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一階の女子トイレの噂

その日、委員会の話し合いが遅くまで続き、書記だった私は最後まで残って仕事をしていた。
そのうち校庭で活動していた運動部も帰ってしまい、窓の向こうは闇と沈黙が広がった。

ようやく仕事も終わり、私は生徒会室の明かりを消灯して部屋を出た。
廊下はすでに消灯していた。
暗い廊下に消火栓の赤いランプがぼんやりと浮かび上がっていた。
他の教室も真っ暗で、明かりがついているのは廊下の先にある玄関だけだった。

 足早に下駄箱に向かっていたが、急にトイレが行きたくなってしまった。
我慢しようかとも考えたが、家までの距離を考えるととても間に合いそうもなく、仕方なく私は少し引き返して一階の女子トイレに向かった。

 一階のトイレも、廊下同様にすでに明かりは消されて真っ暗だった。
とてもそのままでは入ることが出来ず、まず電気のスイッチを探して明かりをつけた。
毎日何気なく使っているトイレ。
明かりをつけても、夜はどこか薄暗く感じた。

女子トイレに入って瞬間、私は“あっ!”と声を出しながら足を止めた。

 私は忘れていた。
一階の女子トイレに幽霊が出るという噂を。
一番奥のドアにはテープと”使用禁止”の張り紙が貼られ、ずっと封鎖されている。
その理由は先生も教えてくれず、憶測だけが生徒たちの間に広がった。

 一瞬、二階のトイレを使おうと思ったが、真っ暗な階段を見てそれはそれで恐怖心を駆り立てた。

 「大丈夫。幽霊なんてただの噂! 早く済ませて帰ろう」

 そう自分に言い聞かせたトイレに入った。

個室のドアは一番奥以外どれも開いていて、私は入口に近い一番手前の個室に入ろうとした。

 その時、ふと違和感を覚えて立ち止まった。
そして、周囲を見回すとあることに気づいた。

一番奥のドアに貼られているはずのテープと張り紙が無くなっていたのだ。

入学以来、ずっと封鎖されている一番奥の個室。
使用した人もいなければ、中を見た人もいなかった。
私は恐怖心よりも好奇心が上回ってしまい、一番奥の個室のドアを軽くノックしてみた。

 コンコンコン

 静かなトイレ内にノック音が響く。
中から反応はない。
私は指先でドアを軽く押してみた。

 ギギギ

 軋む音を立てながら、ドアは僅かに開いた。
長く封鎖されていたせいなのか、他のドアよりも重く感じた。
ゆっくりとドアを開け、個室の様子を見て私は唖然とした。

 他の個室は全て洋式だというのに、一番奥の個室だけは何故か和式だった。
便器を覗くと、そこには黒いヘドロのようなもので満たされ、床も赤黒いシミで汚れていた。
途端に悪臭が鼻につき、私はそっとドアを閉めた。

 嫌なものを見ちゃった……。

 そう思いながら、私は一番手前の個室に入った。

何故、テープや張り紙が取られているのか。

何故、あの個室だけ和式なのか。

 そんな事を考えていると、ドアの向こうからボソボソと複数人の女子生徒の声が聞こえてきた。
それは、まるで休み時間にトイレに集まって談笑する同級生のようだが、その声はあまりに小さく何を話しているかは聞き取れなかった。

本当に同級生だろうか。

とっくに下校時刻も過ぎているというのに。

何より、トイレに入ってくる足音は聞こえなかった。

 一人個室の中で、私は動揺し始めていた。

 
すると、女子生徒の話し声は笑い声に変わり、だんだんと声が大きくなっていった。
そして、笑い声がピタリと止んだ瞬間、今度は天井当たりから複数の視線を感じた。
同時に聞こえてくる息遣い。

私の体は恐怖で震えていた。

 『絶対に上を見てはだめだ』

 そう強く感じながら、私は恐怖を払拭するためにドアを勢いよく開けた。

 そこには誰もいなかった。

 声も笑い声も聞こえず、私はホッとため息をつきながら手洗い場で手を洗う。

 その時、再び背後から視線を感じ、私は思わず鏡越しに目をやった。
すると、一番奥のドアがゆっくりと開き、薄暗い個室の中でこちらを見つめて立っている人がいた。
その姿は真っ黒で、目だけが大きく見開いていた。

 私は悲鳴をあげながらトイレから逃げ出し、そのまま家に帰った。

 

翌日、朝一で友達に一階の女子トイレで見たことを話したが信じてはもらえず、一緒に一階の女子トイレに行った。

すると、一番奥の個室は変わらずテープと張り紙で封鎖されていたのだった。

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