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【怖い商店街の話】 伝言板

前に親父と商店街を歩いていた時のこと。

「昔、ここに親戚のばあさんがやってたたばこ屋があったんだ」

そう言って指差したのは、ただ自動販売機だった。
親父は笑いながら、自動販売機が置けるだけしかないスペースに、たばこ屋があったのだと言った。
親父も若い頃に、小遣い稼ぎでよく店番をしていたらしい。
中は身動きが取れないほど狭くて、ほとんどの時間を店の外にいたと笑った。

その小さなたばこ屋の向かいに、かつて伝言板が設置されていたらしい。
駅にあるような黒板とチョークが置かれて、誰でも自由に書くことが出来た。
携帯がなかった時代、「落とし物」「預かり」「待ち合わせ」「伝言」に使用されていた。

「○○へ 少し遅れます。○○より」

「うさぎの刺繍が入った小さな白い手袋。××喫茶店まで」

そんな伝言が、書いては消されていた。
親父も、暇になると伝言板を見に行ったそうだ。

ある時、学生の男女が手を繋ぎながら伝言板の前で立ち止まった。
彼女の方は男の腕に絡みつくように寄り添って、幸せそうにニコニコ笑って話しかけていた。
一方、男の方はただ頷きながら微笑んでいた。

彼女はチョークを手に取ると、伝言板にハート付きの相合傘を描いて、左右に名前を書いていた。
どうやら彼女の方が、彼に夢中のようだった。
浮かれた様子の彼女と、終始変わらず微笑むだけの彼は、どの店にも寄ることなく帰っていった。

伝言板に近づいてみると、相合傘の左右には「アイ・イッペイ」と書かれていた。
親父は青春を感じていたようだが、その相合傘も次の日の朝には消されていた。
ラクガキは問答無用に消されてしまう。

翌日、彼女は相合傘の消された伝言板を見て、怒った様子で舌打ちしていた。
彼女たちは学校が別々なのか、待ち合わせによく伝言板を使っていた。
彼女は学校帰りに伝言板に来ては、彼宛てに伝言を残していたようだ。

「イッペイくんへ 学校帰ったら遊びに行くね(待っててね♪) アイより」

彼女が立ち去って一時間ほどして、彼は伝言板の前に立ち止まり、彼女のメッセージを受け取っていた。

律儀な彼は、彼女からの伝言を確認すると、その文字をしっかりと消していった。
そして、それを見ていた親父が彼と目が合うと、彼はそっと会釈して去ったそうだ。


週末、ご機嫌な様子で彼女が伝言板の前に来た。

「イッペイくんへ 日曜日は12時に駅で待ち合わせ!(映画行きたいな♪) アイより」

と書き込んでいた。

その様子を見ていた親父と目が合うと、彼女は睨むように見つめて走り去っていった。
あまりのギャップに、親父は驚いたという。

時々書かれていた書き込みは、次第に週に一度、三日に一度と頻度を増していった。

「イッペイくんへ 今日の20時に電話をかけていいかな?(声が聞きたいよ♪) アイより」

「イッペイくんへ 明日、ちょっと遅れます(ごめんね♪) アイより」

「イッペイくんへ 今日はちゃんと電話ください(絶対に♪) アイより」

彼女の書き込みが、日を増すごとに雲行きが怪しくなっていった。

「イッペイくんへ どうして、昨日来てくれなかったの(ずっと待ってたのに) アイより」

「イッペイくんへ 変な噂を聞いたの。電話ください(早く早く) アイより」

また別の日、狭いたばこ屋の中で座っていた親父は、伝言板の書き込む音に気づいて外に出た。

伝言板の前にはまた彼女がいて、握ったチョークを叩きつけるように、力いっぱい伝言を書いていた。

彼女は力を入れすぎて、手が震えているように見えた。
ついに、ポキリと音を立ててチョークが折れた。

地面に落ちたチョークの欠片を見つめ、彼女は手にしていたチョークも地面に捨てて去っていった。

その時、伝言板に書かれていたのは、

「イッペイくんへ 女の子と歩いているところ見ちゃった。浮気は許さない(酷すぎる、死んで償え)」

震えた文字は、彼女が相当怒っていることを表していた。

そして、彼女の名前が消えたことに気づいた。

それからの伝言板の内容は、見ているこっちが怖くなるほどだった。

「ユカリとかいう女、絶対に許さない!(イッペイくんを取るな)」

「あの女もイッペイも絶対に許さない(もうどうでもいい)」

「あいつら死ねばいいのに(死ね!!)」

その伝言を目にした通行人や商店街の人らが問題視し、ある時彼女が伝言板にやってきた時に管理者の男性が注意をしていた。

「お嬢ちゃん。この伝言板はみんなが目にするものだから、死ねとか書くのはやめなさい」

だが、彼女はその声が届いていないのか、彼女はチョークを握りしめて、一心不乱に伝言板に書き込んだ。
一文字一文字、叩きつけるように文字を書き、途中でチョークが折れて半分になった。

「もっと優しく書いて。チョークが勿体ない」

そう言いながら、管理者は折れて地面に落ちたチョークを拾った。
彼女は気にせず、半分のチョークでまた力強く書いていく。
すると、またその半分のチョークが折れて地面に落ちた。

「こら! 聞いているのか」

管理者は彼女にそう叱ったが、彼女の耳には届いていない。
彼女の目にはもう伝言板しか見えていない様子だった。

伝言板に書かれたメッセージは、
「ユカリもイッペイも消えてなくなれ。死ね」

「死ね」と書いた途端、管理者は彼女からチョークを取り上げた。

「死ねなんて書いちゃダメだろ!」

管理者は、彼女に向かってそう叱った。
彼女はそこで初めて管理者に気づいたのか、ゆっくりと管理者に向かって顔を向けた。

「邪魔しないで。おっさんも呪い殺しちゃうよ?」

彼女は完全に気が触れていて、目は見開き血走っていた。
管理者の男性は、あまりの彼女の形相に怖気づいてしまった。

そして、彼女は小さくなったチョークを手に取ると、「死ね」と何度も呟きながら伝言板を埋め尽くすほど書き殴った。
管理者は我に返り、彼女の腕を掴んで必死で止めた。

しばらく抵抗していたものの、彼女は諦めたのか急に体が脱力して、そのままトボトボと商店街を去っていったのだった。
その様子に親父も通行人も唖然としていた。

彼女はあまりに力強く書くもので、何度か黒板消しをかけなくては跡が残ってしまうほどだった。

その夜、親父は商店街にある馴染みのラーメン屋で夜食を食べていた。
ラーメン屋の大将のおごりで、餃子をつまみにビールを飲みながら世間話をしていた。
気づけば夜も更け、親父はほろ酔い気分でラーメン屋を後にした。

商店街の他の店はすでに営業時間が終わり、シャッターが閉じていた。
ちょうど伝言板が見えて来た時、その前に誰かが立っている姿が見えた。
近づくにつれ、それが誰かわかった。

あのアイという彼女だった。

昼間に彼女が書き込んだ恨み言は、すでに管理者に消されて跡も残っていなかった。
また何か書き込むのかと思いながら、彼女との距離が近づいて来た。
すると、彼女は向きを変えて、何も書かずに親父の横を通り過ぎていった。
その表情は恐ろしいほど暗く、目は虚ろで視線は定まっていなかった。

始めてみた時の、あの幸せそうな彼女とはまるで別人だった。

その翌日だった。
親父がたばこ屋にやってくると、伝言板の前には人だかりができていた。
その中には管理者の姿もあって、親父は挨拶をしながら人だかりをかき分けていった。

「おはようございます。みなさん、朝からどうされたんですか?」

そして、伝言板を目にした瞬間、親父はしばらく唖然としたそうだ。

何故なら伝言板の一面に、「呪」という文字が埋め尽くされていたから。
「預かり物」の伝言も、上から呪という言葉で上書きされ、地面には砕けたチョークがいくつも転がっていた。

そして、何より恐ろしかったのは、爪で引っ掻いたような跡と血と剥がれた爪の欠片がこびり付いていたことだった。

それほどまでに、「呪」いを込めて書いていたのだろう。

管理者の男性は困った様子で、彼女の書いた「呪」いの文字を黒板消しで消そうと試みた。
だが、文字はまるで消えなかった。
見かねた総菜屋の店主が雑巾を持ってきて、伝言板にこびりついた爪と血をふき取った。

「あの子が来たら、問いただしてもっと注意しなくては」

管理者はそう言って、何度も何度も黒板消しで黒板を往復させていた。

だが、彼女は学校が終わる時間になっても現れなかった。
夜になり、親父が巡回していた管理者の男性を見かけ話しかけると、どうやら彼女は現れなかったようで安堵していた。

それなのに、何故か翌日伝言板に行くと、そこには血の混じった「呪」の文字が埋め尽くされ、黒板をえぐるような爪痕と血が滴っていた。

「呪イ殺シテヤル(ケシテモムダ)」

そう書かれていた。

何度も「呪」を消し、跡を残しながらも消しては帰るというのに、次の日にはまるで浮き出てくるのだった。
彼女の姿は、誰も見ていないというのに。

そんな伝言板を気味悪がり、商店街の関係者の話し合いで撤去が決まった。

しばらくして、彼女は自殺をしたという事実を聞かされた。
それも親父が最後に伝言板で彼女を見かけたあの夜に。

その後、伝言板は撤去された。

そういえば、さんざん彼女が伝言板に彼に対して書き込んでいたが、親父は伝言板の目の前で商売していたにも関わらず、彼の姿を見たのは二度だけだったという。

彼女たちは、本当に恋人同士だったのだろうか。

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