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【怖い商店街の話】 骨董品屋

地元の商店街には、変わった骨董品屋がある。
その骨董品屋の主人は、変わった物を集めるのが趣味らしく、店内には見たこともないようなものばかりが売られている。

棚にはどこかの国の工芸品や民芸品が、ガラスケースの中には古い時計や石や古銭が並べられ、店の壁には人物画や風景画が所狭しと並んでいる。

主人は物静かで、いつも店の奥で分厚い老眼鏡をかけながら各国の芸術品の雑誌を読んでいる。
壁に飾られた絵画の間には、大きな振り子時計が飾られていて、振り子の音が響いている。

その骨董品屋には噂があった。
売っているものは、みんな「呪物」だというもの。
買って行った人は不幸になり、再び店に戻ってくるという。

確かに、先日ショーウインドーに飾られていた女性用の革バッグが売れたのに、二ヶ月ほどしてまた同じ場所に戻って来ていた。

ある時、友人の大内と興味本位でその店に入ってみた。
店の前はいつも通ってはいたが、一人で入る勇気はなかった。
入り口の前に立つと、自動ドアが静かに左右に開いた。
店内は相変わらず、一番奥で座っている店主だけで、他に誰もいない。
俺たちが入店しても、店主は何も言わずに一瞬だけこちらを向いた後、また雑誌に目を落とした。

呪物だという噂が本当かはわからないが、壁にかかった肌の白い女性の油絵はあまりにリアルにこちらをじっと見つめていた。
その瞳は今にも瞬きをしそうなほどで、口元は今にも微笑みそうだった。
あまり見つめていると魅入られそうで、俺はその絵から目を反らした。

大内が俺のことを呼ぶと、「あれ、見ろよ」と棚の方に指を差した。

そこに飾られていたのは、大きなツルツルとした表面の、顎には立派な白いひげを蓄え、垂れ目で大きな口を開けて笑っている木彫り面だった。
翁面だろうと、俺は思った。

「俺のじいちゃんに似てるわ」

大内はそう言ってクククと笑った。

「部屋に飾ったら、逆に洒落てるかもな」

「買うのか?」

「買うかよ」

大内は真顔で突っ込んだ。

それでも、大内は翁面が気になっている様子で、しばらくじっと見つめたまま佇んでいた。

ふと、俺は背後に視線を感じた。
振り返ると、さっきの油絵の女性がこちらを見て微笑んでいるように見えた。
途端に俺は寒気を感じ、すぐにでも店を出たくなった。

「おい、大内。そろそろ出ようぜ」

大内はまだお面が気になるようで、俺の声が聞こえていないようだった。
店の奥にいた店主がこちらを見ながらニヤニヤと笑い、俺は気味が悪くて大内の腕を引っ張った。

そこで我に返ったのか、大内は慌てた様子で「な、なんだよ」とこちらを向いた。

「出るぞ」

そう言うと、大内も頷いてそそくさと店を出たのだった。
ドアが開くとき、ふと天井付近の壁に目をやると、そこには一枚のお札が貼ってあったのだった。

大内は、店の外に出てもお面が気になるようで、窓ガラスの外から見ていた。

「そんなに気になるのか? あのお面」

「あれを見てると、なんか声が聞こえる気がしてな」

「なんて?」

「さぁ、わからん」

本当か嘘か、大内は俺のことを見てにやりと笑った。

それから俺たちは商店街のラーメン屋で飯を食い、解散することになった。

ひと月ほど経った頃、大内から電話がかかって来た。

「俺の家に来て欲しい」

それだけ言って電話は一方的に切られた。
久しぶりに聞いた大内の声は、どこか元気がない様子で、怯えたように震えていた。

俺は自転車で急いで大内の家に向かった。
玄関に着きインターホンを鳴らすと、中から大内の母親が出て来た。
母親の顔もどこか疲れた様子で、目の下に隈まで作っていた。

「電話で大内君に呼ばれて。いますか?」

母親は少し躊躇いながら、二階の自室にいるとドアを開けてくれた。
顔色の悪い母親に、俺は「大丈夫ですか?」と尋ねると、母親は少し微笑んで小さく頷いた。

その時だった。
二階から、男の発狂する声が聞こえた。
俺は驚いて二階を見上げ、母親は怯えた様子で耳を塞いだ。

「今の声って、大内君ですか?」

耳を塞ぎながら、「ごめんね」と謝り続けた。

「お邪魔します」

俺は靴を脱ぐと、そのままゆっくりと階段を上っていった。

二階に上がると、一番手前のドアが大内の部屋だ。
突き当りの部屋は妹の部屋で、手前は父親の仕事部屋らしい。
妹は学校だろうか。
廊下は前に来た時と変わらず静かだった。

俺は大内の部屋のドアをノックした。

「おーい。来たぞ」

部屋のドアが僅かに開き、その隙間から大内が顔を出した。
いつもなら、「入って来いよ」と中から声が聞こえて、俺がドアを開けるというのに。

「よ、よう」

俺は右手を軽く上げて挨拶をした。

「おう!来てくれたか!」

一気にテンションをあげ、大内はドアを開けた。
大内の部屋は相変わらず壁にはバイクのポスターが貼られ、床には飲み終えたペットボトルやゴミが散らばっていた。
ベッドの上にはジャージが脱ぎ捨てられ、棚の上には彼女との写真盾が並べられている。
その横を見た瞬間、俺は一瞬心臓が止まりかけた。

写真盾の横の壁には、あの骨董品屋にあった翁面が掛けられていた。

「お前、このお面どうしたんだよ」

大内はニコニコしながら、「しらねぇ。ハッハ」と言った。

「は?」

「気づいたら、俺、このお面を持って部屋に立ってたんだよ。ハッハ」

「パクったのか?」

「まさかぁ。すぐに店に行ったら、ちゃんと金払ったって、あのじいさん言ってたんだ。ハッハ」

大内は何か話すたびに「ハッハ」と笑う。
そんな笑い方をする奴じゃなかったのに。

「それで、来てくれって何かあったのか?」

「お前にこれを見せたくてな。ハハ」

「笑うなよ。心配してきてやってるのに」

「すまん。けど、笑いが勝手に出ちまうんだよ。ハハ」

目も口元は笑っているが、大内の眉間は険しかった。

俺はその表情を見て、壁にかかったお面のせいだと感じた。
手を触れようとした時、大内は怒鳴るように俺を止めた。

大内はお面をどうしたらいいかと俺に相談してきた。
ゴミの日に捨てたが、次の日お面が戻って来ていた。
公園の土に埋めてみたが、やはり次に日には元の部屋の壁に戻って来ていた。
お面には土がついていた。

捨てても捨てても、お面はいつの間にか戻ってきている。

そのたびに、じいさんの笑い声が頭の中に聞こえるという。

それからは毎晩悪夢を見てうなされ、どうしたらいいかわからず俺に電話をかけてきたそうだ。

「それなら、あの店に返したらどうだ。金は戻ってこないかもしれないけど、無理にでも引き取ってもらったらいいんじゃないか」

「金なんていらない。この部屋からこれを追い出したいんだ」

「それなら、今から返しに行くか」

そう言うと、大内は顔色を変えた。

「もう空が暗いから、明日の午前中に行こう」

窓の外を見ると、その日は曇り空で明るくはなかったが、暗くもない時間だった。

「返したいんだろ?」

「そうだ。お前が返しに行ってくれ!」

大内は目を見開きながら笑顔でそう言った。
かなり違和感のある表情だった。
大内は何度も俺に頭を下げ、土下座までしながらも「返して来てくれ」と頼んできた。

その声は、だんだん大きくなり、口調も強くなっていった。

このお面のせいで、かなりストレスがあったのだろう。

俺は仕方なく大内の頼みを引き受け、帰りにあの骨董品屋に立ち寄るつもりで壁に掛けられたお面を手に取った。

思った以上にずっしりと重く、指先から冷たさが伝わって来た。
ふと俺は壁を見て戸惑った。
壁には、お面をひっかける釘もなにもなかったから。

「一体、どうやって壁にかかっていたんだ」

「さぁ、わからん。ハハ」

大内はそう言って笑った。
指先から伝わるお面の冷たさは、次第に全身に広がり嫌な感じがした。

「よろしく頼む」

大内は真面目な顔をして、使えとリュックを投げて来た。
俺はその中にお面を入れると、大内の家から出て商店街に向かったのだった。

自転車を漕いでいる最中、背負ったリュックがだんだんと重くなっていく。
冷たく、重くなり、俺の肩は悲鳴をあげ始めた。

早くこいつを手放したい。

ペダルを漕ぐ力が、自然と強くなっていった。
やっと商店街に着いたが、運が悪いことにその日が骨董品屋の定休日だった。
シャッターが閉まった店の前で、俺は唖然としていた。
どうしようか。
お面を大内に返しに行くか。
いや、よそう。
明日の午前中に返しにくればいい。
俺はそのまま家に帰った。

背負ったリュックは、家に着く頃にはさらに重くなった気がした。
まるで人ひとりをおんぶしているようだ。
早くリュックを下ろしたい。
俺は前屈みになりながら、玄関のドアを開けた。

一階の奥から、おかえりという母の声が聞こえたが、俺は「ただいま」と声を張る元気もなく、ゆっくりと階段を上り自室に戻った。
部屋の隅にリュックを下ろすと、ようやく開放されたことに喜んだ。

しかし、どうしてこんなに重いんだ。
リュックを開けても、中には翁面しか入っていない。
チャックを少し開けると、薄暗いリュックの中で笑っている翁面が不気味に浮かび上がっている。

俺は、チャックをしっかりと閉めた。

その夜だった。

入浴も歯磨きも済ませてベッドに横になると、部屋の隅に置いてあるリュックを気にしながらも、俺は部屋の電気を消した。
俺は寝つきが良く、いつも目を閉じて10分もしない内に寝落ちる。
それがわかっていたから、あのお面が部屋にあろうと、そう心配はしていなかった。

だが、その日は違った。
ベッドに横たわり、10分、30分、1時間が経っても寝付けずにいた。
目を開けると、薄暗い天井が目に入った。
徐にリュックに目がいくが、特に変わりはなかった。

ピンポーン
家のインターホンが鳴った。
時計を見れば、0時を超えている。

ピンポーン
家族が出る様子もなく、インターホンが鳴り続ける。
ベッドから立ち上がり、俺は玄関が見下ろせる窓際に近づいた。

カーテンを少し開けて玄関を見下ろすと、そこには黒い布を纏い二人場織のような長い背中で腰の曲がった老人が立っていた。
その老人、俺に気づいたのかゆっくりと二階を見上げた。
驚いたことに、その顔は翁面をかぶっていた。
見覚えのある白いひげの垂れ目な笑顔を見た時、俺の背筋がぞっとした。
思わず、部屋の隅に置いてあるリュックを見た。

ガチャ

一瞬目を離した隙に、玄関のドアが開く音が聞こえた。
再び窓から見下ろすと、翁面の老人が家に入っていく姿が見えた。

嘘だろ!!

玄関のドアが閉まる音が聞こえ、俺は慌てて窓を閉めた。

家族に危害があるかもしれないと、俺は外に出ようとして部屋のドアノブを掴んだ時、ドアの向こうから軋む音が聞こえた。
ギシギシと、一歩ずつ階段を上ってくる音。

そして、その音の中に老人が笑う声が混ざっていた。
近づいてくる足音に怯え、俺は部屋の鍵をかけた。
とっさに、ギターアンプをドアの前に置いて。
階段を上り終えた足音はすり足のような音を立てて、部屋の前で止まった。
笑い声が近づいてくる。

俺はドアから後ずさりでベッドに戻る。
腰をかけた瞬間、部屋のドアノブがゆっくりと回った。
だが、開かないことがわかると、何度も何度もガチャガチャとドアノブが周り、笑い声とともにドアをひどく叩いて来た。

ワッハッハッハッハッハ!!

今にもドアが破壊されそうな、そんな大きな音だった。
もうやめてくれ!!
俺は怖くなり、布団をかぶるとそう祈った。

すると、笑い声も音も消えて静かになった。

布団から恐る恐る顔を出した。
ドアの向こうの気配も消えた。
俺は安堵し、ギターアンプをどかそうとベッドから立ち上がった瞬間、床に転がるお面を見て凍り付いた。
リュックのチャックは開いていて、口は開いていた。

「嘘だろ。なんで外にあるんだ」

転がったお面を見下ろしながら、どうしようかと迷った。
その垂れ目と笑っている大きな口を見て、俺は出来れば触りたくないと感じた。
朝までこのままにしておくか。
それとも、リュックの中に入れて押入れにでも入れておくか。
時刻は、もう1時を過ぎている。

ふと視線をお面に戻すと、垂れ目の奥で何か動いたような気がした。

月の明かりのせいか?

そう思ったが、どうも違和感がある。

よく見れば、翁の垂れ目が僅かに開いていたのだ。

木彫りの垂れ目は真っ黒なはずなのに、目玉のように両脇が白く真ん中には黒目がギョロギョロと何かを探しているように動いていた。

近づいた俺に視線が合った途端、お面は口をカタカタと動かしながら声をあげて笑った。
そして、大きな笑った口からは、ゲジゲジやらムカデやら蜘蛛が湧きだした。

俺は悲鳴をあげながら、部屋から飛び出した。

階段で足を滑らせ一階まで転げ落ちると、二階から老人の笑い声が聞こえた。

音に驚いた母親が廊下に飛び出して来る姿が見えた後、俺は気を失った。

目が覚めた時、病院のベッドで横たわっていた。
怪我は大したことはなかった。
その日のうちに退院することができ、両親や医者から怪我をした理由を聞かれたが、俺はただ「階段で足を滑らせた」と伝えた。

それよりも、早くあのお面を骨董屋に返さないと。
部屋中が害虫だらけになっていたらどうしようかと不安に思いながら、俺は母親の運転する車で家に帰って来た。

恐る恐る部屋のドアを開くと、そこには虫もその死骸すらもなかった。
床に落ちているはずの、翁面もなかった。

ただ、床には虫がいた痕跡のような黒いシミだけが残っていた。
リュックも閉じていて、チャックを開けて中を覗くと、そこには翁面が入っていた。
俺は安堵とともに、急いでリュックを背負い一階に下りた。
どこに行くのかと母親に聞かれたが、商店街に手紙を出しに行くと嘘をつき家を出た。

もうリュックを背負う気にはなれず、ハンドルにリュックを引っかけて走った。

その日、骨董品屋は営業していた。
店の奥では、店主が椅子に座り雑誌を読んでいた。
自動ドアが開くと、店主は俺の顔を見て雑誌を閉じた。

「あの……」

「いらっしゃい」

「この前、友人がこちらでお面を買いまして。でも、あの、どうしても返したいって言われて」

俺はリュックから翁面を取り出して、カウンターの上に乗せた。
それを見ると、店主は意外にもあっさりと返品を受け付けると言った。
ただし、返金はできないと。

大内もお金はいらないと言っていた。
俺も引き取ってもらえない方が困るからと、それでも全然構わないと伝えて引き取ってもらった。

「何かありましたかな?」

その問いかけに、俺はしどろもどろに「いえ、別に」と首を振った。

そして、俺は逃げるように店を出た。

安堵しながら、ガラス越しに店の中を見ると、店主が翁面を持って前に飾ってあった棚に戻した。

「おかえりなさい。やっぱり、ここが心地いいのですか? だからと言って、あまり意地悪をしてはいけませんよ」

翁の目と口が、意地悪く笑ったように見えた。

それから、部屋の床についた黒いシミは、何度薬品で擦っても消えなかった。
大内の部屋にも、同じく消えない黒いシミがあると言っていた。
それのせいなのか、夜中に時々老人の笑い声が聞こえてきた。

怖くなった俺たちは、近くの神社でお札をもらい部屋に貼った。
すると、笑い声は聞こえなくなり、一年ほどしてようやく黒いシミも消えたのだった。

翁面は今でも、骨董品屋の壁に飾られている。

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