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コンビニのトイレ

それは俺が深夜のコンビニで働いていた時のこと。

深夜のコンビニにやってくるお客さんは少なく、俺の仕事はもっぱら掃除と商品陳列だった。
レジは先輩である高木さんが担当していたが、店内にお客さんがいないとすぐに椅子に座り込んではさぼっている。

 0時を過ぎた頃、入口の扉が開いて店内にチャイムが鳴り響くと、酔っ払いのサラリーマンともう一人女性が店内に入ってきた。
その女性はとても派手で、俺は一瞬唖然とした。

何故なら、夏などとっくに終わってコンビニではおでんや肉まんが売れ始めていたというのに、えらく露出度の高い真っ赤なドレスを着ていた。
口元には真っ赤な口紅を差し、持っているバッグまで赤色。
足元は見れば真っ赤なハイヒールを履いていて、上から下まで全身真っ赤だった。
さすがに寒いのか体が震えていて、高いヒールに慣れていないのか歩き方が不自然だった。
赤いドレスの女性は、そのまま店の奥に進んでいった。
そこには店のトイレがあり、用を足しに来たのだと理解した。
コンビニではトイレを借りに立ち寄る人が時々いる。
先輩も気に止めることも無く、俺も床掃除を再開した。
 

しばらくして、酔っ払いのサラリーマンが買い物を終えて店を出て行った。その直後、赤いドレスの女性がレジの方へやってきた。

「ちょっと、トイレ使いたいんだけど!」

落ち着きのない仕草でそう言った。

「ご自由にどうぞ」

レジにいた先輩がそう答えた。

「ドアが閉まっていて中に入れないの!」

「なら誰か使っているのでは? 出るまで待つしかないでしょ」

「いいから、何とかしなさいよ!」

「そんなに長く入ってます?」

「五分以上は経つんじゃないかしら! いいから早くして!!」

赤いドレスの女性はかなり切羽詰まった状態だった。

先輩の指示で、俺が赤いドレスの女性と一緒にトイレに向かった。
トイレのドアは引き戸。
取っ手の下にある表示は赤だった。
いつの間にトイレに人が入ったのだろう……。
そんなことを思いながら、俺はドアをノックして声を掛けた。

「すみません。入ってますか?」

「入ってるって言ってるでしょ。早くして」

隣で青い顔した赤いドレスの女性が苛立ちながらそう言った。

「一応、声を掛けないと」

俺はもう一度ドアをノックした。
しかし中からの返答はない。
試しにドアを開けようとしたが、やはり鍵がかかっていて開かなかった。
ふと嫌なことが脳裏を過った。

それは中で倒れている可能性。
俺はそっとドアに耳を当ててみた。
耳を澄ませると、中から僅かに呻き声のようなものが聞こえ、俺は血の気が引いた。
すぐに先輩の元へ駆け寄り、中で人が倒れているかもしれないと伝えた。

すると、先輩はあからさまに厄介そうな嫌な顔をしてトイレの前に出向くと、隣で待つ赤いドレスの女性に構うことなく俺と同じようにドアを叩きながら声掛けをした。
だが、やはり反応はない。

「おい、近くの交番に行って警官呼んで来い」

解錠するにも立会人がいるというので、俺が警官を呼びに行くことになった。

交番はコンビニから歩いて十分ほどの距離にあり、俺は暗い夜道を全力疾走で向かった。
交番にはちょうど二人の警官がいて、事情を話すと若い方の警官が来てくれることになった。 

俺が警官を連れてコンビニに戻ると、先輩はトイレの前で立ち尽くしていた。
どうやら諦めたようだ。

「連れてきました」

そう言うと、先輩は鍵を取ってくると言って控え室の方へ向かった。
 

すると、若い警官はトイレに近づいてドアをノックしながら声を掛けた。
そして、若い警官がドアの取っ手に手を掛けると、鍵がかかっていたはずのドアが開いた。

「えっ?」

俺は控え室に向かう先輩を呼び止め、開いたトイレのドアを指差した。
それを見た先輩は唖然としていた。

俺も先輩も、確かに鍵がかかっていたことは確認済みで、表示もしっかり赤だった。
俺がその場を離れていた時も先輩がドアの前で見張っていたし、そのあいだ中から出て来た人はいなかったという。
なのに、そのドアは鍵を開けることなく開いた。
そして、若い警官はトイレのドアをゆっくりと開けて中を覗いた。

「誰もいませんね」

警官はそう言ってこちらを向いた。

俺も先輩も何が何だかわからず、ただただ警官に頭を下げながら「すみませんでした」と言うしかなかった。
警官は何事もなく交番に帰って行き、その背中を見ながら先輩が言った。

「鍵、かかってたよな」

「はい。確かに」

「気配もあったよな」

「はい。呻き声のようなものが聞こえました」

「だけど、そもそもトイレに入る姿は見てないよな」

「俺は掃除をしていたんで気づかなかっただけかもしれませんけど……」

いつも先輩が立っているレジからはトイレのドアがよく見える。

さぼっていたとしても、チャイムが鳴れば先輩は接客の姿勢に変わる。
そんな先輩が見ていないというのは違和感しかない。

「そういえば、あの赤いドレスのお客さん、帰っちゃいましたね」

「そういえば、気づいたらいなくなってたな。我慢出来ずに帰ったんだろう」

大きなため息をつきながら、先輩はレジに戻っていった。

俺もそろそろ別の仕事をしようとした足を向けた時、何となくトイレの中が気になった俺は、ドアを開けて中を覗き込んだ。
そして、室内を見回しながら異常がないかを確かめていた。

すると、便器の下に何か落ちているのが見えた。
それは真っ赤なハイヒールだった。
それも何故か片方だけ。

「先輩、忘れ物がありました」

俺は赤いハイヒールの片割れを先輩に見せた。
 
「この靴、あの女性の履いていたものに似てませんか」

先輩は怪訝な表情で俺を見た。

「そんなわけないだろ。あのお客は最初、トイレに入れないって言ったんだから」

「けど、片割れだけ忘れていくなんて……」

「どうせ酔っ払いだろ。箱に入れとけよ」

俺は控え室にある忘れ物ボックスにその片割れの赤いハイヒールを入れて、持ち主が取りに来ることを祈った。


しかし、あれから随分と月日が流れたが、未だに持ち主は現れていない。

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