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雪の日

連日続いた雪で、町はどこもかしこも真っ白だった。
仕事の帰り、駅を出て空を見上げるとまだチラチラと粉雪が降っていた。
路面には人の足跡と車のタイヤの跡がくっきりと残り、壁際には雪かきで積み上げられた雪が山となってずっと続いていた。
街灯の明かりが反射して、夜道の雪はぼんやりと光って見えた。
俺はザクザクと雪を踏みしめながら、家に向かって歩いていた。

後方から雪を踏みしめるタイヤの音が聞こえて来た。
振り返ると、一台の車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
雪道でそれほど広い道ではないというのに、その車はかなりのスピードを出していた。
車はクラクションを鳴らしながら近づいてくる。
俺は身の危険を感じ、思わず電柱の影に隠れようとした。
その時、俺は雪に埋もれた何かを足で踏み、その拍子にバランスを崩した。
すぐに電柱に手をつき転倒は免れたが、嫌なものが脳裏に浮かんだ。
犬の糞だ。
どうか糞を踏んでいませんようにと祈りながら、遠ざかる車を睨みつけた。

ズボンについた雪を払い、俺はため息をつきながら再び歩き出した。
少しして、今度は後方から雪を踏みしめる足音が聞こえて来た。
同じ家路につく人だろうと、まるで気にも留めなかった。


……ザッ……ザッ……

後方から聞こえる足音がだんだんと近づいてくる。
歩幅が短く、かなり早歩きのようだ。


……ザッザッザッ……

足音が、俺のすぐ後ろまで近づいてきた。
追い抜かれるだろう。
そう思いながら歩いていた。

だがいつまで経っても追い抜かず、足音だけが真後ろで聞こえてくる。
俺は気味の悪さを感じるようになり、振り向くことも出来なかった。


十字路に差し掛かった時、車の有無を確認するために一時足を止めた。
同時に、背後の足音も止まった。
十字路には、大きなカーブミラーがあった。
近くに小学校もあり、子供でも車がよく見えるように大き目なカーブミラーだった。

俺はふとそのカーブミラーに目を向けた。
すると、俺の真後ろに長い髪の黒服姿の女が立っていた。
それだけならまだよかった。
カーブミラーに映った女の顔はえぐれたように潰れ、右腕は関節と逆方向に折れ曲がっていた。
俺は思わず“ヒッ”と息を呑み、猛ダッシュで逃げた。
雪に足を取られて何度も転びながらも、急いで自宅のアパートに逃げ込んだ。
追ってくる気配はなかった。
足音も聞こえなかった。


だがドアを開けて部屋に入った瞬間、インターホンが鳴った。
俺はビクリと体を震わせ、慌てて鍵をかけた。

すると、ドアを開けようとドアノブがガチャガチャと回った。
その勢いは凄まじく、ドアが壊されそうなほどだった。
インターホンが鳴り響く中、俺は恐る恐るドア穴を覗いた。

そこには、あの黒服の女が立っていた。
目も鼻も潰れて原型を留めておらず、亀裂が入った隙間からむき出しの歯が見えた。
パニックになりながらも、とにかく俺は息を潜めた。
すると、諦めたのかドアノブが動かなくなり、インターホンが鳴り止んだ。
俺はホッとして胸をなでおろした。

すると、

……逃げルなんテ許さナい……。

ドアの向こうから、地を這うような声でそう聞こえた。
しばらく沈黙が続いた。
少ししてドア穴を覗くと、足音もなく黒服の女は消えていた。

俺には全く身に覚えがなかった。
だがあの道を通るとまた会いそうな気がして、翌日は別の道を通って帰った。
すると、あの黒服の女は俺の前に現れなかった。


それからしばらく経った頃、まだ明るい時間にその道を通ってみると、俺がちょうど糞を踏んだと思った電柱のたもとに花が添えられていた。
どうやら、そこでは車による轢き逃げ事故があり、若い女性が亡くなった。
そして、その犯人はまだ捕まっていないようだ。

あの日の夜も、そこには花が添えられていた。
それを俺は誤って踏んでしまった。
あの女性はきっと自分を轢いた犯人を探しているのだろう。



幸い、あの日以来俺の前には現れていないが、やはり雪の降る夜には別の道を通ることにしている。

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