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【怖い商店街の話】 パチンコ屋

その商店街に、曰く付きのパチンコ屋があった。
俺もよく打ちに行っていたが、そこには昔から霊が出るって噂があって、店は開店と閉店を繰り返していた。
時には半年ほどで名前が変わった時もあった。
その度に改装までしていたようだ。

それは半年ほど前だった。
その日、商店街でラーメンを食った後、退屈凌ぎにパチンコ屋に入った。
平日だったせいか、打っている客は少なかった。
俺は左から三列目の通路の、入り口に近いところの台に座った。
並びには誰も座っておらず、俺はタバコに火をつけて玉を打ち始めた。

三十分ほど経った頃、ようやく一度目の当たりが来て喜んでいると、ふと誰かの視線を感じた。
俺の当たりを羨む奴でもいるのか?
うわずった気持ちで辺りを見回したが、俺の他には誰もいなかった。

気のせいか?
そう思ってパチンコ台の方を向きなおしたが、やはり誰かに見られている感じがした。

その時、パチンコ台の液晶に反射した自分の姿が映っているのだが、俺の肩で何かが揺れているのが見えた。
黒い靴に黒いズボンの裾。

高さからいって、靴が見えるのはおかしくないか?
俺はゆっくりと振り返った。

すると、そこには恨めしそうに視線を落としながら、天井から首を吊ってる男がいた。
俺はパニックになり、椅子から転げ落ちた。
それを見ていたスタッフが、「大丈夫ですか?」と言いながら駆け寄って来た。

「男が首を」

指を差してそう言いかけた時、首吊りの男の姿は消えていた。
その時、それが噂の首吊りの男の霊だとわかった。

「いや、なんでもない」

そう言うと、スタッフは怪訝な顔をしながら立ち去った。
あのスタッフは、まだ噂を知らないようだった。

結局、その後は打つ気にもなれずにパチンコ屋を出た。
外では先に出ていた常連のじいさんが俺の顔を見て、ニヤニヤしながら笑っていた。

「初めて見たんか」

どうやら俺が首吊り男を見て、椅子から転げ落ちたのを見ていたらしい。
俺は苛立ち、じいさんを睨んだ。

「まぁ、そう睨むな。みんな最初は驚く。一杯おごるから、機嫌直してくれや」

そう言うとじいさんは俺の腕を引っ張り、行きつけだという居酒屋に連れていかれた。

そこで、じいさんに酒を奢ってもらいながら、パチンコ屋の首吊り男の霊の話を聞いた。
その男は、五年ほど前に閉店したパチンコ屋の店長だった。
噂では、『多額の借金があった』『売上金を使い込んでいた』『裏組織に殺された』など様々だったが、気の弱い店長だったとじいさんは言った。

男が亡くなったのは、右から三列目の中央付近。
営業終了後、天井付近にあった金属棒に紐をかけ、首を吊ったそうだ。
見つかったのは、翌日のことだという。

それから、時々ああやって現れるという。
だが現れる場所は同じとは限らないし、時間帯も決まっていない。
だから、中には何度も目撃する客もいるらしい。
じいさんもその一人だった。

「俺はもう慣れた。まぁ、出てきたら手ぐらいは合わせてやるがな」

そう言って、赤ら顔ででかい口を開けて笑った。

「まぁ、あのパチンコ屋が繁盛しないのも、あの首吊り男のせいだろう。あのパチンコ屋は呪われておるな」

じいさんはそう言って、また酒を一口飲んだ。


そんな曰く付きのパチンコ屋でも、俺は毎週のように打ちに行っていた。
会社のストレスを発散するために椅子に座り、ハンドルを回せばパチンコ玉が左から右に打ち出していく。
一玉一玉が、俺が毎日汗水垂らして稼いだ金。

ほとんどのパチンコ玉は、下の穴に吸い込まれていってさよなら。
台の真ん中にあるスタートチェッカーに玉が入れば、液晶のルーレットが回り出す。
ルーレットの数字がすべて揃えば、大当たりだ。
あとはお宝への口が開き、そこに向かってパチンコ玉を流し込むだけ。

けれど、なかなかルーレットの数字は揃わない。
規則正しく打ち出されるパチンコ玉が、当たりを見ることなく減っていく。
次第に苛立ちが募り、貧乏揺すりが始まる。

隣で大当たりした男が、玉箱を運んでいる最中に何かに驚いて箱をひっくり返した。
床の四方八方に、パチンコ玉が散らばった。
慌てふためきながら天井を見上げているその男を見て、「あー、首吊り男を見たんだな」と俺はほくそ笑んだ。

スタッフに手伝ってもらいながら散らばったパチンコ玉を拾ったようだが、玉箱の三分の二ほどしか集まらなかったようだ。

いい気味だ。
そう思いながらパチンコ台に目を映すと、首吊り男が俺の事見ていた。
振り返ってもその姿は見えず、俺は苛立ちで舌打ちをした。

気づけば財布の中身は空っぽになった。
項垂れながら、パチンコ屋を出た。

こんなことはざらにある。
それでもやめられないのは、大当たりした時の高揚感が忘れられないからだろう。

だが、ある時から異変が起こった。

その日は会社が休みで、昼食を終えた後に暇だからとパチンコ屋に入った。
俺は入ってすぐの通路に進み、空いている台の前に座った。
紙幣投入口に札を入れると、ジャラジャラとパチンコ玉が台の上皿に溜まって行く。

ハンドルを回せば、一定の間隔で玉が打ち出されていく。

パチンコ屋の中は、様々な音が大音量で聞こえてくる。

流行りの音楽と、他の客がパチンコ玉を打ち出す音、フィーバー中の音。

スタートチェッカーにパチンコ玉が入り、スロットが回りながら、赤いランプがチカチカと点滅する。

最初は玉の軌道を目で追ったり、ルーレットで外れた時には悔しがったり、ハンドルの強弱を変えたりしていたが、次第にそれに飽きていくと頭と心は空っぽになっていく。

その時、ドンッと俺は誰かに肩をぶつけられハッと我に返った。

パチンコ屋で座っていた俺は、今までパチンコ台の赤いランプを見ていたはずなのに、気づくと警報機の赤いランプを見ていた。

俺は何故か、踏切の真ん中で立ち尽くしていた。

耳に繰り返し聞こえてくる音もその警報音。
すでに片方の遮断機は下り、もう片方も下りようとしていた。

俺は慌てて走り、線路の外に出た。
茫然とし、自分がいる場所を認識するまでにしばらくかかった。
その踏切は、商店街からしばらく歩いた場所にある。
めったには通らない踏切だった。

パチンコ屋から踏切までの道のりを、俺は全く思い出せなかった。

俺はパチンコ屋に戻る事なく、そのまま家に帰った。

その一週間後、またパチンコ屋に入った。
休日とあって、客はそれなりに混んでいた。

俺は空いている台に座ると、タバコに火をつけて打ち始めた。
隣の客が、煙たそうに席を移動していった。
俺は気にせず、タバコをふかした。

首吊り男も客が多いせいか姿を見せない。
十分ほどしてルーレットの数字が揃い、当たりが出た。
その日は運がよかったせいか、当たりが何度も続いた。
フィーバーを知らせる音が耳にこびりつき、パチンコ台の液晶には何度も数字が回転した。
チカチカとランプが激しく点滅した。

ふと咥えていたタバコが地面に落ちた。

すると、俺はまた同じ踏切の真ん中で立ち尽くし、警報機の赤いランプを見つめていた。
すでに両方の遮断機が閉まり、遠くにこちらに向かってくる列車が見えた。
俺は慌てて踏切の外に出ようとした。
だが、遮断機は重くて持ち上げられず、仕方なく下から這い出たのだった。

それからパチンコ屋に戻ってみるも、すでに俺が座っていた場所には別の男が打っていた。
男の横には俺が出した玉箱が積み上げられていたが、それを運ぼうと手を伸ばすと、

「俺の玉箱に触るな」

男は怒り、俺のことを睨んだ。

ふざけんな。俺の玉箱だろ!
と喉まで出かかったが、何だか疲れてしまいどうでもよくなった。
俺は何も言わずに店を出た。

それからも、何度か同じことが続いた。
状況はいつも同じ。
玉を打っていると、知らぬ間に俺は警報機が鳴り響く踏切の中で立ち尽くしている。
パチンコ屋を出たという意識も、踏切まで歩いた記憶もまるでないというのに。

この前は本当にヤバかった。
電車の警笛音が聞こえるまで、気が付かなかった。
そのままだったら、俺は電車に轢かれて一貫の終わりだった。

俺の中に自殺願望があるのか?

自分に問いかけた。


そういえば、その踏切では事故が多くて、人もよく飛び込むという。
自殺の名所だと言われている。
直線が長い線路だから、通り過ぎる電車のスピードはかなり出ている。

少し前にも、雨の夜にスーツを着た若い女性が死んだと聞いた。
現場にいた奴が、線路に残された千切れた両足を見たと言っていた。

そんなことがあり、俺はパチンコはやめることにした。

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