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『チャリチョコ』は無関係!映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』の話

映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり(原題『Wonka』)』、結論から言ってしまうと近年のファンタジー映画の中ではトップクラスに感動した素晴らしい快作。

だが、これから観に行く人も、観て想像と違いびっくりした人も、まずはこれを見て欲しい。

『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』劇場ポスター

上部のキャッチコピーに注目。

名作『チャーリーとチョコレート工場』の
ウィリー・ウォンカの若き日の物語

(ポスター及び映画宣伝コピー)

この『チャーリーとチョコレート工場』であるが、これはジョニー・デップ氏がウィリー・ウォンカを演じた、ティム・バートン監督による2005年の映画『チャーリーとチョコレート工場(以下「チャリチョコ」)』の事ではない。
ストレートに言ってしまえば本作のウォンカは、ジョニー・デップ氏が演じたあのウォンカとは無関係である。

本作のウォンカは、原作および原作にかなり忠実に作られた1971年の映画『夢のチョコレート工場(以下「夢チョコ」)』のウォンカ(ワンカ)の青年期の姿だ。

ジョニー・デップウォンカと誤解させる気満々のこのキャッチコピー、
原作となる児童書『Charlie and the Chocolate Factory(訳すと“チャーリーとチョコレート工場”となる)』の事だよ!
という弁解もできるがそもそも日本でのタイトルは『チョコレート工場の秘密』なのでその言い訳も苦しい。

正直、このティム・バートン版『チャーリーとチョコレート工場』とのつながりを思わせ、原作児童文学『チョコレート工場の秘密』や70年代の映画『夢のチョコレート工場』の事を語らない、意図的な虚偽広告の事は100%気に入らない。
案の定感想文やレビュー、上記を知ったティム・バートン作品ファンからは
「期待してたウォンカと違った」
「チャリチョコ関係ないのにこれは……」
という声が多発している。

この配給会社の宣伝姿勢に関しては某演者のファン向けJホラーの売り文句に
“『It』のワーナーが送る”
的な謎の威の借り方をしてた時から首を傾げている。
映画の集客って大変なんだなと思う一方で、騙しやエアプや見当違いの宣伝やコピーは芸術作品を扱う配給会社のやり方として私は好きになれない。
しかも、本作の
「子供に優しくて、親とのチョコレートの思い出を原動力にショコラティエを目指す」
というウォンカのキャラクターは、『チャリチョコ』の
「子供嫌いで、親に菓子を禁じられておりその抑圧への反発からショコラティエとして大成した」
というウォンカ像とことごとく相性が悪い。もう正反対だ。
なので、『チャリチョコ』のウォンカの過去だと思って観てしまうと
「設定が“改変”された!」
「見たかったウォンカのイメージじゃなかった」
と思わせてしまいそうでさえあり、そこも間接的に「(映画自体は良いのに)鑑賞体験にマイナスの味を付与してしまう」という実害の可能性すらある。
本当に作品と観客と、ティム・バートン監督にも誠意がない宣伝だった。
正直同時期に公開されていた『翔んで某関東県2』の方がチャリチョコ成分が強い。

「期待してたチャリチョコウォンカと違ったけど、いい映画だった!」
という意見も多く、配給会社としてはそれで万々歳なのかも知れないし、良い映画体験ができた人もいたのなら、純粋にそれは良い。
でもまあ、配給としてこの「誤解させて動員し結果良ければ全て良し」を狙っていたとしたら、そんなの酒に酔わせてベッドに連れ込み、気持ちよかったなら結果オーライじゃん?なナンパ手法と変わらなくないか?って話ではある。

しかし作品そのものには罪は無い。
そしてこの映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』は、完璧な程圧倒的なファンタジーと美しさと、楽しい楽曲、幸せなメッセージに満ちている。
特筆すべきは、原作を愛する人も、原作を知らない人もすんなり夢中になれる懐の深い作り。更にこの映画をきっかけに「原作にこれから触れてみよう」とたくさんの人に思わせるであろう包み込むような魅力ある余韻だと言える。

今回は、文句無しに老若男女にオススメの『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』について(フィルマークス投稿文に加筆修正)。
※始めに導入部分のあらすじを書いたあと、警告を挟んでネタバレ有の感想となります。


■導入部分のあらすじ

大きな希望と素晴らしいチョコレートとともに、夢を叶えに「チョコレートで有名な」街へやってきたお人好しな若者ウォンカ。
そこは、富めるものは華やかな生活と既得権益を謳歌し、転落したり持たざるものは貧しさや権力に飼い殺しにされる日々を送る場所だった。
悪徳宿屋に追い使われる孤児の少女、通称「ヌードル」や、どん底の労働者達と出会ったウォンカは、皆に希望を示し続ける。三大チョコレート企業が支配する、ウォンカの夢が花開く事が許されないこの地でも尚。

彼には、幼き日の“約束”があったーー。


※以下、ストーリー展開や登場人物に触れての感想となります。ネタバレ注意!!

□こんなシャラメ見たことない!魅力的な“若き日のウォンカ”の笑顔と歌が夢いっぱいにスクリーンを彩る

ウィリー・ウォンカを演じたティモシー・シャラメ氏に関しては、個人的にどこか影のあるというか、複雑な状況の中にある青年役を演じる事が多いイメージがあった。

だが、初めて本作のポスターヴィジュアル、予告編を観たとき、彼のウォンカぶりに驚かされたのを覚えている。
『夢チョコ』でのウォンカは、おじさんになって尚子供の様にいたずらっぽい愛嬌があり、常人には理解できないイマジネーションや奇抜な発想、時にはウィットに富んだ皮肉を見せる変わり者ぶりを併せ持つ。
そんなウォンカの青年期ーーもっと快活で若さ故のバイタリティに溢れ、チョコレート工場の源流であるエキセントリックさも秘めている若者ーーとして、シャラメ氏のウォンカはバッチリなルックだった。
更に映画を観て感じたのは、何より、無邪気で人懐っこい表情と、お人好しな優しさが彼ならでは・作品ならではの脚色として抜群。

彼でなければ、そして吹替も花村想太氏でなければ出来なかった、彼らだから実現できた、新しくも原作をなぞる最高のウォンカだった。

□美しく楽しいオモチャ箱のような世界観!

『ハリー・ポッター』や『ファンタスティック・ビースト』の作り手が携わっているだけあり、思わず見とれてしまう幻想的なデザインや演出はとにかく楽しい。
奇抜で極彩色の一号店の内装は勿論、ブラッククリーニング店のレトロな汚さや機材、従業員らの寮(独房?)の窓の並んだ景色だとか、町並みといった生活空間のデザインにも面白さがあり、絵本のページをめくるように視覚的に引き込まれた。
そこで巻き起こる、チョコレートの“魔法”やドタバタ騒動、ミュージカルシーンはいわずもがな。

デザインと楽曲の多くは『夢チョコ』をしっかりと踏襲している。
『夢チョコ』の発明部屋が、石のレンガの壁に配管ばかりカラフルで年代不明の内装だった理由も、廃墟を買い取ったからだと描写されており、あの配管が引かれるシーンがあったのはびっくり。
オレンジの肌にグリーンの髪のヴィジュアルで登場するウンパルンパのヒュー・グラント氏(と吹替の松平健氏)が渋みのある滑稽さで物語を引き締めるのも印象的で面白い。
また、悪役達の“悪さ”も分かりやすく、全員どこかマヌケで楽しいキャラクター。彼らがどんな風にこらしめられるのか!?とワクワクせずにはいられなかった(笑)。

余談だがチョコレート好きとしては
「某メーカーだけチョコレートは売ってるのにココアを売っていない事に関する都市伝説」
を思い出してしまったな……。

ミュージカルが苦手な人からは結構な割合で
「悲しい場面なのに急に歌で気持ちを表現するのが合わない」
という声を私の周囲では多く聞いてきたのだが、本作の多くの歌唱シーンが
“美味しいチョコレートで幸せになったり、美味しいチョコレートの事を考えているハッピー気分”
や、田植え歌や漁師歌のDNAがある日本人にもスッと入ってきやすい
“労働ソング”
であるため、ミュージカルが苦手な人でもかなり観やすい印象だった。

□ウォンカの「夢」の起源と、夢を未来へつなぐチョコレートの起源


同時期に公開されたディズニー作品も、「夢見る事と夢を叶える事」をテーマにしているので自然と比較してしまったが、個人的に、手段として・考え方として・人として
“夢の叶え方や夢との向き合い方”
において明確に本作の掲げるもの(能動的・諦めない・自分を持つ)の方がディズニー(願いの良し悪しや裏表に言及しない・環境への責任追及・悪者探し)よりも健全に思えるし頷けるし感動できた。

何よりも感動したのは、原作と『夢チョコ』において、ウォンカが「チョコレートを次の世代に残す」ために用いたあのアイテム“金のチケット”。
その起源は、母が残してくれたチョコレートの包みに入っていた金のメッセージカードだった……というラストにハッとさせられた。
ウォンカの母が金のメッセージカードで息子にチョコレートを残し、ウォンカもまた次世代の後継者を選ぶために子供達に金のチケットを送ったのだ。
運のいい子供が引き当てるクジとして描かれてきた金のチケットに意味を持たせた演出が心憎く嬉しい。
彼の原点、そしてチョコレート工場の物語の原点となる、あの金のメッセージカード入りチョコレートと、このストーリーがどこまでも愛しくなる。

そして彼は言う。
あの頃大好きな母と一緒に食べる事で美味しかったこのチョコレートの味は、ヌードルや仲間達と分け合って一緒に食べている今も「同じ味だ」と。

□これから『夢チョコ』を観る人へ


『夢のチョコレート工場』DVDジャケットより

ジャケ写でオーガスタスが吸い上げられているパイプの裏にちらりと見える通り、『夢チョコ』のウンパルンパは本作のヴィジュアルで登場している。
ウォンカが彼らウンパルンパを呼ぶときの道具にぜひ注目。
あとは、産業スパイとされている人物の名前も『ウォンカ』を見てからだと色々想像してしまう。

『ウォンカ』冒頭で、街に来たウォンカがみるみるうちにお金を散財していくシーンがあったが、彼がお金を一枚落として無くしてしまった場所にも象徴的なものが感じられるはず。
(これ多分意図的にあのシーン入れたと私は思ってるんだけど、どうでしょうか??)

本作から『夢チョコ』を観るもよし、原作本を読むもよし、あえて『チャリチョコ』と観比べてティム・バートン作品の味つけを楽しむもよし、2023年にして「チョコレート工場」世界の楽しみ方をぐっと広げた『ウォンカ』は、書店員時代に原作本、そこから映画二作に触れてきた私には感無量の傑作だった。

工場から生まれる魔法のチョコレートでたくさんの人々を魅了するウィリー・ウォンカ。
彼こそ世界一のショコラティエにして、ビターな過去とスパイシーな出会いを隠し味に生きてきた、甘く優しい、チョコレートそのもののような男だ。

とりあえず、ウォンカバーの再販を切に願う。
疲労困憊の朝はウォンカバーひと欠片とエスプレッソで、ホバーチョコくらい翼を授かれるぞ。

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