
 思い切って、窓にその水をかけた。
「あきゃあああああああ?!?!」
 すると、血塗れの怨霊は狂ったように逃げ出した。
 この状況に面を食らったが、急いでドアの方に小走りで向かった。
 お経は続いていた。
 声は少し苛立った様子で、ドアノブを壊さんばかりにガチャガチャ鳴らしていた。
 僕はしゃがみ込み、ドアの下に細い隙間がある事を確認した。
 水差しにコップを注ぎ、その隙間に流し込んだ。
 すると、ピタリとお経が止んだ。
 少し待って、何も起こらない事を確認すると、念のため水差しを持ってドアを開けた。
 目の前に小さな水溜まりがあるだけで、誰もいなかった。
 どうやら消えたらしい。
 僕は濡れないようにまたいで、階段を降りた。
 色々と思考を巡らしながら一階に来ると、いつの間にか大勢いた客はいなくなっていた。
 ケーナがおしゃぶりをチュパチュパしながらテーブルを拭いたり食器を片付けたりしていた。
 チラッと壁にかけてある時計を見ると、もう一時間以上経っていた。
 僕の感覚では10分ぐらいしか経っていなかったけど、怨霊と一緒にいると時間が進むのだろうか。
「チュパチュパ!」
 ケーナが僕に気づいたのか、急いで駆け寄ってきて、おしゃぶりを外して言った。
「今、呼びに行こうと思っていたのよ。着替えとかも渡してなかったから……
 あっ、それよりもお腹空いた? 今、まかないのシチューを……」
「姉さん、この水差しはどこの水?」
「え?……水差し? えっと、凍った川から氷を取り出して、それを温めて溶かして水に戻したものだけど……」
「凍った川?」
 僕はその『凍った川』という言葉に引っかかり、少し考えた。
 が、情報が足りなかった。
「一緒に行きたい所があるんだ」
 僕がそうお願いすると、ケーナは突然の誘いに驚いていたが、いいよと快諾してくれた。

 出掛ける前に温かい服に着替え、スープを呑んで暖まった僕はケーナと一緒にある場所に向かった。
 図書館だった。
 カーメラーに移住して以来、ビーラを失った悲しみを紛らわせるために、よくここで本を読んでいた。
 屋敷よりも所蔵数が多く、一階と二階まで本がビッシリと並べられていた。
 僕はケーナにカーメラー全体の地図と、ここ数年の気象情報がまとめられた本がないか一緒に探すように頼んだ。
 ケーナは喜んで、承諾の意味を表すおしゃぶりを二回チュパチュパした。
 結構な数が列べられているから、もっと時間が掛かると思っていたが、案外早く見つかった。
 僕はカーメラーの地図を広げた。
 地図のほとんどは山や森といった自然に囲まれていて、その中央に町があった。
 隅から隅まで眺め、ある事に気づいた。
 この町を囲うように、そこそこ幅の広い川が流れているのだ。
 王国へと続く公道には橋がかかっているが、それ以外は無かった。
 なるほど、もし敵が攻めてきても、川を渡らないと行けないから、守る側は攻撃しやすい。
 つまり、この町はある意味自然の防壁が備わっているのだ。
 それに飲料水や生活水、川魚も釣れるから食料が安定して手に入る。
 だから、この町はこんなに平和で穏やかなのか――まぁ、それは置いといて。
 僕が水差しに入った水を掛けたら、奴らは恐ろしいものから逃げるように消えてしまった。
 仮にこの水が魔除けの効果があるとして、なぜ三年経った今、再び現れたのだろうか。
 それを知るために、もう一つの本を開いた。
 この本には、この町の晴れや雨といった情報だけでなく、山や川の状態を事細やかに記されていた。
 目次を確認したら、この町が出来てから今に至るまで書かれているのだから、かなり分厚かった。
 僕はケーナに手伝って貰いながら、この三年の気象情報を特に冬に限定して紙に書いてもらった。
 その結果、ある事実が判明した。
 まず、川が凍る事はそう珍しい事ではない。
 だが、僕がこの町に来てからニ、三年くらいは気温はそんなに寒くなく、川が凍っていなかったのだ。
 今年もそんな気候が続いていたが、急激に寒くなった。
 偶然かどうか分からないが、その境目となったのは、クーナが酒場で初めて歌を披露した日だった。
 この情報を踏まえて考えると、こんな感じだろうか。

①怨霊は水が苦手。
②この町は川に囲まれている。
③怨霊は僕を襲いたいが、川のせいで行けない。
④ここ二年は冬でも川が凍っていない。
⑤川が凍ると魔除けの効果が消え、怨霊が町に入るようになる。
⑥怨霊達が大暴れして、今に至る。

 といった考察をしてみたが、まだ謎は残っていた。
 髪の長い怨霊と道連れにして滝壺に落ちた時、ヤツは全然怖がることなく、僕を殺そうとしてきたのだ。
 水の中でも普通に泳いでいたし、僕の考察は外れたのか?
 いや、だとしたら、水をかけただけであんなに逃げた理由が思いつかない。
 もしかすると、怨霊によって水の効果が効く効かないがあるのかもしれない。
 それか水によって、怨霊に効くかどうかが決まるとか?
 うーん、まだまだ謎が深まるばかりだ。
 色々考えていたせいか、グゥとお腹がなってしまった。
 ケーナがクスリと笑った。
「……店に戻ろっか」
 僕はそう言って、図書館を出た。
 とりあえずご飯を食べてから、改めて考えてみよう。

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