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【怖い商店街の話】 和菓子屋

私の家は、商店街に古くから店を構える和菓子屋。

両親は毎日早朝に店に来て、まず餡作りの豆洗いから始まる。
私も手伝ったことがあるけれど、真冬は手が凍えて水洗いだけでも地獄だった。
餡は代々続くレシピをもとに、父が日々研究をしながら進化していったもの。
濃厚だけれど甘すぎず飽きのこない味で、こしあんは口当たりがとても繊細だと評判だった。
店にはそんな餡を使った和菓子を中心に、お団子、まんじゅう、羊羹、お餅、おはぎが並んでいる。
特に黒糖を使った蒸し饅頭が人気で、夕方までにはなくなってしまうほどだ。

わたしもよく店の接客を手伝うのだけれど、ほとんどが常連さんばかりだった。
何度も接客するうちに、その常連さんが何を買うかもわかるようになった。

中でもチヨさんというおばあちゃんは、私が生まれる前からの常連さん。
先代の饅頭も、父の饅頭も、とても美味しいと言ってくれている。

ご夫婦ともに甘党で、商店街にやってきては饅頭をいつも二つ買っていく。

けれど、一人ひとつを食べるわけではなく、一つは商店街に昔からあるお地蔵様にお供えをして、もう一つを二人で半分こして食べているようだった。
そんな二人はとても仲が良くて優しかった。
小さな頃、私がまだお店を手伝えず一人で遊んでいると、チヨさんが近くの公園に連れていってくれて一緒に遊んでくれた。
そして、おじいさんは喫茶店で、時々ケーキをご馳走してくれた。
父が作る饅頭も美味しいけれど、おじいさんにご馳走してもらったケーキは格別だった。

商店街の周辺は、昔から商人が集まり今ほどではないが店が建ち並んでいた。
いつも賑やかで、活気のある町だった。
そんな町が戦争の空襲によって焼け野原になった。
一面火の海となって、逃げ遅れた人たちは焼け死んでしまった。
道端には、たくさんの犠牲者で横たわっていた。
一目見れば、その人が苦しみながら亡くなったことがわかる。

チヨさんの弟も、犠牲者の中の一人だった。
防空壕まで逃げる途中で、弟は焼夷弾の火に焼かれてしまった。
焼けた遺体はみんな真っ黒こげで、誰が誰だかわからない。
弟の体もほとんどが炭のようになっていたが、片足が瓦礫の下敷きになり焼けずに残っていた。
だから、弟の骨は家に持って帰ることができた。
ほとんどは身元が分からず、骨になっても自分の家に戻れなかった。
その点では、弟は幸せだったとチヨさんは言った。

どこにも行けず、家にも戻れず、未練だけを残した魂は戦争が終わっても無数に彷徨っていた。
目撃談も数知れず、辺りにはなぜか火事で亡くなる人が多かった。
そのせいもあって、付近はしばらく復興が出来ずにいた。

そこで、その霊たちを少しでも鎮めるためにお地蔵様を祀ったことが始まりだった。
お地蔵様のおかげで彷徨う霊も減り、小さな店がぽつりぽつりと出来ていき、今の商店街となった。

「弟もね、お饅頭が大好きだったの。私ら家族はみんな餡子が大好き。孫の舞子ちゃんも、ケーキよりも和菓子が好きだって」

チヨさんはそう言って笑った。

おじいさんは随分前に亡くなってしまったけれど、私が店に立つようになってからは、チヨさんは孫の舞子ちゃんと一緒に、週に一度は饅頭を買いに来てくれた。
やっぱりその時も饅頭は二つ。
一つはお地蔵様に、一つは舞子ちゃんと半分こ。

ある時、チヨさんに聞いたことがあった。
どうして来るたびに、お地蔵様にお供えするのかと。
すると、チヨさんは商店街に佇むお地蔵さんの由来を教えてくれた。

チヨさんは舞子ちゃんの事をとても可愛がっていて、
「成人式の晴れ着姿を見るまで死ねないわ」と張り切っていた。

「あなたの時も、とても素敵だったわね」
チヨさんのその言葉に、私は照れた。

私はチヨさんから代金をもらい、饅頭を二つ手渡した。

「ありがとうございました」

そう言って頭を下げると、チヨさんは「またね」と微笑んで、舞子ちゃんとお地蔵様の方へ歩いて行った。

その様子を、私はしばし見ていた。
おばあさんはお地蔵様の前で腰を下ろすと、饅頭を置いて手を合わせた。
隣にいる舞子ちゃんも、チヨさんを見よう見まねで手を合わせているようだった。
チヨさんは舞子ちゃんの頭を撫でると、もう一つの饅頭を舞子ちゃんにあげた。
舞子ちゃんは饅頭を一口食べると、満面の笑みを浮かべていた。
私も嬉しくて、つい顔がほころんだ。
そして、チヨさんと舞子ちゃんが手をつないで歩いていく後ろ姿を見送った。

それから数か月が経ったある日、ランドセルを背負った舞子ちゃんが一人で店にやってきた。

「お饅頭二つください」

舞子ちゃんの近くにはチヨさんの姿はなく、私は「今日はおばあちゃんと一緒じゃないの?」と尋ねた。
すると、舞子ちゃんはチヨさんのものなのか、小さながま口から小銭を出しながらポロポロと泣き出した。

「おばあちゃんね、この前天国に行っちゃったの。もう会えないの」

それを聞いて驚いた。
前に来た時は、あんなにも元気そうだったし、舞子ちゃんの晴れ着姿を見るまで死ねないと言っていたのに。
私は、すごく悲しい気持ちになった。

「お姉ちゃん、ごめんなさい。お金が足りない」
そう言うと、舞子ちゃんは手に持っていた小銭をすべてトレイの上に広げた。
確かに、饅頭二つを買うには五十円ほど足りなかった。
けれど、私は「いいよ。今日はお姉ちゃんが買ってあげる」と小銭をがま口の中に戻して、饅頭を二つ舞子ちゃんにあげた。

「ありがとう。お姉ちゃん」

舞子ちゃんは私に頭を下げると、そのままお地蔵様のところへ歩いて行った。

そして、お地蔵様の前に饅頭を一つ置くと、両手を合わせて合掌した。
今ではこの商店街を歩く人々ですら、そう気にすることのないお地蔵様。
お供え物は、いつの間にかなくなっている。
きっと通行人の誰かが持って行ってしまうのだろう。
なのに、こんなに小さな子がお地蔵様にお供え物をして、手まで合わせている姿を見て、感慨深く思った。

その時だった。
お地蔵様から立ち去る舞子ちゃんの後ろに、ぼんやりとチヨさんの姿が現れた。
舞子ちゃんには、チヨさんの姿は見えていないようだった。
私は驚き、呆然としていた。

すると、チヨさんは私に気づいたのかこちらを振り返ると、いつものように優しく微笑んでお辞儀をした。
慌てて私もお辞儀を返すと、チヨさんは小さく手を振って口を動かした。
「またね」と、チヨさんの声が聞こえそうな気がした。

そして、チヨさんは舞子ちゃんの後ろを歩きながら、スッと消えたのだった。


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