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映画『X エックス』に感じる退廃とパンク~『Pearl』に繋がる呪縛~

『Pearl パール』を観てきた。
私のA24関連の映画ベストはこの夏『マルセル 靴をはいた小さな貝』に塗り替えられたが、それでも僅差で二位なのが『Pearl』の前作であり、三部作構成の一作目となる『X エックス』だ。
人によっては下世話に映るのは承知の上で言うが、私にとっては悲しく美しく、パンキッシュな力強い作品である。
(なので『X』を観て、性描写が多くて嫌だったとか、ホラー映画としては後半しか楽しさがないとかの感想を持った人には、このnoteは合わない記事の可能性があります)

二作目『Pearl』の期待以上の素晴らしさの余韻と、三作目『MaXXXine』への待ちきれなさでいっぱいなので、今回は最近各種配信サービスに登場した『X エックス』の話を。



『X エックス』日本版ポスタービジュアル

※作品の性質上、性的な内容を含みます。
また、警告文を挟んでネタバレ有りの感想となります。
(フィルマークス投稿に加筆)

■あらすじ


1979年。
名声、金、華やかな生活などそれぞれに野心を抱え、寂れた農家に部屋を借りてポルノ映画を撮影しようとする若者達。
ブロンドの女優と、その恋人である黒人俳優はともに己の演技や体に自信たっぷり。
「これからはポルノの時代だ!」と語るプロデューサーと、素晴らしい映画を撮ろうと意気込む監督の青年。
監督の恋人で音声スタッフとして手伝いに来た女性は、ポルノにやや負のイメージを持つ保守的でおとなしいタイプのようで、皆の雰囲気を不思議そうに見つめている。

出演者の一人、プロデューサーの恋人である主人公マキシーンは、肉体に自信のある俳優らと違い薬物に頼り自己暗示をかけて、自分が特別な人間である、と、理想の自分としての成功を願っている。

到着した撮影場所の農家の主はハワードとパールという老夫婦。
何やら不穏に歩き回り、昔語りを聞かせる二人の“奇行”が次第にエスカレートしていき……。


※以下、本編の内容や展開に触れる感想となります。ネタバレ注意!


暗喩に富む音楽やテレビからの音声がまず見事。
登場人物達の行動と平行して流れてくるこれらが、全くノイズにならず、また明確に分かりやすく様々なシーンを盛り上げる。私は当時を知らないけれど、80年代を感じる曲の数々も心地良い。

めちゃくちゃ遠くからの「引き」のカットや、点滅のように映すシーン等、映像もかなり面白い。
気合いの入ったゴア描写はいわずもがな。

“B級スプラッタ”とか“殺人老夫婦もの”みたいな所だけを期待して観た人の中には、殺人が始まるまでの群像劇を「冗長だ」とか「性描写が多すぎる」と感じる人もいるかもしれない。
しかし個人的には、この映画の炙り出したテーマを考えればこそ、無駄なシーンは一切感じられなかった。

若者達の享楽的で野心的なやりとりも、老人の昔話も、音響スタッフの女性の心変わりも、マキシーンの水泳も。

若者達が(ひいては観客もかも知れない)当たり前に、既得権益の行使のように捉えていた
「保守的な世の中に背いて謳歌し、肉体美や精力に自信たっぷりに肌を出し、行為を売り物にまでしている“性”」
を、老夫婦がどんな思いで見ていたか。

ハワードとパールはただ、
「老いが受け入れられないから、羨ましくて憎たらしくて若者を殺している、老いる事への悪あがき老人」
ではないように思える。

二人は、活力と美に溢れた最も若かった日々を、戦争時代という世の中のせいで抑圧され失った。
そして気がつけば二人は老い、ハワードの心臓の衰えで満足に愛し合うことも出来なくなっている。
老夫婦もかつて目の前の若者達同様持っていた若さとエネルギー、謳歌するはずだった美しさ。それなのに。

スターを目指して華やかになろうと化粧をするマキシーンの最新の化粧品と、暗い部屋で埃を被り、夫に応じてももらえぬ主人とともに古びていくパールの古い化粧品の対比に心が痛む。
ここが一番好きなシーンだ。
美しく化粧をして、特別=エックスファクター、を望む女性二人。
当たり前に若さを謳歌するマキシーンと、若さを時代に踏みにじられ、化粧した姿を愛してもらう事さえかなわなくなってしまったパール。

謳歌できないまま若さを失ったという不当さに悲しみがあるからこそパールは言ったのではないか。
「私は何もしていない」
と。

エンドロールまで見れば分かるが、主人公マキシーンとパールは一人二役である。
この事を知ると、パールの最後の言葉
「お前もいずれこうなる」
が皮肉とリアリティを持った変化球のように一層際立ってくる。

私としては、老人による殺人をテーマに、何か良い事言ったような素振りでその実老人描写の嫌悪感しか残らなかったNetflix『オールドピープル』や、人間の闇を取り上げる社会派のポーズをしつつもただただ客観的に惨状を映し後味の悪さを残すのを問題提起ヅラしてるような虐待モノ邦画と比べて、人として遥かに胸を抉り、考えさせられた作品。

X、それはエックスファクター(=特別な素質)。
マキシーンが自己暗示の中で欲し、パールが夫に求めた言葉。
パールは、マキシーンを“自分と同じ”と感づいていた。
二人の女が渇望した“特別さ”を比べればこそ、マキシーンが「改心」しない強気なラストも、そして、前日譚で描かれる若き日のパールも、より強いインパクトを与えてくれる。

マキシーンは“特別”な実感を得られるのか、それとも手に入れることができず 第二のパールになってしまうのか……。

前日譚『Pearl』に続く三部作ラストは『MaXXXine』と明かされている。
惨劇を生き残り夢を追うマキシーンの物語であり、きっとXXX=過激な本能の物語であろう。

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