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峠の展望台

「星が見たい」

プラネタリウムに行ったせいか、彼女は俺の部屋に来るたびに窓辺から空を見上げてそう口にする。
だが、そこから見える空は建ち並ぶビルに遮られて限りなく小さい。

しかも街のネオンで夜も明るく、星なんて見えやしない。
それでも彼女は「星が見たい」と口にする。

「仕方ねぇーな。じゃー見に行くか」

棚に置かれたヘルメットを差し出すと、彼女は満面の笑みを浮かべて喜んだ。
 そして、俺は自慢のバイクに跨り、彼女を後部座席に乗せて走り出した。

 目的地は片道一時間ほどかかる峠の展望台。
そこは以前、ツーリングの途中で見つけた場所だった。
自然に囲まれた広い原っぱがあり、その先にある展望台。

作られたのはかなり昔のようで、木製の手すりはところどころ腐り、床板は歩く度に軋んで少し沈んだ。
だが、そこから見える景色は絶景。

空はとても広く、見下ろせば麓の街並みを一望することが出来た。
だというのに、展望台には他に観光客の姿もない。
かなりの穴場スポットだった。
 
そこなら存分に星を見ることが出来て、彼女もきっと喜ぶだろう。
そう考えていた。

道はどこも空いていて、予定よりも早く峠の展望台に到着した。
バイクを降りると、目の前には展望台が見えた。
しかし、街灯は壊れているのかほとんどが消えていて暗い。
だだっ広い原っぱも、その奥に続く森も真っ暗で、昼間とはまるで違う雰囲気を醸し出していた。

けれど、空を見上げれば満天の星空が広がり、展望台から見下ろせば街の明かりが地上の星のように美しかった。
それを見た彼女も、嬉しそうにはしゃいでいた。
その笑顔を見て、『連れてきて良かった』と素直に思った。
 
そして、俺たちはそこで星を眺めながらくだらない話をして笑いあった。

ふと、背後から話し声が聞こえてきた。
それは彼女の声ではない。

声は小さく何を話しているかは聞き取れないが、それは一つではなく複数のように聞こえた。

『きっと俺たちのように景色を見に誰か来たのだろう』と思い周囲を見回したが、それらしき人の姿は見当たらない。

ただ、声は真っ暗な原っぱの方から聞こえてくるように感じた。

「あっちの方から何か聞こえない?」

俺は原っぱの方を指差しながら、彼女にそう尋ねた。

だが、彼女にはその声が聞こえていないようだった。
怪訝な顔をしながら首を傾げ、俺に「怖がり」と言って笑った。

だが、俺には確かに聞こえる。
しかも少しずつ近づいてきているように感じた。

男の声、女の声、老人の声、老婆の声、子供の声が混ざっている。

俺は胸騒ぎがして、この場所をすぐに離れたくなった。
 

「な、なぁ、そろそろ遅いし帰ろう」

そう訴えたが、ビビる俺を面白がった彼女は暗い原っぱの方へ走っていき、

「私にも聞こえるかな~」と言いながら、耳を澄ませてふざけはじめた。

すると、森の方にぼんやりと白い煙のようなものが現れた。
靄かと思ったが、白い煙はだんだんと人の形に変わっていき、よく見るとそれは白装束を着た人のように見えた。
しかも、それはひとつではない。
次々と現れ、その数は二十以上。
その人影は声と同じく、背丈や体格がまるで違う。
それがゆっくりとこちらに近づいてくる。

やばいと感じた俺は、彼女に戻ってこいと叫んだ。
だが、彼女は面白がって聞いてやしない。
 

すると、白装束の集団があっという間に彼女の周りを取り囲んだ。
情けないことに、俺は何も出来なかった。
いくつもの声が聞こえる中、彼女の叫び声が聞こえた。
すると、白装束の集団は一瞬にしてまた白い煙となって声とともに消え去った。

残された彼女は、耳を塞ぎながらその場でヘタリ込んで泣いていた。

「大丈夫?」

彼女は俺の方を見上げたが、その目の焦点が合っておらず、俺からの受け答えも「あー」、「うー」とまるで幼い子供のようだった。

そんな彼女をバイクの後ろに乗せる訳にもいかず、友人に車で迎えに来てもらおうとしたが、展望台の場所を伝えた途端に断られてしまった。
どうやらここは、曰く付きの場所だったようだ。

結局、展望台までタクシーに来てもらい、それに彼女を乗せて帰った。

俺はバイクでタクシーの後を追いかけた。
家に着いた時、彼女はタクシーの中で寝ていた。
俺が体を揺すって起こすと、彼女は普段通りに戻っていた。

部屋に戻り、俺は「あの時、何が起こったのか」と彼女に尋ねた。
彼女は怪訝な顔で首を傾げた。
どうやら自分を取り囲んだ白装束の集団のことは記憶にないようだった。

彼女はただ、「展望台から見た星空が綺麗だった」と言って微笑んだ。
だから、俺は「まぁいいか」と気にしないことにした。
また行きたいと言ったが、もう二度と行かないだろう。

 

それから一週間が経った頃だった。

彼女は突然煙のように消えてしまった。
部屋に残された彼女のスマホには、頻繁に友達からの着信がある。
彼女はどこに行ったのか。
今も行方はわからないままだ。

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