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開かれる肉体、内なる美……映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』(ネタバレ有感想・考察)

クローネンバーグ作品に触れたのは、確か小学生の頃だ。
大好きな『ミュータントタートルズ』に登場するキャラクター、バクスター・ストックマンの元ネタ映画『ザ・フライ』のテレビ放送だかレンタルビデオだかを親が観ていて、
「これがハエ男か!!」
となった恐怖と衝撃を覚えている。
『ビデオドローム』をはじめ、監督を意識して作品群を観始めたのは20代になってから。

映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』、予告編とフライヤーを目にした時から楽しみにしていた作品。
第一印象は
「何だあの椅子みたいなやつは!そして何だかエロそうだな」
であった。
公式サイトを見、音楽にも期待が高まっていた私は、グランドシネマサンシャインでBESTIA上映があると知り、初日での鑑賞を先伸ばしにしてまで、池袋に行ける日取りでのBESTIA鑑賞をとった。
(チケットとるときになって目を疑うPG12。あの官能的な雰囲気かつクローネンバーグ作品で!?)

観てみた結論から言うと、フラットな気分で何となく鑑賞して派手に盛り上がれる娯楽映画!ではないだろうし、監督のファンとそうでない人では鑑賞のスタート地点が異なる(進んでる遅れてる、とかではなく、雰囲気慣れとか監督の色への期待値等の差がある)ので手放しにはオススメしにくいが、世界観に惹かれたらクローネンバーグ作品初めてでも造型・キャラクター等かなり楽しめると思うし、物語展開の静かなあざやかさと、誰もが考えられうるテーマの身近さは魅力的。
クローネンバーグ作品にしては起承転結とストーリーが分かりやすいタイプかな、とは思う。

今回は、内臓映画でありながらボディホラーと呼ぶにはひと味もふた味も違う、鬼才デヴィット・クローネンバーグの新作映画について、まとまらないが溢れ出す感想を。

※簡単な世界観とあらすじを書いた後、警告文を挟んでネタバレ有りの感想・考察となります(filmarks投稿文に加筆)。


■あらすじ


近未来。
人類の肉体は環境に“適応”し、痛みを感じなくなっていた。
そんな世界で一人痛みに苛まれながら、新しい臓器が体内に次々と生まれてくる男ソールと、彼の新臓器を摘出するパフォーマンスを行う女カプリース。
肉体を切り裂いて見せる公開手術は娯楽として行われ、痛みを感じぬ人々は肉体の損壊や改造に何らかの恍惚・陶酔・意味を見出だしている。

変異してきた「人」という種が人であることを観察する為、「人」でなくなる事があってはならない為、政府はとある“管理”を行っていた。

これは、肉体の、傷の、臓器の意味と価値が変わり果てた奇妙な世界の物語ーー。

以下、流れに触れての感想を書き、その後確信に言及するネタバレ有りの感想・考察となります。
ネタバレ注意!!


□内臓が疼き、流血と肉体の歪みに目を覆いたくなるも、瞬きさえしたくない100分の葛藤

退廃と耽美を血管で繋いだような、生々しい肉感的世界観は圧倒的。
俳優陣の影のある美しい演技と、世界観に沿った音楽が抜群の雰囲気を作り上げている。

医療機器らしき物体の目をみはる未来の技術はどこまでもシステマティックで高度であるが、それらの機器の外観はおぞましさを覚える程に有機的で、生殖器さえ思わせる。
まずこの世界観の質感が良い。
技術革新=洗練されゆく無機的変容、という従来のSFイメージに対し、グロテスクに有機的に発達した様相は、主人公ソールにあらわれている“体質”にも通ずる感じを受けた。

それらや人体切開・解剖シーン等のルックの強烈な美しさと衝撃だけでなく、芸術家、政府、人類の「適応」に新時代の思想を抱く人々らの多重構造の物語も重厚で魅入られていく。

失った機能であるはずの“痛み”を伴ってまで起こる新しい肉体の変異は「進化」か。
こうあるべきと望み高尚な生命体になろうと肉体に手を加える思考は「進化」か。
人間が人間でなくなるのは、一体どこからなのか。

その証左を問うかのようなラスト、観客は何を感じとるか(私にとっては新たな時代と思想の幕開けのように映った)。

「高いところの葉を食べようとした結果、首が長い生物になれた」のではない。
「高い所の葉を食べるのに有利な形質に生まれついていった首の長い個体群が生存競争を生き残り、種としての地位を確立した」のだ。
現代においても、進化や適者生存を誤解している人は多いが、この作品の人物達にも似たようなものを考えさせられた。

ふと、以前、無痛分娩で出産した友人が
「無痛分娩の方が絶対にいいけど、無痛分娩しか無い世の中になったら、敢えて産みの痛みを味わいたいと思う人が出てきそうな気がする」
と言っていたのを思い出しもして。

□絡み合う人々の思惑と、“これから”を思わせるラスト(ネタバレ有考察)


私は技師の二人組の女性がとてもお気に入りだったが、この二人、医療機器メーカーのような機関で働いている技師としての顔の裏側に、とんでもない正体を隠していた。

裏の顔、といえば、ストーリー上での驚きとなるのはまず臓器登録所の奇妙な女性スタッフ、ティムリンである。
政府による内臓登録の職に就き、人が人の枠を越えないよう見張りながらも、新しい臓器を次々と作り出すソールに惹かれるティムリン。
職務と美意識にある種危険な触れ幅のある印象的なキャラクターだった彼女の“更なる裏の顔”が、解剖ショーの遺体に手回し(遺体の少年が生まれもっていた、プラスチック消化器官が人々に知れ渡るのを阻止する為に遺体の内臓を入れ換えていた)した実行犯である。

ティムリンによる遺体の臓器入れ換え(入れておいた臓器にはタトゥーがある=政府が登録済みの臓器であり、新しい器官ではない)により、環境保護の為の(プラスチックや廃棄物を食べ消化する)人工臓器を持った親から生まれた子が先天的にその臓器を持って生まれてきた、という人類の“進化(※敢えてこう書く)”は揉み消された。

そしてこの事実が闇に葬られたと同時に、少年の父であり「環境保護の為のプラスチック&廃棄物食い人間に進化しよう」集団のリーダー、ラングは暗殺された。
そして彼を殺した二人組こそ、普段は医療機器メーカーで働く二人の女性職員だ。

つまり彼女達は、人類の肉体の変異に寄り添い管理する道具を手がけながらも、行きすぎた(政府の物差しで見たとき「人類を超えた」)変異を世間から揉み消す役割をも担っていると考えられる(ティムリンの仲間ないし部下のようなつながりかも知れない)。

クライマックスである解剖ショーの失敗から、物語ははっきりと政府の所業を明かす。
そしてここで、これまで政府の捜査に秘密裏に手を貸してきた主人公ソールの心に、何らかの変化が起きたと考えられる。

映画のラスト、ソールは、人体改造や進化による臓器を持つ“新人類”以外が食べたら死ぬとされる、産業廃棄物の食品を口に含む。
そのソールの表情を映し、映画は幕を閉じるわけだが、この後の様々な展開が想像できるラスト、私個人としては
「ソールが政府の“進化狩り”とその考え方に対して反旗を翻した」
もののように思えた。
それまでのソールが政府の捜査に協力していた理由ははっきりとは描かれていない(と記憶している。何か語られていたら教えて下さい)。
しかし、劇中でソールは、次々と己に生まれてくる内臓の中に「機能」を持ったものがあるのを発見していた。そして体系化した複数の臓器が=人として全く新たな能力が、生まれてくる可能性さえあるという事も。
「加速進化症候群」とされるソールは、遺体の少年と同じ“新人類”側なのだ。彼は、人々が失った「痛み」を持ち、それとともに新たな臓器を生み続けている。
これはつまり、痛みを失うという誤った進化をもう一度リセットしていて・かつ世代を経ずとも新たな機能を次々に肉体が作り出し進歩していくという、最も進んだ人間なのではないか。

ソール自身も、「進化」した存在である新人類と言える少年に、何らかのシンパシーを感じていたと私は思えてならない。
だから、政府の手によって少年の進化が、新しい能力が黙殺され闇に葬られた事で、ソールの中の“新人類である”という誇り?本能?のような自覚に火がついたのではないだろうか。

そしてソールは、己が新人類だとーー己に生まれゆく新しい臓器が、新人類しか耐えられない猛毒の食品に同様に耐えられる事をーーを証明するかのように、政府の保守的な“切り捨て”と進化への見て見ぬふりへの怒りを表すかのように、あの紫色のバーを口に含んだ……のではないだろうか。

常人なら嘔吐し即死するそれを、まるで味わうかのようなソール。
彼は死に、痛みや呼吸の苦しさから解放されたのか?
それともあの表情は、彼の「内なる美」ーー人類として最も新しい臓器ーーが、新人類として猛毒を糧に出来る手応えを感じた、進化の勝利宣言なのだろうか。

グランドシネマサンシャインBESTIAスクリーンにて、朝一番の脳に衝撃と美と、変わらぬクローネンバーグ味のへんてこりんグロテスクを叩き込まれた翌日これを書いている。
気持ち悪く、不可解で、不気味な映像のオンパレードに精神をえぐられたが、私は再びこの感覚を味わいたくて、既に二度目を観に行く予定を立てている。
えぐられた傷の感触に、美しさと恍惚の体験を覚え再び肉体の切開を求める痛み無き人々のように。


クローネンバーグ、齢80にして衰えぬ前衛芸術。
(サムネイルのパンフレットは本当に最高なので買って良かったです。
パンフレットを読むためには“外側を開いて、中身を取り出す”という動作が必要なつくりなのが、もう最高の付録。かっこよすぎる!)

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