見出し画像

尋ね人

その日、面白いゲームがあるからと友達のカイトに誘われ家に遊びに行った。
外はじめじめとした気だるい暑さ。
それに引き替えカイトの家は冷房が効いていて、ジュースもお菓子も食べ放題。

ゲームもカイトと二人で共闘したり、時に対戦したりで面白くて、あっという間に時間が過ぎた。
カイトのお母さんが知らせに来てくれた時には、すっかり夕暮れ時になっていた。
 

僕はカイトに「そろそろ帰るよ」と言って立ち上がった。
 

「もう帰るのか? 明日休みなんだし、泊まっていけよ」

カイトはそう言って僕を引き止めたが、「明日は家族で出掛ける用事があるから」
と伝えた。

 

すると、カイトは真面目な顔をしながら、

「実は最近、夕暮れ時になると出るって噂があるんだ」
「出るって何が?」
「それはな……。教えない!」
「何でだよ!」
「まぁ、気をつけて帰れよ」

そう言ってカイトは意地悪そうに笑った。
「じゃあな!」
僕は腹を立てながらカイトの家を出た。

 

外は夕日の光で赤く染まり、広がる赤い空は今にも落ちてきそうだった。

カイトの家が建つ住宅街は、見通しのいい真っ直ぐな道が続いている。
車も走っておらず、人の姿もない。

カラスの鳴き声すらもなく、静まり返っていた。

赤い空と誰もいない道に不安が込み上げ、自然と歩く速度が上がった。
 

「すみません……」
 

突然、僕の背後から女性の声が聞こえた。
僕はビクリと肩が震わせた。

同時にカイトの言葉が脳裏に浮かんだ。

 

―夕暮れ時になると出るという噂。

 

 

僕は怖くて振り返れなかった。

しかし、また背後から「すみません……」と声がして、恐る恐る振り返った。

すると、そこには赤ん坊を抱いた女性が立っていた。

女性は疲れた顔をして、虚ろな目で僕の顔を見ていた。
服の汚れに違和感があったが、ちゃんと足もあって安心していた。

赤ん坊は眠っているのか大人しかった。

「はい。なんでしょうか」
 

「すみません……。……〇〇……知りませんか?」

僕の耳が悪いのか、女性の声が小さいのか、〇〇の部分がよく聞き取れずもう一度聞き返した。

「すみません……。……〇〇……知りませんか?」

肝心な部分がどうしても聞き取れない。

「すみません……。……〇〇……知りませんか?」

僕が聞き返してもいないのに、女性は同じことを尋ねながら僕に近づいてきた。
それが怖くなり、僕はすみません、分かりませんと、ジェスチャー混じりに答えてその場を離れた。

少し離れたところで振り返ると、女性はこちらを見ながら立ち尽くしていた。

「やばい、やばい。怖すぎ!」

僕は咄嗟に十字路を曲がった。
これであの人の視界から外れるはず。
そう思った次の瞬間、

「すみません……」

また背後から声がして、思わず僕は足を止めた。
その声はさっきと同じ。
振り向くと、同じ赤ん坊を抱いた女性だった。

十字路を曲がるまで、女性はかなり離れたところにいた。

それなのに、曲がった途端に話しかけて来た。
近づいてくる足音はまったく聞こえなかったというのに。

「すみません……。……〇〇のお宅……知りませんか?」

さっきよりも聞こえた言葉。
どうやら女性は誰かの家を探しているようだった。
けれど、相変わらず〇〇の部分は聞き取れない。

「よく聞こえないよ。誰の家を探しているの?」

「すみません……。……〇〇のお宅……知りませんか?」
 

同じ言葉を繰り返す女性。
その声がだんだんと無機質に聞こえてきて、まるで録音されたものを聞かされているように感じて来た。
これ以上関わりたくない。
僕は「知らない」と答えて逃げた。

 

しかし、また通りの角を曲がった時、目の前に同じ女性が立っていた。

「すみません……。……〇〇のお宅……知りませんか?」
 

と、同じことを聞いてきた。
何度聞いても、肝心な部分が聞き取れない。

まるでその部分だけノイズがかかったように聞こえる。
無表情で立ち尽くす女性。

赤ん坊は泣くこともなく、じっとしている。

戸惑いながら、僕は女性から目を逸らそうと近くにあったカーブミラーを見た。

大きなカーブミラー鏡に僕の姿が映っている。
だが、そこ映っているのは僕一人。
目の前に立つ女性も赤ん坊もカーブミラーの鏡に映っていない。

僕は血の気が引き、恐怖で足が震えた。

「すみません……。……〇〇のお宅……知りませんか?」

同じ言葉を言いながら近づいてくる女性。
僕は怖くて泣きそうになりながら、

「ごめんなさい! 本当に知りません! 許してください!」
と何度もそう言いながら頭を下げた。

僕の視界にはアスファルトの道と自分の靴、そして黒ずんだ彼女の白い靴が映っていた。
早くいなくなれ。

僕は目を閉じて強く念じた。

その時、大きなクラクションが聞こえた。
目を開けると、クラクションを鳴らしながら大型トラックが迫ってきていた。

僕が立っていたのは住宅街の道ではなく、そこを抜けた先にある大通りの車道だった。
僕は急いで歩道に逃げた。
「危ねぇだろ!」
と運転手の厳つい男性が僕を睨みながら通り過ぎていった。

危うく僕は轢かれるところだった。
周りを見ると赤ん坊を抱いた女性の姿はなく、僕は急いで自宅に帰った。

次の日、カイトに電話を掛けて赤ん坊を抱いた女性のことを伝えた。
きっと、あの人がカイトの言っていた噂の幽霊だと。
しかし、僕の話を聞いたカイトは、電話の向こうであの噂は作り話だと言って笑った。
カイトがいうにはあの周辺は同じような道が多くて、他から来た人が時々メモを片手に彷徨っているという。
「道を聞かれるのか面倒だから、そういう人を避けて歩いている。面倒な奴に捕まったな。俺なんて、道を聞かれるのが面倒だから、避けて歩いているんだ」

とカイトは笑って言った。

けど、その女性と赤ん坊はカーブミラーに映らなかった。

その事に対しては言葉を濁したカイトだった。

よかったらサポートお願いします(>▽<*) よろしくお願いします(´ω`*)