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【怖い商店街の話】 薬局屋

近頃、全然眠れずに困っていた。
元々人手不足で多忙だというのに、一身上の都合や結婚で退職者が続き、激務に拍車がかかっていた。
家に帰りベッドで横になっても、何故か体は疲れているというのに、脳が覚醒して眠ることができず、ゴロゴロと体制を変えているうちに外が明るくなってしまうのが日課だった。
気がつけば、メイクでは隠しきれないほどの隈が目の下に出来ていた。
会社の同僚からも、ひどい顔をしていると言われてしまった。

何とかしなければ。

同僚に不眠症だと相談すると、温かいものを寝る前に飲むといいと言われたが、すでにそれは実行済みだった。
次に、睡眠薬はどうかと言われたが、私には抵抗があった。

最後に、漢方薬はどう?と提案された。
薬だけれど、自然の生った薬草を煎じて飲む漢方薬なら、体にも安心かもしれない。

そう思い、近場で漢方薬を処方してくれる薬局屋を探した。

すると、近所にある商店街の薬局屋で、漢方薬を処方してくれることがわかり、会社の帰りに寄ってみることにした。

とはいえ、その日も仕事がなかなか終わらず、会社を出た時にはすでに九時を超え、駅を降りた時には十時近かった。
営業時間なんてとっくに終わっているだろうと思いながら、私は商店街に向かった。
その商店街は、駅から私が住むマンションの反対側にある。
だから、引っ越した当時は行ってみようかと思っていたけど、仕事が忙しくなって一度も行くことがなく今に至っている。

夜道をポツポツと歩いていると、アーケードの円形の屋根と灯りが見えてきた。
けれど明りは弱々しくて、入り口付近の店はシャッターが閉まっているのが見えた。
私は落胆した気持ちだったが、そのままアーケードの中に入っていった。
アーケードはずっと奥まで続き、両脇の店はほとんどシャッターが閉まっていた。
他に誰も歩いておらず、コツコツという私の足音が響く。
営業時間が終えて閉まった店もあれば、シャッターの上からテナント募集の貼り紙が貼られた店もあった。

閉め忘れたのか、シャッターがわずかに開いている店もあったり、商店街の途中にお地蔵もあったりと、変わった商店街だというのが私の印象だった。

やっぱり閉店してしまったのだろうか。

今日こそはゆっくりと眠りたかった。

そう思った時、一軒の店のシャッターがまだ開いていて、店の明かりが外に漏れているのが見えた。
地図を見れば、ちょうど薬局屋がある場所で、私は足早にその明かりに向かって歩いた。

その店も、すでに半分シャッターが閉まっていたが、お目当ての薬局屋だった。
看板には漢方薬と書いてある。
思ったよりも、こぢんまりとした店だった。

私は、シャッターが開いている方のドアをそっと開けた。
店内には、誰もいないようだった。

「すみませーん」

声をかけたが、誰も出てこない。

私はもう一度、「すみませーん。漢方薬が欲しいのですが」

そう声をかけながら、私はレジの方へ歩み寄った。
レジの奥にはガラスを通して部屋があり、大きな棚のようなものが見えた。
入り口には「調合室」と書かれていた。

「いらっしゃい」

突然、レジの横から慌てた様子で白衣を着た大柄の男性が出てきた。

「すみませんね。閉店準備をしていて。それで、何か御用かな」

大柄の店員は、レジカウンターに手をつくと身を乗り出すようにそう言った。

「こちらで、漢方薬を調合してくれるって友人に聞いたんですけど」

「調合? ああ、しますよ。私、薬剤師ですので、ご希望とあれば」

大柄の店員は、レジの後ろにある調合室を振り返りながらそう言った。
私は、不眠症に効く漢方薬を調合してほしいと大柄の店員に頼んだ。
すると、大柄の店員は私の事をじっと見つめたあと、

「私が調合している間、ここに住所と名前と電話番号を書いておいて。あなたのカルテを作るから」

と、レジカウンターの下から取り出した白い紙とペンを私の前に置いた後、大柄の店員はドアの向こうの調合室に入っていった。

「薬局屋でカルテなんて書くんだ」

そう思いながら、私は言われたままに白い紙に名前と住所と電話番号を書いた。

窓ガラスの向こうに、大柄な店員の姿が見える。
棚に並んだ引き出しやガラス瓶から、見たこともないような薬草をいくつも取り出していた。
ゴリゴリ、ガリガリと鈍い音が聞こえる。
何かを粉々に叩いているような大きな音まで聞こえた。

「大丈夫かしら」

なんだか不安になって来た頃、大柄の店員が調合室から薬局屋の名前が書かれた小さな紙袋を持って出てきた。

「お待たせしました。こちら一回分になりますので、今夜全てお水で服用してください。飲めば数分で睡魔がやって来て、それはもうぐっすりと眠れますよ」

大柄の男はニタリと不敵な笑みを浮かべて言った。
その顔に、私は少し背筋が寒くなった。

「万が一、その漢方薬で効き目がなければ、また来てください。あなたに合った漢方を、見つけていきましょう。お大事に」

大柄の店員は、そう言って頭を下げた。

「ありがとうございました」

私はお金を払い、漢方薬をバッグに入れて店を出た。

家に着くと、すでに夜の11時過ぎ。
一息入れる暇もなく、浴槽に湯を張り入浴を済ませる。
湯に浸かっている時は、温かさと湯の心地よさで眠気を感じるが、ここで寝ては確実に溺れてしまう。

それに一人暮らしの私は……。
想像しただけで恐ろしい。

だから、入浴は手短に済ませることにしている。

そして、いつもなら寝酒を一杯といくところだけれど、今夜はやめておくことにする。
テーブルの上に、水の入ったグラスと薬局屋で購入した漢方薬の袋を置いた。

紙袋の中には茶色い半透明な小袋が一つだけ入っていた。
けれど、その中には錠剤を砕いたような白くて粗い漢方と、細粒状の僅かに色の違う漢方がまるで一回分とは思えないほどの量が入っていた。

大柄なあの薬剤師は、一回で飲んでくださいと言っていたけれど、私は怖くて半分だけ口に入れると、水で胃に流し込んだ。
味は今まで口にしたことがないほどの苦さだった。

そして、テレビをつけて数分すると瞼が重くなり、睡魔が襲って来た。
ここまでは毎晩あることだけれど、ベッドに横になるとどうも眠れない。
体は疲れているはずなのに、脳が眠らないのだ。
私はテレビを消して、ベッドに横になった。

いつもよりも睡魔が強い気がする。

ゆっくりと、体と脳が眠りに落ちていった。

それは久しぶりの感覚だった。

三時間ほど、深く眠ったのだろうか。
僅かに聞こえた誰かの足音に気づき、わたしは目がわずかに開いた。

部屋はまだ暗く、ぼんやりと天井が見えた。
疲労のせいか、寝ぼけているせいか、体はまったく動かせなかった。

ふと視界の隅に、何かの影が見えた。
何だろうと思いながら首を横に傾けると、ベッドの横で誰かが立っていた。
視線を上に流すと、あの薬局屋にいた大柄の男が私を見下ろしてニタニタと笑って立っていた。
私は息を飲んだ。

大柄の男は、不気味に笑いながら私に覆いかぶさってきた。

私はとっさに悲鳴をあげて、ベッドから勢いよく飛び上がった。

すると、大柄の男の姿はなく、ただただ真っ暗な部屋が広がっていた。
夢か。
安堵すると同時に、私の体はガタガタと震えた。
悪夢のせいかと思いきや、よく見るとカーテンがわずかに揺れていた。

ベランダの窓を閉め忘れたのだろうか。

外からの冷たい風で、部屋が冷え切っていた。

私はベッドから立ち上がり、揺れるカーテンをめくると、予想通り窓ガラスがほんの少し開いていた。

その時、あることに気づいた。
窓ガラスの外側に、大きな手の指紋の跡があることを。
窓を開けてベランダを見ても特に変わったことはなく、部屋の中も別に異変はない。
大きな手の跡は、前からあったものなのか。
よく覚えていない。

けれど、あの大柄の男の夢があまりにリアルで、調合されたあの漢方薬のせいで幻覚を見たのかもしれないと思った。

それから、私は怖くて眠ることができずに、そのまま朝になってしまった。

私は、もう一度あの薬局屋に行くことにした。

仕事をどうにか早く終え、まだ商店街が賑わっているであろう時間に。
商店街につくと、シャッターが閉じている店は存在したが、ほとんどの店がまだ営業をしていて、アーケードは買い物客で賑わっていた。
商店街の途中にあるお地蔵さんには、昨夜とは違うお供え物が置いてあった。

その先を進んでいくと、昨夜の薬局屋の看板が見えてきた。


見れば、薬局屋の周りには野次馬が集まっていた。
店の中では、白衣姿の痩せた男性と一人の警察官が話をしていた。

白衣の男性は、昨夜とは別の男性だった。
私は店の中に入り、昨夜調合してもらった飲み残しの漢方薬と苦情を告げた。

すると、白衣の男性は小袋に入った漢方薬を見て、
「私が調合したものではありませんね」と言った。

「はい。昨日の夜に、大柄な男性店員さんに作っていただきました」

そういうと、白衣の男性は怪訝な顔をした。

「昨夜と言いました?」

「はい」

「この薬局屋は、昨日定休日だったんですよ。それに従業員は私とアルバイトの女の子だけ。実はですね、昨日の夜、この店に不審者が入り込んで、店の売上金を盗まれてしまったんです」

その話を聞いて、私は愕然とした。

そして、その大柄の男が犯人である可能性が高いと、その場にいた警察官に私は状況説明や人相について質問攻めにされた。

私はあの大柄の男の顔をはっきりと覚えていた。

脳裏に残ったあの悪夢が役には立った。

私が調合されたあの漢方薬の正体は、精神を安定させるものであったが、大量に砕かれた白い欠片は、店で一番効力の高い睡眠導入剤であった。

そして、昨夜書いた私の個人情報は、店のパソコンに一切載っていなかった。

白衣の男性は、安全な不眠症の漢方を調合してくれると言ったが、私はやっぱり断った。

家に帰る途中、あの大柄な男が現れるのではないか、待っているのではないかとビクビクしながら帰った。

戸締りは、これでもかというほど入念に確認した。

窓ガラスが風に振動する音に肩が揺れ、家具の軋む音にも反応してしまった。

私の精神はかなりすり減ったが、幸いあの大柄の男が現れることはなかった。


少しして、ようやく大柄の男性は捕まったと、あの日の警察官から聞かされ安堵した。

けれど、根本的な問題は解決できたわけでもなく、私の眠れない夜は続くのだった。


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